第37話
ブレンドから南西方向に一日程の距離に、今回のエイジとキャロルの目的地である沼地と呼ばれる地域が広がっている、二百メートルくらいの小さな山が幾つも並んでいる山脈地帯の手前、そこに広がる森林地帯をそう呼ぶのだが、山から流れ出る水が、地形の関係で川にならずに溜まりやすい事と、自然の魔素が豊富な地域である事から、所謂沼が出来やすいのだという。
「窪みに山からの流水と魔素が溜まっている、そういうところに水の魔石が出来やすいのは分かったけど、毒の成分は何処から来るんだ?」
「それも山からよ、自然の生成物には意外と毒が多いのよ、毒と言ってもあたし達の人体に影響があるだけで土や木にとっては栄養になる物も多いの」
「毒……毒属性ってのは難しいな、物騒に聞こえるけど自然には優しい魔術だったりするのかな」
「そうね、草木の成長を促したり、野菜の収穫量を増やす魔術は毒の属性なのよ」
「偏見だった、キャロルと話していると自分の視野の狭さを実感するよ」
仕方のない事ね、キャロルは身の丈程ある杖を大きく振う、その軌道上に五つの小さな火種が現れた、エイジも間近で、しかも正面から見たことのある例の紫色の炎だ。
「『
蔦の垂れ下がる木の上や洞の中から現れたのは、足の長さも含めて一メートルはあろうかという大蜘蛛、それが見えるだけで五匹もいる。
キャロルの発した魔術名に呼応するように小さかった火種がボッと燃え上がり、八つの眼でこちらを見ている大蜘蛛に向けてそれぞれが回転を始めた、それは一定の速度の達すると同時に放たれる紫色の軌跡、その炎は木の陰に身体を隠している、躱そうとする蜘蛛の動きに合わせて曲線で追尾し、五匹全てに命中した。
キィィィイイイイッ!!
虫に発声器官は無い、頭部や胸の関節が軋むことで断末魔の叫びに似た音を発し、紫の炎は大蜘蛛がひっくり返り足の関節が収縮し縮こまって完全に動かなくなるまで、その身を燃やし続けた。
「ギルドの時は闇の属性ばかりに目が行ってたけど、キャロルの魔術って根底部分が火属性なんだよな」
「そうよ、元々あたしは火属性魔術師、師匠に出会ったきっかけで闇属性にも目覚めたけど、一番適性があるのは火よ」
昨日の野営では紫色ではない、普通の炎も出していたので、あの紫の炎はやはり闇属性との複合の結果なのだろう。
「その紫色にはどんな意味があるんだ?普通の炎で燃やすのとどう違うんだ」
「弟子でもないエイジ君に教えるのもどうかと思うんだけど……まぁいいわ、単純な話よ、火属性本来の燃やすという効果に闇属性の破壊を組み合わせているだけ、今の紫蓮・廻火は燃やす効果の強い魔術だけど、あー……ギルドでエイジ君に撃った紫炎弾は破壊の力に重点を置いているの、こんな感じで」
続けて木々の向こうに杖を向けるキャロル、その尖端には見覚えのある炎塊が。
「『
ドォオオオ――――ンッッ!!
けたたましい爆発音とともに木と蔦で視界の悪かった森の奥が良く見えるようになる、五匹の仲間が一辺に燃やされるのを見て様子を窺っていた、大蜘蛛に向けて放ったのは分かるのだが、どう見てもオーバーキルである。
「お前、こんなもん初対面の人間に向けて撃ったのか……僕をここまで引かせた人間はキャロルが初めてだよ」
「ちゃ、ちゃんと威力は抑えてたわ!本気で撃ったらもっと色々壊れてたわよ!」
「余波だけで木製のカウンターとか床が壊れたたんだけど……まぁいいや、『エア・ショット』『エア・ハンマー』!」
視界が開けた木々の向こうからカサカサと動く数匹の大きな虫の影、それに向け風属性の魔術を撃つが、エア・ショットで足止めし、威力のあるエア・ハンマーで止めを刺すエイジのコンボ技も、打撃が効き辛い虫にとっては効果が少し薄いように思える。
エア・ハンマーで胴体を潰してしまえば脅威は無くなるのだが、まだ足が動いているところを見ると完全に絶命させられていないようだ。
「それにしても数が多いな、キリがないんじゃないか」
「それはあたしも思ってた、ミルバイツスパイダーは本来、群れを作らないのだけれど、大量発生の情報を見落としていたかしら」
「僕の風じゃ効果が、あまりないように思えるんだけど」
「エイジ君、昨日の夜も話したと思うけど、君はもっと魔術のレパートリーを増やすべきだわ、君の魔力総量は実はあたしとそう変わらない、これからの修業次第ではもっと伸びるかも、幼いころから修業もしていなかったにしては大したものよ、産まれながらの才能に感謝しなさい」
「そうは言ってもな、『エア・ハンマー』!……魔術本の類は高価だし一子相伝とか弟子にしか見せないとかであまり出回らないだろ?キャロルはどうやってレパートリーとやらを増やしたんだ?」
