第33話
キャロルが戻ってくるまでは当たり障りのない会話、教会で育ったことや聖属性を学んだ切っ掛け、他にどんな魔術使えるのか、ブレンドに来てからの事等。
その会話の裏でエイジは考える、確かにヴァネッサとキャロルは同じ闇属性の使い手でもエルドリングとは違った印象がある、ヴァネッサはまた違った怖さがあるのだが、実害は今のところないように思う。
彼女の癖のように感じた全てを知ろうとするような会話も、その探究心とやらの延長線上なのだろう、そんな彼女たちに、どこまで本当のことを話していい物か。
「あぁ、キャロルの持っていた魔石、あれは私は作った最高級品なんだよ、あれに溜まっている魔力はキャロルの魔力容量を二度全回復させてもまだ余るだろう程だ、弟子に送ったお守りの様な物でね」
「どおりで、いきなり盗人呼ばわりは驚きました」
「ふふ、そうか、ならば私もお礼をしないといけないな、あの魔石は作るのにも結構時間と高級な素材を使っていてね、後で適当な物を見繕っておこう」
やがてキャロルが狭い通路を押しのけて人数分のコーヒーとクッキーを持ってやってきた、魔石を落としたことをヴァネッサから追及されるとエイジに非難の視線を向けてきたが、ほろ苦さを味わいながら知らない振り。
「さて、ではその呪紋の事だが」
「呪紋……」
「そうだ、これは君も気付いているだろうがそれは間違いなく『呪い』の類だ、それも私が見たことも聞いたことも無い、強力な」
「呪いって、南方の国では盛んに研究されている系統ですけど、体調を悪くさせたりさせる、強力な呪術師だと声を枯れさせたり、身体を動けなくさせたりできるってきいたことあるわ」
「そうだ、エイジが解っている範囲でその呪いの効力を教えてくれないか」
「その前に」
この呪紋について、話すにはどうしてもマジックバックで今は静かにしている黒剣についても話さなくてはいけなくなることは解かってる、問題はこの二人もムルクル村長と同じ様に、あの剣の正体に感付き、暴徒と化す可能性がない訳では無いだろう、しかし。
「条件があります」
「ふむ、当然だな……言ってみなさい」
「この話はどこの誰にも他言無用、そして……ヴァネッサさん、あなたを信じても良いという証明を、何か下さいませんか」
「……ふーむ、証明、か」
ヴァネッサはその巨大な胸の前で手を組みながら、どうしたものかと考える、少しは渋るかと思われた、そして店内のガラクタの一部に向け指が向けられるとその中から一つ、何かが浮遊して彼女の眼の前までやって来る。
「それは?」
「師匠!?それは!」
「これは『晩鐘の天秤宮』、豪華な天秤に見えるだろうが、これは他の店では扱っていないであろう封印級の魔術道具だ」
一見すると盆栽のようにも見えるその天秤、二本に枝分かれした小さいながらも老齢な樹木の様な柱に何やら禍々しい模様が彫られている二枚の皿、どう見ても豪華には見えない。
「早速使ってみようか、使い方は簡単だ、こちらの皿に誓いを乗せて、こっちの皿に報いを乗せる」
「………意味が分からないんですが」
「この魔術道具は……そうだな、例えば教会なんかに見つかると即封印指定がされる、使い方を誤れば極めて危険な道具だ、一応教会に縁のあるエイジ、この道具のことを決して教会等に言いふらさないと誓ってくれるかい?」
「え、えぇ……それは勿論ですけど、一体どういう」
「この皿に誓いを『エイジは晩鐘の天秤宮について教会に秘密を漏らす事は無い』、そしてこの皿に報い……そうだな『一日中原因不明の痒みが全身を襲う』でどうかな?」
「あぁ、成程……確かにこれは、封印級の道具だ、もしかしてですけど周りのガラクタに見えるもの全部こんな物ばかりじゃないですよね?」
「そんな事は無いさ、なぁ」
「そうですよ、全部使い方さえ間違わなければ大丈夫なやつですから、本当に危ない物は店の奥に……」
エイジは改めて店内を見渡す、そう思って見ると特徴的な道具がいくつも無造作に打ち捨てられているような気がして、その中から引っ張り出したこの椅子も、もしかしてヤバい物ではないだろうかと心配になってくるが。
「まぁ、誓います」
晩鐘の天秤宮、その二枚の皿の上に二色の光が灯る、平行に垂れ下がる皿の上でその光は徐々に彫り込まれた模様に溶け込んでいき、鎖と枝を伝い樹木の様な柱に吸い込まれていった。
「よし、これで完了だ、続いて誓いを、『私はエイジの秘密を決して他所へ漏らす事は無い』、そして『私の死』を持って報いとする」
「な!」
「はぁ!?」
「当然だ、信用の為の証拠としてはそんな物だろう」
何の躊躇も無く自分の命をベットするヴァネッサに、キャロルとエイジは言葉を失う、当の本人は特に気にした風も無く、再度灯った二色の光を見守っている。
「よし、これで契約は成された……ほらキャロルも同じ様に誓いなさい」
