第31話

「はぁ、何であたしがこんな目に……」

「こっちのセリフなんだが、今日ほどついてない日が今まであっただろうか……まぁあったか」

「なによぉ、師匠に対して随分な態度じゃないの」

「師匠じゃないだろ、僕は闇属性なんて学ぶ気は欠片もないぞ」

「そうよ、そもそも系統が真逆じゃないのよ……そんな魔術師に何を教えろって言うのよぉ、あ、こっちよ」

「あぁ、で……その店ってのはどんな所なんだ?遠いのか?」

「私の師匠がやってる店、ここからかなり入り組んでるから迷わないようにね」


 紫炎の魔女キャロル・エインワース。

 ラザロの唐突な話が終わった後、先に退室したエイジは彼女について少し情報を集めた、いや集めたというよりは勝手に集まったというべきなのだが。


 美人の受付嬢曰く。


「悪い子ではないのですよ?実力のある魔術師であることは間違いないのですが、少しだけ思い込みが激しい所と、人の話を聞かない時があるくらいで、えっと……その、頑張ってくださいね?」


 とある宝探しパーティ曰く。


「俺達がパーティを組んで少し経った頃だ、当時まだまだ子供で期待の新人魔術師なんて言われてたあいつと臨時で組んだことがあるんだ……その時の事は今でも忘れない、あぁトーラ、ノスタル泣くな、泣くんじゃない!」


 ギルドでのランクは現在ブラック、しかし副ギルドマスターのラザロの言葉を聞く限り、本来の実力はシルバーランクと何ら遜色ないらしい。

 しかし壊滅的な協調性の無さと長年の孤立とソロでの冒険経歴が祟り、一時的か臨時でパーティを組んでも上手くいかず、その火力と魔術師特有のプライドがパーティの前衛や同職に多大な被害をもたらし、後衛やサポート役にも様々なトラウマを植え付けてきたそうだ。


 そんな周囲からはぶられている残念な美人となぜ、エイジが連れ添って人気のない道を歩いているのかと言うと。

 先程ラザロからエイジにこのような疑問が投げられた。


「エイジ君は魔術師だというのに杖もローブも使わないのかね」


 キャロルとラザロを見れば確かに二人共ローブを装備している、ラザロの場合は背中に大きく一対の翼の紋章、冒険者ギルドの証が描かれているため、装備というよりは正装という物なのだろうが。


「杖と、ローブですか?持ってないですけど、魔術師なら皆そういった格好をしている物なんでしょうか」

「必須よ、杖は魔術を迅速に発動させる媒体として一番ポピュラーな物だし、魔術師ならば数種類の発動媒体を持っているのは常識よ」

「ローブにしてもそうだ、昔の私の様に拳闘鎧で魔術を使う人間も少なからずいるが、ローブのように広い表面積の布ならば様々な陣を刻み込めるし、キャロルのそのローブの様に強いレジスト効果のある素材で布を編めば、その効果を存分に発揮できる。


 キャロルの眼に悪い紫のローブにはそんな効果が付与されていたのか、当の彼女はラザロの説明を称賛と受け取ったのか誇らしげにローブの襟を正している。


「必須……なら、一式揃えておくのも良いかもしれませんね」

「そうだな、後で纏まった金額も入ってくることだしの……そうだキャロル、ヴァネッサの店にエイジ君を連れて行ってやってはどうだね」

「え゛いや……それは止めておいた方がいいんじゃないでしょうか」

「ヴァネッサの、店?」

「魔術道具を専門に扱う店だ、店主が少々……変わり者だが、ブレンドであそこ以上の品揃えの店はあるまいて」


 と、言うやり取りがあったのだが、キャロルは最後までなんだかんだ言いながら渋っていたのだが、ラザロの『これも教育の一環だ』という鶴の一声で、この後の予定が決定してしまった、そんな事を思い出していると。


「そっちじゃないわよ!こっち」

「おおう、いつの間にそんなところに……妙な場所だな、まるで迷路みたいな」

「まぁその通りなんだけど」

「どういうことだ」

「師匠に合えば分かるわよ、あの人は私以上に変な人だから」

「意味が分からないんだが、しかも自分で変とか言うの、自覚あったのか……なんか怖くなってきた」

「私から目を離さないでしっかりついてこないと迷うわよ、あと少しだから頑張りなさい」


 そこから何回か小さな角を曲がり、アーチを潜り抜け段数の少ない階段を上り下りしながら、ようやく少しだけ開けた場所に到着した。


「ここまでくれば大丈夫よ、絶対迷うと思ってたけど、エイジ君ってば意外と抵抗力があるのね、それともこれも属性の相性なのかしら」

「よく分からないが、ここがそうなの?」

「そうよ、あたしの師匠のお店、名前はあるらしいんだけど知らないわ」

「なんだそりゃ……」

「あたしにも分からないわよ、さぁ入りましょ」


 それはブレンドに多くあるレンガ作りの小さな建物、なのだが、キャロルが指さすその一角だけが、まるで古い時代に取り残されたかのように老朽化しているのだ。

 曇りガラスの丸い小窓があるこれまた古い時代を感じさせる木製の一枚扉、そして星を模った陣が描かれている吊り下げ式の小さな看板には、蜘蛛の巣が張っており外壁は何の植物か分からない蔦が縦横無尽にその手を伸ばしていた。

