第32話
「そう警戒しなくてもいい、エイジ、まずはそのすぐ発動できる状態で待機させてある……風と光?いや聖属性か、盾と弾……それ疲れるだろう、楽にして腰掛けたまえよ」
「師匠、腰かける椅子が見当たりませんが」
エイジはその一言に驚いた、発動待機させてある光盾とエアショットを見抜かれたのだ、それだけでこのみすぼらしい巨乳女が只者ではないと理解させる。
魔術師たるもの、皆がそうであるのかは知らないが、キャロルだって杖の先端やローブの内側に幾つもの魔術を準備待機させているのは、エイジでもなんとなく分かるのだが、その属性までは分からない、ましてやそんな系統の魔術なのかまで一瞬で理解されてしまっている。
「……杖と、ローブを買えないかと、ラザロ副ギルドマスターの勧めです、ここで売ってるんですよね」
「性急だね、しかしそれは君本来の性質ではない、何か急ぐ用事でもあるのかな?それとも焦る事があるのかな、もしかしたら何か大きな事件が君の心から余裕を消し去ってしまった、その線も考えられるわね」
「…………」
ぼさぼさの髪を掻きながら、視線だけは前髪の隙間から外さない、その瞳は自分を見ている筈なのに、なぜだろう、もっと奥、エイジ自身、自分でも見られない場所が露にされている、そんな恥ずかしさを覚える視線だ。
「何だよ答えてくれてもいいじゃないか、それとも会話は苦手かな?もしかしてこの美貌に見惚れていたりするのかい?」
「どう答えていいか悩んでいただけです、ヴァネッサさんのようなタイプの方とは初めて話します」
「ふむ、良い返し方だ、その年ならば適応力もすぐに身につくだろう、後は発想と独創、持続性が身につけばいい大人になれる」
そして理解した、これはヴァネッサの趣味なのか悪い癖なのかは知らないが、彼女は最初のコンタクトで相手方の出来る限りを理解しようとする節があるらしい、もしかしたらそれも自覚しての事なのかもしれないが……大多数の人間には嫌われるだろう、キャロルが始め店に連れて行くのを渋ったのはそういう事を考慮したのだろうか
「いいさ、いいだろう。可愛いキャロルが連れてきたお客さんだ、しかもこの子が男を連れてくる日が来るとは思わなんだ、少々はしゃいでしまったらしい……で、杖だったか」
「はい、この店以上の品揃えはそうそうないと、そう聞きました」
「その通りだ、ラザロのやつが何を考えているのかは知らんが、新人を私の所に紹介するなど、それも初めての事だ。何か心境の変化でもあったのかな、それか君にそれほどの期待を寄せているのかまたは警戒しているのか」
「警戒って、一体何を」
「決まっているだろう」
ヴァネッサの、何気ない動作、いや所作と言うべきなのだろうか、唇の動きや呼吸のタイミング、傾げる首の角度やほんの少しの身動ぎ、そんな一つ一つがエイジを彼女との会話に引き込ませる。
不思議な感覚だ、だんだんと自分の意識と思考が一致しなくなっていく。
ヴァネッサの手が、エイジの腕をそっと掴んだ、握るのではなく、ただ触れなぞられるだけでエイジは根の様にも炎の揺らめき様にも見える紋様が色濃く出ている手の甲を、ヴァネッサの前に差し出していた。
なるべくボケッとなどに手を入れたり袖などで隠しながらしてきた紋様を何の警戒も無く高位の魔術師の前で曝け出しているという事実を、一瞬遅れて理解した。
「ッ!……一体何を!」
「それはただの痣でも刺青でもない、そうだろう?ラザロがそれに気付いていたかは怪しい所だが、今日、エイジが此処に来たことは君にとって最高の幸運、そして最高に正しい判断だった、キャロル……良くやった」
「え、はい?ありがとうございます?」
「あなたは、これが何なのか分かるというんですか」
「あなた、等と呼ばないでくれエイジ、是非親しみを込めて名前で呼んでほしい、これから長い付き合いになりそうだ、それとも短いものになるか」
「ヴァネッサさん、質問に」
「あぁ、勿論……………分からないよ、君と同じだ」