「え゛ッ、あたしもですか!?」
「いや、いい、そこまでやれなんて言ってないですから!」
「そうか?まぁエイジがそう言うならいいのだけれど、よかったなキャロル」
「はは、ははは……そう、ですね」
キャロルの安堵したような、乾いた笑い声と一緒にエイジも最早笑うしかない、えいじとしても、もっと軽い誓いを想定していたのだが、何の躊躇も無く命まで賭けられるとは思いもしなかった、これも例の探究心とやらの力なのだろうか。
「ならば私から、話そうか……闇属性の権威として、未だ触れた程度だがその呪紋について分かったことをだ」
そこからヴァネッサの表情から再度、笑いが消えた。
先程見せた真剣そのものといった表情だ、その奥で何を考えているのかは読めないが、その気迫に引っ張られエイジの気も引き締められる。
「結論から言おうエイジ、君は遠からず死ぬ」
「……………」
ヴァネッサとエイジの視線が重なる、横ではキャロルが動揺しているが、エイジはその言葉を聞いても欠片も動揺する事は無かった、ただ右手が机の陰で強く強く握られる。
「ふむ、どうやら『知っていた』という顔だね、まぁ当の本人からしたら当然か」
「えぇ、正直そうじゃないかなとは思っていましたよ、専門家が言うなら本当にそうなんでしょうね」
「そんな!命に係わる程の呪いなんて超一流の呪術師でも難しいのに」
「いや、これは呪術的な物ではない、違和感がある……恐らくは強力な呪いの掛けられたマジックアイテム、もしくは晩鐘の天秤宮と同じ契約による対価の類、更に解せないのは、これは最近受けた呪いの様だ、そうだな」
エイジはその質問に溜息と微笑を持って答える。
少しだけ目を閉じて、ルゥシカ村での日々と、あの惨劇を思い出し。
「どうしの?エイジ君」
「いや、どこから話したらいいのかなって、色んなことがあり過ぎて」
「ゆっくりでいいさ、この店に閉店時間はない」
※※※
結局のところ、エイジは大体の事を二人に話した。
ルゥシカ村で過ごした平和、アレッサンドルの事、そして村の崩壊、小山の中で見つけた壁画と黒剣の事も、そしてそれを使い蜉蝣の団を斬った事も。
一通り話を終えた時にはヴァネッサの店の中には橙色の斜光が入っている、店内の二隅にあったランプに火が灯された。
「村は焼いてしまったよ、多分近々ギルドからそんな発表があるんじゃないかな、それから隣のカルレヴァ村へ皆は移住した、そして僕は……」
「信じられないわ、そんな……」
「………………………」
蜉蝣の団の幹部と顧問魔術師を倒した後は、数日起き上がることも出来ないほどの激痛に苛まれた、その時にこの呪紋が腕に定着し、聖属性の魔力を流し続ける事によって何とか回復したのだ、そこまで話を聞いてヴァネッサが語り出す。
「間違いなく『アーティファクト』の類だろうな、それも聖魔大戦時代から一度も世に出ていない程の大宝だろう……そんな物がまだ世界には残っていたのか、くっくっく」
「ガプって言う名前は聞いた事があるわ、蜉蝣の団の幹部級で、移民紛争の時にかなりの王国兵が殺されたって」
「百人隊長と言えば大物だ、斧を使う様なパワー型の戦士に高位魔術師の支援とブースト付き、そんなもの私だって相手にしたくない」
意外にも知識人のキャロルが驚愕し、ヴァネッサが相手にしたくないといいながらもその眼の奥には好戦的な色が見え隠れしている気がする、こちらも意外と戦闘狂な気質があるのだろうか。
エイジが隠したことはムルクルとの話、不確定かつ眉唾の伝説を語ることも無い、そしてこれはまだ語るべきではない事柄だと、そう判断したからだ。
「話は分かった、そのマジックバックもその時手に入れたものだな、そして黒剣とやらもそこに入っていると」
「そうです」
「見せてくれ」
「え、師匠今の話を聞いてました?」
「ここで、出してもいいんですか?」
「キャロル、お前はもっと探究心を持ちなさい、そうすれば紫炎ももっと強力な物になるのに勿体ない……、エイジ心配はいらない、出してくれ」
全員の意識がエイジの腰にあるマジックバックに向けられる、命まで簡単に差し出したヴァネッサとキャロルの事はもう信用に足りる人物だと、思ってはいるのだが、闇属性に親和性の高い二人に、黒剣の狂気がどう作用するか分からない。
しかし恐がりながらも興味を隠せないキャロルと、頭の中で考えを巡らせている最中なのであろうヴァネッサ、この二人にならば期待しても良いかもしれない。
「気を、強く持ってくださいね」
腰のカバンから、ゆっくりとその姿を現すその闇のオーラが、狭い店内の空気まで汚染していくような、そんな気配にヴァネッサの笑みが一層強くなった。
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