第35話
前日、キャロルに安らぎの木漏れ日まで送ってもらった際、翌日も冒険者ギルドで待ち合わせようと話を付けていたエイジ。
ヴァネッサの店に向かった本来の目的、杖とローブ等の装備を購入するという目的は翌日に持ち越しになっていた、ヴァネッサが明日までに揃えておこうというので、今日の予定はキャロルと合流した後に再び店に向かう事から始まる。
「おはようございまーす………えっ」
朝食を摂った後、冒険者ギルドのドアを開いたエイジは驚いた、昨日のキャロルとの、彼女曰く喧嘩の跡が、何事も無かったかのように消え去っているのだ、床に焼け焦げた跡も無ければ壊れたカウンターまでしっかりと元に戻っている。
本当に何もなかったのではないか、昨日は全て夢だったのではないかと一瞬自分を疑った。
「エイジさん、おはようございます、連日ご苦労様です」
「あの、ヨッタさん……一体どんな魔術をつかったので?」
「ギルドの正面玄関が壊れているなど恥だ、と副ギルドマスターが緊急依頼を出しまして、クエストにもよくあるんですよ、空き家の解体とか家具の作成とか、報酬はキャロルさんから出させると言ったら、受注者が殺到しまして」
「あぁ……あの子どんだけ恨まれてるんですか」
「恨んでる…と言う程の人はいないと思いますが………日頃の…ゴホン、まぁ色々あるんでしょうね」
そのキャロル本人とここで待ち合わせをしている旨を聞いたヨッタは、あらあらと驚いた様子を見せる、その反応と昨日のヴァネッサとの会話で、キャロルが如何に人付き合いが少なくコミュニケーション能力に欠陥があるのかが窺えるというものだ。
一旦受付から離れ、他の冒険者が依頼を受ける様子や、それに対応するヨッタの姿を眺めていたエイジだったが、少ししてキャロルが入ってくるのを確認した。
彼女は受付カウンターや床が奇麗に修繕されているのにもさして驚いた様子もない、もしかして一度目ではないのかと呆れる。
ギルド内にいる人間もキャロルを横目に何やら小声で話し合っている、昨日立ち会った人から既に色々と広まっているのだろう。
あまり目立ちたくない、注目されるのが苦手なエイジは、ギルドを待ち合わせにしたのは失敗だったかと後悔したが、目が合ったキャロルに向け軽く手を振る。
(おい、『紫炎の魔女』だ、昨日またやらかしたって話だぜ、しかもギルド内で)
(マジかよ、今度はどいつが黒焦げにされたんだ?てか相手は生きてんのか?)
(俺、昨日片づけ手伝ったんだけどよ、あの小僧だ……紫炎と互角にやり合ってたって話だぜ、なんでもラザロさんが止めに入る程の凄まじい魔術合戦になってたとか、あのおっかねぇ魔女に正面から挑んだんだってよ)
(なんだそりゃ、子供じゃねぇか、フカすなよ)
(マジだって、見てみろよ……『紫炎の魔女』とあんなに親しそうに……)
「遅かったじゃないかキャロル」
「時間通りのはずよ、待つのはエイジ君の勝手でしょ」
周囲で一体どんな話が成されているのか、二人は知らないまま軽く挨拶を交わす。
(おいあの小僧呼び捨てにしてるぞ!命が惜しくねえのか)
(それ程の魔術師って事なのか……?強そうには見えねぇが、紫炎も一見強そうには見えねぇしな、魔術師ってのは見た目で実力が分からん)
(ラザロさんを除いて、二人目の高位魔術師って事か……あの魔女と仲良くできるって時点でまともな人間じゃねぇ)
もう食事は澄ませたのか等適当な会話をしながら、クエストボードの前まで移動する、先にクエストを選んでいた冒険者パーティがそれに気付いていそいそと場所を開けてくれた。
エイジはこれがキャロルの効果かと溜息をついたが、彼らの怯えと警戒の視線がエイジ本人にも向いていたことに気付かなかった。
「さて、この後ヴァネッサさんの所で装備を受け取った後は、さっそくクエストに行きたいんだけど、キャロルはいつもどんなクエストを受けているんだ?」
「あたしは基本討伐依頼や採集依頼ね、あとは自分で使う実験材料を採取しに行った場所で危険そうなモンスターがいたら退治して、部外報酬を貰ったりかしら」
「ブラックランク、ってーと……ビッグアイガルーダの討伐、水流の鱗石採取か、どれも聞いた事無いや」
しかもどれも初心者クエストと比べ高額報酬だ、シルバーランクの盗賊団の動向調査が三十万ゴルドも貰えるのだから当然か、ルゥシカ村でアレッサンドルと生活していた頃なら季節を一つ過ごせるくらいの報酬だ。
「君は初心者も初心者なんだから、まずは簡単なクエストにしておきなさい、近場のモンスター生態調査とか魔石の採取とか」
「あぁ、魔石……言われてみればヨッタさんにも沼地での魔石採取のクエストをお勧めされていたな、まずはそれにしようかな」
「沼地、かぁ……良いんじゃないかしら、あたしも依頼とは別に偶に行くし、あそこは毒属性だけじゃなく水の魔石も採れるから」
そうと決まればと、受付のカウンターに向かえば丁度空いている様で、ヨッタが話が聞こえていたのか昨日の依頼書を準備して待機してくれている、非常に有能な受付嬢だ。