エイジが比較的蜘蛛の出現数が少ない方向を、そしてキャロルが森の奥に続く方向を向き、互いに背中を合わせながら次々に魔術を放ち、辺りに蜘蛛の死骸を量産していく。
「あたしだって何も師匠の魔術を真似している訳では無いのよ、魔術を構築するための基本、魔力に形を与えるという事が出来てるのなら、後は自分で好きなように創り出していけばいいのよ」
「自分で、好きなように……」
「そうよ、あたしはギルドじゃ紫炎の魔女なんて呼ばれてるけど、この紫炎は師匠に教わったものじゃないわ、炎と闇の複合魔術に関してなら師匠よりも上位に居る自信だってある」
理屈は理解できる、自分の風と聖の魔力を、自分の思うがまま、使い易いように形創る、そうは言っても風を操る事で何が出来るだろうかと考えると、今乱雑に撃ち続けている魔術の様に空気を塊としてぶつける、もしくはウィンド・ヴェールの様に自分を中心として周囲に強風を吹かせる、それ以外にどんな事が出来るのだろうかと考えてもすぐには何も思い浮かばない。
「しょうがないわね、あたしはエイジ君の師匠でもないしなるつもりもない教育係だけど、一つ、前にパーティに参加した時にウィンドマージがいたの、その人は風を細く硬くして相手を切り刻んでいたわ、それだったら君にも出来るんじゃない?」
「風で、相手を斬る……か、成程……」
丁度よく木々の隙間から顔を出した大蜘蛛に向け、キャロルから聞いたイメージで魔術を放ってみる、細く、そして硬く。
「やあッ!…………って、あれ?」
「失敗ね、なんか細長くなったエア・ショットと変わらないんじゃないかしら」
「む、難しいな」
「何よりもイメージが大事なのよ、『斬る』のだから、最初は動作と一緒にやってみるといいわ、こんな感じに」
キャロルが一歩踏み出したかと思うと身体を半身に、腕を前方と後方に伸ばす、後ろの方にやった手に魔力が集中していくのをエイジは感じた、それは小さな火種となりその火力が増すごとに、キャロルが強くイメージする形を成していく。
そして完成したのは一本の紫炎の槍、まるで本物の槍を構えているが如く無駄のない投擲の構えだ、そして槍の先端で紫炎が膨らんでいき矢尻の様な菱型となり。
「『
キャロルの見事な投擲、無駄のない振りかぶりで一直線に前方を焼き払う紫炎の槍は森の中、何十匹と言う大蜘蛛を焼き払い、鬱蒼とした木々も悉くその超絶な火力によって焼き尽くした。
「すっ……すっげぇ……」
「ふふん、これが紫炎の魔女の実力よ!」
周囲の木々にまで燃え移りそうになっていた炎も、キャロルが得意顔で指をパチンと鳴らせば全て一斉に鎮火する、そうでなくてもそれなりの規模の環境破壊には変わりないのだが、改めてこの少女が高位魔術師なのだと、ポンコツな所にばかり目が行ってしまうが確かな実力者なのだと思い出させる。
同時に前衛がいた場合、こんな火力を間近で浴びる事になるのかと思うと、それは誰もパーティを組みたがらないと納得する。
「今のやり投げの動作と一緒よ、剣で切る、そんなイメージを持ちながらやってみるといいわよ」
(剣で切る、イメージか……キャロルはガプやエルドリングを倒した話を聞いてるから、僕が剣も扱えるって勘違いしているのかもしれないが、そう言えば)
風で切る、そして剣と言う言葉から一つ思い出した。
あのエルドリングが最後に召還した黒いスライム……ナイトメア・べススライムと戦っているとき、まるで風を身に纏う、剣に纏わせるような事が出来ていたように思うのだ、空気の流れに身を任せながら高速で剣を振い、走り回り。
(あの時は、楽しかったなぁ)
「ふふッ」
「え、何笑ってるのよ、恐いんだけど」
「いや、思い出し笑い……ありがとうキャロル、こんな感じかな」
丁度その時一匹の蜘蛛が太い枝を足場に、エイジに向かって大きく跳躍した。
勿論二人共それに気付いているし、エイジは絶好の機会だと思い、キャロルはエイジがまた失敗したときの為に焼く準備も出来ている。
「疾ッッ!」
身を低くして空中にいる蜘蛛の下を潜る、それと同時に頭上から前方に手刀を振り下ろした、真っ直ぐ一直線に。
キ゚、キィイイイッ!
「お!?やった?出来たんじゃないか!?」
振り返ってみれば、キャロルの足元の辺りに縦に二等分された蜘蛛の身体が転がっている、少しの間だけ足の関節がまだ動いていたがそれもやがて収まった。
「そうね……おめでとう」
「あぁやったよキャロル!こんな、感………じ……」
エイジの言葉が尻窄む、それもそうだ褒めてくれて、それでいて笑顔でにっこり笑っているキャロルの顔には、切り分けられた際に飛び散ったのであろう、蜘蛛の体液の様な物が点々と付着している。
「あ、あのぉ~……ごめんなさい」
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