第29話

「あんた!その魔石どこで手に入れたのよ!」

「ど、どこって」

「言わなくても分かってるわ、そのひょろい身形、あんたシーフでしょう!このあたしから物を盗むなんていい腕、いい度胸してるじゃない!」

「ちょっと待て、落ち着……」

「それでヨッタちゃんを口説いてるのね!なんて小悪党……信じられないわ、燃やし尽くしてあげるからそこでジッとしてなさい!」

「ちょっとなんだこの女!頭イカレてんのか!?」


 エイジより頭一つ分低い背丈ながらも、その詰め寄り方は正しく暴力を生業とする人種のソレだった、そして何処から取り出したのか先端に鉄球の様な物が付いた身の丈程の杖をエイジの鼻先に突きつけている、その鉄球には今にも爆発しそうなほどの薄紫の魔力光が煌々と光を放っている。


「キャ、キャロルさん?まずは落ち着きましょう、ね?私は何もされていませんから!」

「ヨッタちゃん、安心しなさい!確実に逃げられないようにこいつから半径十メートルは焦土と化してあげるから!」

「それだと私も燃え尽きちゃうんですけど、お願いですから止めてください!」

「ならば小手調べよ!食らいなさい『紫炎弾』!」


 ヨッタさんの悲痛な叫びに杖の先端に集まっていた薄紫の魔力光が圧縮され小さくなっていく、そして紫ローブの、キャロルと呼ばれた女の子は華麗なステップで三歩引いてから、あろうことか建物内で魔術を起動させた。


「はぁッ!?ちょっこいつマジか!」

「エイジさん!逃げてください!」


 既にカウンターの向こう側へ全力で避難をしているヨッタ、エイジの目の前では杖に集めた魔力が塊となり炎の様に揺らめいて発射された。


「『光盾』ッッ!!!」


 ボォオオオンッ!


 純白の光と薄紫の炎が衝突した。

 突如展開されたガラスの様に半透明で発光する盾に阻まれた、紫炎の砲弾は四方八方へその被害を撒き散らし、中心部にいたエイジは煙で視界を遮られる。

 魔術がぶつかり合った真下の床やカウンターの一部に大きく穴が空き、何枚もの書類が紫の火に焼かれながら辺りを舞っていた。

 当然周囲で順番待ちやクエストを選んでいた冒険者、食事をとり楽しく談笑していた彼らも何事かと騒ぎ、煙が晴れるのを固唾を飲んで見守る。


「風よ」


 エイジが簡易的な風の魔術を使い、視界を一気に晴らす。

 横半身で若干腰を落とし、左手を前方に突き出しながら右手は腰部分に隠しているエイジと、その対面では同じく半身で杖を両手で構えているキャロルという名前らしい女の子、近距離で盾に阻まれた炎は彼女にも被害を及ぼしたはずなのだが、そのローブの効力なのだろうか、自ら生み出した紫の炎は彼女の衣服や髪に一つの焦げ跡も付けていない。


(今の炎……紫色、間違いなく闇属性が複合されている)


 エイジはエルドリングとの対決を思い出す、やはり闇属性は破壊しか生まない、使い手だってどいつもこいつもイカレた人間ばかりだ、本当に……本当にコイツラハ。

 エイジの腰、マジックバック内から何かがエイジに囁きかけた、そんな気がした。

 エイジの内側でどす黒い怒気が急速に膨れ上がる、それを感じて正面に立つ彼女のも急激にその警戒を強める。


(なに?この男の子……私の紫炎を防いだって言うの!?なにか光の様な……光か聖属性の魔術師!なんでこんなところに居るのか知らないけど、この感じ、まともな人間じゃないのは確かなようね)


 エイジの右手がそっと、目の前の女の子に見えないようにマジックバック内に忍び込んだ。

 キャロルの構える杖に先程とは桁違いの魔力が収束されていく。


 周囲ではいよいよヤバいと感じたのかギルド内にいた人間が次々と、蜘蛛の子を散らすように出口に向かって駆けていくか、テーブル等を盾にして身を隠している。


 紫のローブがふわりと揺れた、それが合図となった………その瞬間。



「私闘は禁止であるッッッッッ!!!!!」



 またもや突如建物内に響き渡る大音量の怒号に、それを聞いた全員の挙動が一瞬だけ止まった。

 そしてエイジがその初動を認識することなく、何かがエイジとキャロルの頭上から降り注いだ。いや、落ちてきたといった方が正しいだろうか、エイジが認識できたのは青い光の奔流、そして一拍遅れてようやく身体が認識した痺れるような痛み、そうしてもう一泊置いてから鼓膜を震わせる轟音。


