第30話

「あの~、失礼してもよろしいでしょうか?」


 扉の向こうから聞こえてきた声は、どうやらラザロの痺れる魔術から早くも回復したらしい例の女の子、キャロルのものだ。


「入りなさい」


 それに答えたラザロの声色は、何と形容したらよいか怒っている様にも諦めているようにも聞こえる、扉が少しだけ開いて、やはりキャロルだった、彼女が恐る恐るといった様子で顔を少しだけ覗かせる。


「入って……座りなさい」

「は、はい……」


 ラザロは立ち上がって書類が高く積みあがっている自分の事務机と移動した、今まで彼が座っていたソファへキャロルがそそくさと腰を沈める。


「まったく……まずはお互いを紹介しよう、エイジ君、キャロルだ。キャロル、エイジ君だ……昨日冒険者に登録してくれたばかりの期待の新人だ」

「期待の……って」

「同じ冒険者、だったのね」

「そうだ、同じ冒険者で同じ魔術師だ……エイジ君がブレンドにいる間に少しでもお互いに見分を高めて影響を与え合って欲しいと、思っていた矢先に」


 その言葉にエイジとキャロルは顔を見合わせる、キャロルは驚いたような顔をしているが何をそんなに驚くようなことがあるのだろうか、そして先ほどと同じく睨みつけてくる。

 何だこの女、まだやろうってのか……そう思っていると。


「でも、ギルドマスター!こいつは私の魔石を盗んだんですよ、魔術師じゃなく泥棒です、盗賊です!」

「まだ言うかこいつは、この魔石だろ?」

「そう、それよ!」


 テーブル越しに身を乗り出して来るキャロルに向けて、エイジは取り出した黒い魔石を、軽く放り投げる。


「え、エッ!とと」

「お前のなんだろ?返してやるから少し落ち着け、僕はもう痺れたくない」


 横目でラザロを見れば指先にさっきの青い光が小さく蛇の様に、展開されているのが見えた、それがエイジでは無くキャロルだけを狙っているのはなんとなくわかるが、女の子にあの威力をもう一度食らわせるのは忍びない。


「どういうつもりよ」

「どういうつもりも何もそれは『落し物』だ、あんたが乱入してこなければあのままヨッタさんに預けるつもりだったよ」

「落し物……」

「そう言えば、昨日の昼間ギルドに入る時にぶつかったのはあんただな?それもその時に拾ったんだが、その時に落としたんだろ?」

「昨日、ぶつかった?……あっ」


 返された魔石を握りしめながら、昨日のことを思い出したようだ、今日は昨日の帽子こそ被っていないが、その紫のローブと黒い髪、間違いなく彼女だろう。


「どうやら話が見えてきたようだな、キャロル?」

「ギ、ギルドマスター……これはぁ~その~、えへへ」


 ラザロは肩を竦める、どうせそんな事だろうと思っていた、とでもいう様に、その謝罪の念が込められた視線にエイジは薄く笑って返す。

 結局エイジはとばっちりと巻き込まれただけだが、それについて陰湿に攻める程性格の悪い人間ではない、無事平穏に解決しそうならそれでいいのだ。


「エイジ君、例の報酬に少しばかり上乗せしておくから、どうかこれで済ませてはくれんかね?」

「それは、ありがたいことです、上乗せ分は村に送る方にお願いします」

「キャロルは猛烈に反省するように、それとお前のシルバーランク昇格試験はまた延期とする!」

「そんなッ!これで何度目ですかぁ」

「こっちのセリフだ!」


 これで一先ずは落着といったところか、こんな感じのやり取りがキャロルとラザロの間で幾度となく繰り返されている事は、容易に想像できるが。


 そこからは三人交えての談笑となった。


「魔術師と堂々と名乗れるほどの人間が三人こうして顔を合わせる事は珍しい」

「そうね、それに三人共系統がバラバラ、けどギルドマスターは魔術拳なんとかじゃなかったしら?」

「……それも高位の魔術師となればなお珍しい、どうだね、エイジ君は今まで教会に住んでいたという話だが、他の魔術師とじっくり話したことは無いだろう」

「無視した……」

「そうですね、でも僕は高位なんて言われるほどではないですけど、独学が殆どなので」

「それは学ぶ機会が無かっただけだ、私の見立てではキャロルと潜在能力はそう変わらんと見た、それに二人で互いに構えている姿は中々堂に入っておった、これからもっと伸びるだろうさ」


 ぶすっとしたキャロルがエイジの頭の先から爪の先までじっくりと観察する。


「こんな弱そうな男の子が、ですかぁ?それよりなんで教会の人間が冒険者に登録してるのよ」


 エイジが魔石泥棒ではないと解かってからキャロルの態度は急激に軟化し始めていた、改めて自己紹介と雑談をしただけだが、すでに口調が砕けている。


「それは話すと長くなるから、僕は教会に孤児として住んでいただけで教会に属していたわけじゃないんだよ」

「ふーん、それにしては聖属性の魔術を習得しているじゃない、それってそこそこの司祭じゃないと使えないんじゃないの?」

「そうなのか?そんな話は聞いた事無いけど、父さんは……田舎村の小さな教会を切り盛りしていたから、無頓着だったのかも」

「まぁ、そう言う事もあるのかもね」


 エイジの言葉にラザロは何か引っかかったらしいが、エイジは気付かない、教会が威信の為に秘匿を続けている聖魔術、それを住み込みの孤児に学ばせる神父がいるのだろうか、という疑問だ。


(冒険者の暗黙の了解として、互いに詮索しない、したくないが心情だが少し気になるな、この少年、エイジが何か問題を起こすような人物には思えないが……まぁ彼がブレンドを去るまでに何か分かればいいし、分からなくてもそれはそれでよいか)


「キャロル」

「?なんでしょうギルドマスター」

「罰としてお前にもう一つだけ、仕事を与えよう……これを遂行すればランクアップの件、速めてやってもよい」

「え、本当ですか!?やります!」

「…………内容聞かなくていいの?」

「では、キャロルよ、お前にはエイジ君がブレンドに滞在する間、彼の受けるクエストの同行してあげなさい」


 ラザロは一つ咳うってから放った言葉に、その場が一瞬凍り付いた。


「はぁ!?嫌ですよ、なんで僕がそんな!」

「え、君が嫌がるの…?あたしだって嫌ですよ!それって新人の教育ってことですよね!あたしに出来るわけないでしょう!?」


 二人同時に立ち上がって抗議の声を上げる姿を見て、ラザロは心底楽しそうにしている気がするのは気のせいであってほしい。


「エイジ君、そのキャロルは現在ブレンド支部にいる少ない魔術師のなかでもトップクラスの実力者だ、ランクこそブラックだがシルバーを持っていてもおかしくはない、王国内でも数少ない一流の魔術師と言ってもよい、ただ……協調性が欠落しているだけだ」

「いや、最期だけでかなり致命的な気がするんですが」

「キャロルよ、お前には今まで何度もパーティを組んで他人との連携を学べと言っただろうが、何も弟子を持てと言っている訳では無い、他属性の魔術師でしかも同年代のエイジ君の教育などいい機会じゃ、それが出来なきゃシルバーランクはまた暫くお預けだ」

「パーティ……他人と、しかも男の子と……パーティ!?無理無理むーーーりぃぃぃいい!」


「わっはっはっはっは、励めよ若者よ、はっはっは!」



 強面を歪ませながら豪快に笑うラザロを見て、二人大きな、そして似たような溜息が自然と零れてしまう、行き先は……不安だ。







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