「それでは確認いたします、【毒属性魔石の採取】クエストをエイジさん、キャロルさんの二人での受注、報酬は依頼書の記述に準じ、期限は特に設けませんが長期間になる場合は一度ギルドにお知らせくださいませ………それとキャロルさんは同行クエストの一環という事ですのでエイジさんの受注されるクエストからは報酬が発生致しませんが、ご了承ください」
「分かってるわよヨッタちゃん、改めて聞くとなんて面倒な事を引き受けちゃったのかしらね」
「なんだ、キャロルはただ働きになるのか?」
「その……昨日の修繕の費用もエイジさんの指導報酬としても良いと、副ギルドマスターから話を伺っていますので」
「自業自得か、それじゃぁ遠慮なく付いてきてもらおうかな」
「ぐぅ、言い返したいのに、何も言えないわぁ」
※※※
「昨日は気が付かなかったけど、この道なんか変な感じがするな」
ギルドでの要件を終え、ヴァネッサの店に向かうエイジとキャロル、昨日もキャロルに案内されて通ったはずのやたら入り組んだ通路だが、目を凝らしてみれば、壁や地面のレンガ等から魔術の気配がすることに気が付いた。
「あら、言わなかったっけ、ここは店の場所に到着させないための仕掛けがあるの、一流のシーフでも簡単には抜けられないわ」
「…………何のためにそんな、いや想像つくけど」
「けど道順さえ知っていれば大丈夫よ、それに魔術師なら頑張れば通れるようになってるの、一応あそこは魔術師向けの道具店って名乗ってるんだし」
「ふーん」
そして昨日見覚えがあるような無いような順序を通りながら、ヴァネッサの店の前に到着した、昨日と何も変わらない、蜘蛛の巣の垂れ具合も一切変わらない、まるで時間が止まっているような錯覚を受ける。
「ししょー、おはようございまーす、エイジ君連れてきましたよぉー」
「おはよう御座います」
まだ朝という時間だし一応挨拶してから入店する、だが昨日ガラクタを除けてスペースを作ったカウンターの向こうにヴァネッサの姿は無かった。
「奥かな?」
「そうかも、ちょっと待ってて」
キャロルはガラクタの山と化した店内も慣れたもので、軽やかに店の奥に続く廊下へと進んでいく、エイジはカウンターの前で待っていることにしたが、昨日軽くだが片付いたはずの机上にはもうすでに物が置かれている、店内のどこにあったのか鎧や指輪などが無造作に置かれ、こうやってどんどん物が積み重なっていくのかとエイジが感心していると。
「やぁ来たね、まあ掛けたまえ……おっと座る椅子が無いか、くっくっく」
「えと、どうしたんですか?もしかして寝てないんですか?」
「お察しの通り、あの剣についてあれこれ調べていたら、もう朝になっていた、おっとこれは徹夜明けのテンションという訳では無いよ、私ですら少しづつしか進捗が無いこの状況に聊か興奮が隠せないだけなのだよ」
店の奥からのっそりと顔を出したヴァネッサは、昨日も大分酷い恰好だったが、今日はさらに輪をかけて酷い、ないが酷いって痩せているのに豊満な果実が何かの拍子にポロリと落ちてきてもおかしくない位に、乱れている、乱れきっている。
「師匠、肩ひも!落ちかけてますよ!」
「おっと、私としたことが、弟子の男を魅了してしまうとは、罪な師匠で済まないね、くっくっく」
朝から元気に騒いでいる師弟を、万が一ポロリした時の為に横目で見ながら、まずは進捗の具合を確かめる。
「昨日の今日ですが……」
「色々と、数えきれないくらいの仮説が立っては、自分で否定していく、その過程で一つだけ分かった事がある、あの剣から力を引き出す為の条件だ」
「条件……?命をエネルギーに変えるための条件、という事ですね」
「然り、剣とエイジ君の魂を直接繋げるための道が、その呪紋だという話はしたね?その道が開く……恐らくその条件が強く満たされる程、その道も広く大きな物となり、吸い取られる命も得られるエネルギーも大きくなっていくのだろう」
随分と派手になってしまった自分に両腕を見る、昨日黒剣に短時間だが触れていた影響か、昨日の夜は二回程、直ぐ収まるくらいの痛みで意識を無理矢理覚醒させられ、穏やかな睡眠時間とは言い難かった。
「その、条件とは?」
「それはね、感情だよ……強い、強い気持ちに反応して道が開かれるんだ」
ヴァネッサは半目でエイジの両腕を笑いながら見ている。
「君が初めてあの剣を使ったのは、例の蜉蝣の団幹部との戦闘か?」
「いえ、その下っ端に追われながら逃げ込んだ……祭壇で」
「あぁそうだったね、まぁその時の強い気持ちか感情か………なに。恥じる事は無い、聖職者だろうと復讐心と無縁でいられる人間なんぞ存在しない」
「あの感情に、剣が反応した……」
「もしかしたら他の条件があったのかもしれないし、持ち主としても段階的な物があったのかもしれないが、その時だろう?腕に呪紋が刻まれたのは」
実際はエルドリングと対峙したときに、このままでは奴を殺す事が出来ないと、更なる力を欲した時だったが。
その時のことを思い出してエイジは、言葉を発せなくなってしまう、その様子をヴァネッサは、長い前髪で表情が分かりにくいが、まるで幼い子供を見ているかの様に、優しい視線を送っている。
「現時点で、私が立てている仮説は以上だ、それよりほらエイジ、君に渡したいものがあるんだよ」
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