 その外観からはとても内に人が住んでいる、ましてや商店であるなどとは信じられない。


 キャロルはその建物に臆することなく、扉の方へずんずん進んでいき、ノックもすることなく突然扉を開け放ったのだ。


「師匠ー。居ますかー、起きてますかー?キャロルですよー、ついでにお客さん連れてきましたよー」

「おい、そんないきなり……」


 建物内に入るやいなや、大声で師匠とやらを呼び始めたキャロル、彼女に続いてエイジも店内に入ろうとするが、入り口の扉を開けただけで中から埃臭い空気が流れてくるのを感じた、思わず足が一瞬止まるが、意を決してエイジも店内に入る。


「凄いな……本当に店なのか、ここ」

「片づけるのが苦手なのよ、これでも結構掃除したんだけどね、少し放っておくとすぐにまた散らかすんだから……師匠――!生きてますか――?」


 死んでる可能性もあるのかよ、とエイジは呆れる。

 キャロルが店内の隅にあったドーム型の何かに触れると、それが黄白色に光り周囲を明るく照らす、流石は冒険者ギルドの副ギルドマスターが勧めるだけのことはある、それも魔術道具なのだろう。


 明かりが点いた事でエイジは改めて周囲を見渡してみた、が、兎に角物が多く、どれも奇妙な形だったり壊れている様にしか見えなかったりとエイジの理解できる範疇を超えている、それが見えている床の半分を隠し、壁が見えない程高く積み上げられている、部屋の間取りが分からない。


「ここは店じゃないよ、良くて倉庫……悪く言えばゴミ屋敷だよ」


「中々面白い事を言うじゃないか少年」


 エイジの小さな呟きに何処からか返答があった。

 どうやら辛うじて見える小さなカウンターの様な場所の後ろに、奥へ続く通路があった様だ、本来なら廊下と呼ぶべきなのだろうが、そこにも物が散乱しておりガラクタで出来た洞窟といった印象を受ける、その中から人影が一つ、まるでリビングデッドのようにゆっくりとした動きで這い出てきた。


「あぁ師匠、そんな所にいた、大丈夫ですか?」

「キャロルか、最近めっきり顔を出さないで、そんな事では真の探究者とは言えないぞ……、そして?君は誰だったかな、少年」


 キャロルが手際良くガラクタを退かして発掘した椅子に腰を掛け、カウンター机上の小物を乱雑に扱い自身が頬杖を付くスペースを作っているこの女性。


 深緑色の長い髪は癖ッ毛なのか寝癖なのか手入れ不足なのか、乱れに乱れ、顔を隠すほどの長い前髪と、眼鏡越しでも力強いエメラルドグリーンの瞳が、エイジの姿をしっかりと捕えているのがよくわかる。

 全貌がみえないから年齢は正確に分からないが、声から察するに二十台だろうか、もっと若くも聞こえるし老獪な響きも含まれている気がする。


 そして何より目を引くのは、女性特有の二つの実り。

 肩から落ちかけている黒いワンピース越しにもその巨大、いや、豊か過ぎる実りは解かり過ぎる程解ってしまう、それはカウンターの上にドンと乗っている、エイジが今までに出会った人間の中でもこれほど特徴がある人物は居なかった、その存在感に言葉を失うエイジだったが。


「師匠、彼とは初対面ですよ?エイジはギルドの新人で、魔術師なんですって、でも杖もローブも持ってないから師匠を紹介してやれってギルドマスターが」

「なるほど、なるほど……相変わらず言葉が足りないな可愛いキャロル、さてエイジ、いらっしゃいませ、私の名前はヴァネッサだ、好きに呼んでくれ」


 何処に視線を向けるべきか迷っていたエイジはキャロルが先に事情を説明してくれたことで、正気に戻った。


「は、はい!どうも……ヴァネッサ、さん」

「よろしい、少し散らかっているが、ゆっくりしていってくれたまえ、丁度暇していたところだ」


 三日月型に口を歪めて、怪しさ満点で笑うヴァネッサを前に、エイジは続く言葉を失ってしまうのだった。






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