第36話
ヴァネッサが、本人は違うと言っているが徹夜明けのテンションで、大げさに細い両手を広げながら、カウンターの上に並んでいる幾つかの物に注目を集めている。
「昨日言っただろう、エイジの注文の品だよ」
「あ、この指輪と、この棒は杖なんですね……随分細い物ですけど」
「ふふん、それだけじゃないぞ、キャロルの落し物を拾ってくれたという件の礼も付けておいた、この鎧と手甲は私からの個人的なプレゼントだ」
机上には、言われてみれば等間隔で並んでいる、一見周囲に無造作に打ち捨てられている道具たち変わらない、ガラクタの様に見える装備。
「細いけどこの杖は凄いんだよエイジ君、A級モンスターのハイグリフォン、その羽の芯を何本も使って出来てるの、風属性の魔術師なら皆羨ましがるわよ!」
「指輪も聖泉で長年晒されていた結晶石を加工してあるものだ、そこら辺の司教クラスの祝福なんかより余程ありがたい物だぞ」
一つ一つを自慢げに語り出す師弟、確かに聞けば聞くほど恐ろしく効果の高い、間違っても新米冒険者なんかが持っていていい装備ではないように聞こえるのだが。
「そ、そこまで高価な物、僕が買えるわけないじゃないですか!」
「何を言っているエイジ、君から金なんぞ貰う訳ないだろう、どれもこの店以外では手に入らないであろう高級品だが、全てこれは君の物だ、受け取ってほしい」
「受け取ってほしいって……えぇ……ただでさえキャロルを貸してもらってるのに」
「ちょっと、あたしを物扱いしないでくれる!?」
「あぁ、それも欲しいなら付けても構わないが」
「!!?」
騒がしい二人を無視して、先ずはハイグリフォンの素材を使っているという杖に手を伸ばす、持ち手は木製で風の流れを現している様な彫刻が成され、細い芯は触れてみた今なら分かる、この高い密度としなやかさならばそう簡単には折れることなどあり得ない。
そしてエイジの魔力に反応したのか、杖の周囲に小さく風が渦巻いている様だ、手から直接風を起こすよりも、格段に速く正確に精密な空気の流れを感じられる。
「気に入った様だね、私の見立て通りだ、君なら使えると思っていたよ、そのままちゃんとした魔術の修業をしていけばキャロルの位階に追い付くことも可能だろう」
「すごい……風が生きているみたいだ、ヴァネッサさん本当に貰ってしまっても良いんですか」
「勿論だ、滅多に来ないお客様に最善の物を提供する、これでも一応店だし私は店主なんだからな、その調子なら指輪も問題ないだろう」
「えぇ、そしてこの鎧は……ッ!なんかビリッと来ましたよ!?」
杖と指輪に続いて並んでいる革製の鎧、見た所エイジの体型でも問題なく装備する事が出来そうだが、肩口の所の毛の装飾に触れた途端、緑色の痺れるような光がエイジの指を襲ったのだ、そして今の感覚は覚えがある。
「師匠、あたしもこれは見た事無いんですけど」
「なんだキャロルも分からないのか?この鎧と手甲には隠蔽の魔術を施してある、二人にはただの皮鎧にしか見えていないだろう?」
「隠蔽の魔術……それに今のはラザロさんの魔術と似ている気がするんですが」
「ほう、よく気が付いたじゃないか、これはアジルディアというエルドレッド王国でももっと北の方に生息しているモンスターの皮を使っているんだよ」
「北の方は行った事無いわ」
「寒い所に生息している動物やモンスターは、その環境に適応するために様々な特徴を持つ、アジルディアは寒さに対応するために、その毛皮が進化したんだそうだ、雷の固有魔術を使ってくる」
高い俊敏性主に雪山などで群れを成して生息している鹿型のモンスター、アジルディア。
高い俊敏性と電撃を操る能力を持ち、集団で枝分かれする鋭利な角を帯電させ振りかざし突進してくるそうだ、雪と群れという条件がそろえばB級という高位モンスターとして扱われることもある。
「そいつの毛皮をふんだんに使った、取って置きのレザーアーマーだ、魔術耐性…特に雷の耐性はかなりの物なのだぞ、加えて私自ら隠蔽魔術をかけているんだ、こんな一品他の町では手に入らないだろうさ」
「す、凄い……正直よく分かっていないけど、なんだかすごい物だという事はわかりました」
「手甲、いや東の方では籠手と言うんだったかな、それはエイジに合う様なサイズで軽く丈夫な物を選んでおいた、上等な物ではないが隠蔽もかけてある、初心者の内はそれを使うといいが、冒険者ランクに合わせて新しい装備を探すのも一つの楽しみだ、そこは君に任せよう」