いままでこれ程精神力を削られる会話があっただろうか、振りほどこうとするが、手首をぎゅっと掴まれておりそれも叶わない、ここまで案内してきたキャロルは二人の会話に入ってこようとせずに、ガラクタを手に取っては放り投げ、手持無沙汰と言った様子だ、少しは助けてくれてもよかろうにと、若干の憤りを覚えるが。
「分からない、それにしては妙な言い様でしたけど」
「あぁ、本当に分からない……丁度死霊術なんかの研究対象も一段落したところにエイジ、君が来てくれたこの幸運、この昂揚を分かってくれるだろうか」
エイジは気付いてしまった、ヴァネッサの視線、この瞳の中に宿る感情に覚えがある、忘れもしない闇の杭を狂ったように笑いながら放ってくる奴の顔、先日のラザロとの会話にも出てきた、あの闇属性魔術の使い手エルドリングが黒剣に向けていた視線と、似ている。
「ッ、離してくれ!」
「おっと……ふふ、そんな邪険にしなくてもいいじゃないか、確かに私はその腕について分からない、しかしエイジよりは分かっている、と思うけどな」
「あなたは……一体何者なんだ、何を知っている、何が望みだ」
振り解かれた手をなぜか嬉しそうに眺めているヴァネッサ、そしてエイジの強い声色の問いかけに、一層に頬を釣り上げ不気味さが増した嗤顔で答えた。
「なんだ、キャロルから聞いていなかったのか……私は闇属性魔術の専門家さ、故にエイジよりその痣、いや『呪紋』と呼ぶべきだろうな、それについても少しだけわかる、エイジの予測や想定を補足してあげる事なども可能だ、そして私の望みは」
「もういいッ!」
ヴァネッサの語りを遮って大声を上げたエイジに、キャロルも驚いたらしい、ヴァネッサも続く言葉を飲み込んだ。
「もうたくさんだ、闇、闇、闇……やっぱり闇属性なんて使う輩は狂った奴ばかりじゃないか!お前らに聞くことなど何もない、僕は僕の力でこいつを調べる!」
「な、なんてこと、あんた闇の魔術を悪の魔術と勘違いしてるんじゃない!?」
「違うって言うのかよ」
「断じて、違う」
ヴァネッサが、きっぱりと、今までの長ったらしい会話が嘘の様な簡潔な言葉で言い切った、表情からは笑みが消え、彼女が何を思っているのかは読み取れない。
「キャロル、闇を使う上で必要なものはなんだい」
「探究心です!」
「…………探究、心?」
「そうだ、エイジ……勘違いされることは仕方がない、闇属性特有の暗色が夜や悪を連想させることは重々承知しているが、だからといって悪しき心を持つことが闇を使う事ではないのだ、むしろただの悪党などに、闇は使いこなせん」
「そうよ、探究心……何かを求め突き詰めていく、そんな強い意志が無くては闇は応えないの」
「そんな事、探究心なんて魔術師なら多くの人間が持っているだろう」
「そうだ、その中でも闇が答える程の探究心、際限ない知識の泉の底を求める人間こそ、闇の強力な力を受け入れる事が出来る、勿論その力を使い悪を成す人間もいる、求める物の為ならば力を行使する事に何の迷いもない、そんな方向性の探求心を持つ人間は、エイジの言う通り悪と呼ぶべきなのだが」
「自分たちは違うって言いたいのか」
「そうは言っていない、だが、探究心の為ならばその腕を斬り落としてでも研究したいと思う人間もいるだろうが、私は違う、そう理解してくれればいい」
「あたしだって違うからね、言っておくけど!」
「………」
そういって先ほどまでの狂気を感じさせる笑みとは違って、少しだけ優しさの見える笑みを見せたヴァネッサ、横でキャロルがぷりぷり怒っているが。
エイジは一つ大きく深呼吸をして急速に血が上った頭を冷やす、そして積み上げられたガラクタの山に手を突っ込み、殆ど埋まっていた足の長い椅子を引っ張り出す、積み重なっていた物が崩れるが気にせず、カウンターの前にその椅子を置き、ドカッと腰を下ろす。
「ごめんなさい、どうやら勘違いしていたらしい、話をして下さい」
「勿論だ、キャロル、奥で茶を入れてきてくれ、適当に菓子も持ってきていいよ」
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