「うぐあああッ!」

「きゃあああああああ!」


 目の前の女の子キャロルにもエイジと同じ物が落ちてきたらしい、光が収まった後に彼女はどさりと崩れ落ちた、黒剣のおかげであらゆる痛みに慣れてきたと思っていたエイジも一瞬意識が途切れるほどの威力だった。


 それから数秒置いて轟音とそれに伴う空気の震えがようやく収まってきた頃。


「全く何事かと思えば、またお前かキャロル」


 ギルドの二階席、手摺の向こうから此方を見下ろしている人物は、エイジが昨日話をしたばかりの人物、ブレンド支部副ギルドマスター、どうやら食事中だったらしいラザロその人だった。

 全く呆れたという面持ちで階段を降りてくるラザロ、エイジは彼が魔術師であるという話を思い出した、一体どんな魔術を使ったというのか、恐ろしく速く、とんでもない威力だが人に向けて撃ったという事でこれでも手加減されていたのだろう、それに指先や足が痺れて動けなくなるという追加の効果、流石は副ギルドマスターと言うべきか。


「そして、今度は誰と揉めておったんだ………んん?」


 ラザロが時折身体を痙攣させながら、指先の様子を確かめているエイジの顔を覗き込んだ。


「こんに、ちは……ラザロ、副…ギル、マスター」

「エイジ、君……かね?」

「えぇ、どう…やら今日、は……ついてない、らし……です」


 意地と気力で立っていたエイジだったが、遂に膝から崩れ落ちた、冷たい床の心地よさを頬に感じる。


「い、医療班んんんーーー!ヨッタ君すぐに奥の部屋を開けてきたまえ、エイジ君しっかりすんじゃぁあ!何を見ておる皆も手伝え、昨日ギルドに登録したばかりの少年に雷落としたとなっては冒険者の品位が疑われるぞ!」


 大丈夫ですよーと言いたかったが、どうやら舌の先も痺れてきた、どうも身体を動かすのも億劫なので、駆け寄ってくるヨッタさんと、騒ぎを聞きつけ駆けつけたトレジャーバイツの三人から介抱を受けながら、大慌てのラザロの様子を眺めていた。



 ※※※



「本当に、済まなかった」


 所変わってここは昨日も通されたラザロの応接室、昨日と同じ席に座っているエイジの前では、机に両手をついてラザロが深々と頭を下げている、あのあと何やら透き通る青い色の液体が入った瓶を口の中に突っ込まれ、無理やり飲まされたり、トーラとダンにやたら凄いね凄いねと褒められたりしながら、四肢の痺れが収まってきたのは一時間ほど経ってからだった。


「いえいえ、いいんですよ副ギルドマスター……どっちかと言うと僕も悪い」

「そんな事は無い、私ももっとよく確認してから撃つべきだった、キャロルが他の冒険者と揉めるのはよくある事でな……申し訳なかった」

「キャロル、あの紫色の……なんなんです?あの子」

「ギルドの組員だ、彼女も冒険者だよ、それもエイジ君や私と同じで魔術を使う」

「まぁそれは、さっき見ましたけど」

「優秀なのだが、何というか他人と組むのが苦手な子でな、基本的に一人で依頼をこなしている、魔術師にしては珍しいタイプなのだ」


 可愛いと美しいが良い具合にバランス取れている女の子だったが、そうか……残念なタイプの人だったか、闇属性なんて使うくらいだし、あまりかかわらない方がいいな、とエイジは結論付けた。


「…………いきなり魔術を撃ってきましたよあの子」

「ヨッタからも話を聞いた、あれは全面的にキャロルが悪いという事で結論付いたから安心してくれ、ギルドの修理費は全額あの子に請求しよう」

「あぁ、そうですね……受付壊してしまいました、ごめんなさい」

「エイジ君が謝らないでくれ、それにしても」


 ラザロの眼がスッと細められる、何だろうかとエイジが緊張していると。


「あのキャロルの魔術を防いだそうではないか、昨日は謙遜していたが、やはり腕が立つ魔術師のようだな君は」

「………そんな事は無いですよ」

「それに私の割と強めに撃った『ショック・ボルト』でも気絶せなんだ、見た目に反して中々タフな身体をしておる、いやその年で大したものだ、戦闘経験はないと言っていたが、これならばブロンズからのスタートでもよかったかもしれんな」

「いえ、さっきの青い光の魔術……初めて見ました、何の反応も、出来なかったです」


 ラザロからの謝罪の嵐が終わったと思ったらヨイショの応酬だ、それにラザロは気分を良くしたのか豪快に笑い始める、強面と頬の傷の怖さが増す特徴的な笑顔だったが。


 コン、コンッ


 扉がノックされる音が聞こえた。




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