二人の説明を聞きながら一つづつ手に取って、その具合を確かめているエイジ、閉鎖的な村育ちとはいえやはり年頃の男の子、こういった上等な装備品を目の前にしては昂る気持ちを隠しきれない、ヴァネッサもキャロルも女性ながらそれを分かってくれるようだ。
一通りの説明を受けて、エイジは早速採寸の確認も含め一式を装備してみたわけだが。
アジルディアの皮鎧に、東方の剣士も愛用しているという籠手、白濁色の石指輪、そしてA級モンスターの素材を使った杖……どれも第一線で活躍する高位冒険者が身に着けているような、間違っても一昨日に冒険者登録した子供が装備してていい物ではない。
「どうしようキャロル……慎ましい生活を送ってきたせいか、とても落ち着かない」
「なんかソワソワしてると思ったら、気持ちは分からないでもないけど、なんだったら今からギルドでお披露目してくる?慣れるかもよ」
「絶対、嫌だ」
そんな二人の事を、子供の成長を見守るように眺めながら、キャロルの淹れた茶を啜っていたヴァネッサは一区切りを入れる。
「さぁ、今の時点でエイジに出来る話はこれくらいだ、どんなに高級な装備でも使いこなせなければ意味がない、早速二人でクエストにでも行ってきなさい」
「そうですね、試したいことがいっぱいあります!」
「師匠に言われなくても店に来る前にクエストを受けてきたわ」
「なんだそうだったのか、何を受けてきたんだ」
「毒の魔石採取です、あ、この籠手とか腐食しないかな……」
ほう、と相槌を打ってカウンターの下で何かごそごそと探し物を始めたヴァネッサ。
「毒の魔石、つまりは沼地に行くわけだ、キャロル、上質な魔石が採れたら持ってきなさい」
「わかってますよ、いつも通りですからね」
そう言って二人で店を後にする、扉を閉める時に少しだけ振り向いたら長い前髪の奥でにこやかに笑いながら手を振るヴァネッサが見えた。
昨日は彼女もエイジの事を多少警戒していたのか、それとも初対面の人間にはいつもああいう態度なのか、分からないが今日のヴァネッサは大分、なんというか柔らかくなった気がしたエイジであった。
※※※
大通りをキャロルと並んで歩きながら、冒険するにあたって必要な品のレクチャーを受ける。
「沼地なら往復で最低でも向こうで一日か、二日の泊りになるわ、道中に村や町はないから基本は野営ね、道具は持ってるの?」
「どうだろ……このマジックバック、色々物は入ってたけど何の整理もされてなくってさ、確かテントもあったと思う」
「蜉蝣の団、百人隊長だっけ……そんな人間が何を持ち歩いていたのか少し気になるけど、それは道中聞きましょ、それにしても盗品をさらに盗んだわけね、やっぱりエイジ君シーフの方が向いてるんじゃない?」
結局何処から足が付くか分かったものではないというのはキャロルも同意見だそうで、今回のクエストは人目にも付きにくい沼地という事で、マジックバックに入っている道具を使い捨てるという形を取ることにした。
向こうで野営しながら毒性の強い沼にでもいらない物を沈めておけば証拠隠滅にもなる、蜉蝣の団の幹部を倒したなどという評判は間違っても立てたくない。
「ギルドで馬のレンタルもやってるのだけど、今回は歩いていきましょう」
「そうだな、それがいいか」
再びギルドに立ち寄る用事もないし、数日分の保存食を買い込んで、ブレンドの街の南側にある一番大きな門から出る事にした、最初に遠目で見た時から大きな壁だと思ってはいたが、キャロルに案内され間近で見れば、その重厚さに感嘆の息が漏れる。
そんなエイジにキャロルは田舎者臭いと冷たい言葉を浴びせてきた。
そして王都から派遣されている兵士なのだろうか重装備の門番にギルドカードを見せ、目的地を言うと、一つ気になる情報をくれたのだ。
「商人が行方不明?」
「そうだ、商人と言うよりは木材の加工をやっている人間だそうで、南の方は比較的森が広いからな、よく個人で樵なんかをやっていたらしいんだが」
「その人が行方不明なんですか」
「結婚はしていない男でな、そいつの母から捜索の願いが今朝方出された、沼地の方まで行くとは考え辛いが、道中で何か痕跡を発見したら報告してくれると助かる、では気をつけて」
「わかりました、ありがとうございます」
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