第26話
必要事項は伝え終わった、あとはプレートが完成するまで少し時間がかかるのでギルド内の設備や雰囲気を感じてみてはどうかと、お姉さんからの提案があったので、その通りギルド内を少しうろついてみる事にする。
内装としては石の内壁と木製の床と天井、入り口のドアの正面に先ほどまで対応してくれていた受付カウンターがあり、辺りには何組かのテーブルと椅子が配置されている。
どうやら軽い食事もとれる設備があるようで、革製の装備を身に着けた男やパーティを組んでいる冒険者なのだろうか四人組があれこれ話しながら食事をしている様だ、左側の一角には大きな本棚が二つ、沢山の本が収められており、その近くには大きな文字で『汚すな』『持ち出し禁止』とかかれたポスターが張り付けてある。
そしてカウンターの左右には奥に続くドアと二階へ上る階段があり、二階でも同じように食事の出来るスペースがあるらしい。
エイジはぐるりと周囲を見て回った後、一番気になっていたクエストの張り出されているボード前に立っていた。
「はぁ~……色々あるんだなぁ」
東の森でビッグヘッドボアの討伐。
北の草原で満月草の採取。
沼地で毒属性魔石の採取。
依頼書には大まかな説明と報酬、そしてクエストを受注するために必要なランクが書かれており、エイジが見ているボードは低ランクでも受注可能な依頼が張り出されている。
その隣のボードには最低でもブラックランクから受注できるクエスト、そのまた隣にはエイジの聞いた事の無いような貴重品の納品クエストやB級やA級といった普通では到底太刀打ちできない様なモンスターの討伐クエストが張り出されている高ランクのボードがある。
「空の死神グリフォンの番の討伐……ジルゴレア鉱石の採取、シスチミリル廃坑の大規模水質汚染の解決、どれもすごい報酬だけど、高ランクの人たちってどんな化け物なんだろう……ん?」
エイジは高ランクとなればどんなクエストがあるのだろうかと興味本位で依頼書を流し読みしていたのだが、その中で一つ気になるクエストを発見した。
元はブラックランク以上の冒険者向けの依頼だったらしいが横線が引かれシルバーランク以上からの受注に書き変わっている、内容は盗賊団の動向調査だ。
【蜉蝣の団の目撃情報】
受注可能:シルバーランク以上
報酬:情報、功績によって支部に応相談
・エルドレッド王国諜報部から速報、蜉蝣の団の一隊が東部へ隠密の行動を開始したとの情報アリ、至急警戒されたし。
・追加情報、偶然にも目撃したシーフからの情報によればその規模中隊以上、各ギルド支部はその動向目的の捜索に当たるべし、周辺の小規模街、商隊、地方村へ警戒の旨を通達。
・中隊主要構成員、及びその目的に対し何らかの情報を求む、その精度により報酬。
・エルドレッド王国、加えて中立商業都市メンゼリカに軍隊派遣の依頼通達済み。
「これはッ!」
その依頼書を読み終えた後、エイジは思わず張り付けてあったそれを無造作に剥がし、再度受付のお姉さんの元へ向かった。
※※※
「なるほど、話は分かりました」
先程とは打って変わって、憤怒といった形相でカウンターに乗り出すエイジに対し、お姉さんは驚いた様子だったが、話を聞くうちに彼女も神妙な面持ちになる。
このクエストは本来ならばシルバーランク以上の冒険者、それもシーフとして隠密行動に特化した人間が受けるべき依頼なのだが、すでに蜉蝣の団の被害があり、地方村が一つ壊滅している事、そしてその当事者、生き残りからの情報となれば話は別だ。
「じゃぁッ!」
「この依頼はブレンド以外にも王国東部全域で注視されている内容です、エイジさんの話に偽りがあるという訳ではありませんが、その精度を判定する事は私にはできません」
「………まだあいつらの生き残りがいる、その姿を確認したわけではないけど、火を熾した形跡は確認している」
「かしこまりました、全て余すことなく上の方に伝えてまいります、ですから少し落ち着いて、そうですね……貴女、エイジさんに何か飲み物を、では少々お待ちください」
そう言われ自分でも気づかないうちに息が荒いでいる事を実感する、お姉さんの営業スマイルではない、どこか安心させられる笑顔で、落ち着いたエイジはコーヒーの様な物を淹れてくれたお姉さんに礼を言って、剥がした際に少し破れてしまった依頼書に再度目を通す。
そして内容を二巡読み終えたところで、エイジに向かって声が掛けられた。
「彼かね?」
「そうです、わたくしはその情報の精度を信じますが、副ギルドマスターから直接お聞きくださった方が速く確実かと」
カウンター横のドアから出てきた強面の男、中年らしく白髪の濃くなってきた髪と無精ひげ、服の上からでも分かる筋骨隆々な体つき、そして左頬の大きな古い傷跡と上半分が欠損している耳が特徴的な男は、副ギルドマスターと呼ばれていた。
「やぁ、初めまして、私はこのブレンド支部のギルドマスター補佐をしているラザロ・マストロという、君がエイジ君だね」
褐色美人のお姉さんは上の者に伝えると言っていたが、エイジが思っていたよりもずっと上の人が来てくれたようだ、あまりの大物の登場にエイジは言葉を失う。
「どうしたのかね」
「あっ、はいッ、エイジと申します……初めましてラザロ、様」
「様などと、よしてくれ少年、私はそんなに畏まられるほどの人物では無いよ、ヨッタから話は聞かせてもらった、その依頼書の件だが」
「はいッ、えっと……僕はルゥシカ村の教会に住んでいまして……」
「長くなる、奥へ来なさい……ヨッタ、菓子を持ってきておくれ」
「かしこまりました」
そして案内された部屋はカルレヴァ村の村長ムルクルの書斎を思い出させる、一定以上の地位にいる人間の書斎というのは似てくるのだろうか、ムルクルと違うところはこの部屋の方が物に溢れ数十枚の書類が床にまで散乱している所だろうか。
「どうぞエイジさん、お座りください……菓子も好きに食べてくださいね」
「ありがとうございます、えっと……ヨッタさん」
美人の受付お姉さんこと、ヨッタさんはエイジにもう一度優しく微笑みかけてから退室した、部屋の中央の長机、それを挟むようにして置かれている椅子の一つに腰を下ろしたエイジの目の前には、来客用なのだろうか籠一杯の菓子が置かれている。
「緊張しなくていいエイジ君、楽にしたまえ」
そういってラザロも対面の椅子に、よっこいせと親父臭い事を言いながら座る、そして菓子の一つに手を伸ばし食べ始めたが、エイジもそれに手を付けられるほどの余裕はない。
考えてみれば、先ほどは思わず感情的になってしまったが、ルゥシカ村での一件は蜉蝣の団が内輪揉めを起こして自滅した、そういう事で広まっていくはずなのだ、エイジが黒剣を使い壊滅させたなどと云う事実は出来る限り隠蔽したい。
「さて、まずは歓迎の挨拶からにしようか、ヨッタからも聞いていると思うが君の様な魔術師が冒険者としての道を選んでくれることは非常に稀なんだ、それも教会が独占しようとしている聖属性の魔術を扱えるとなれば更に貴重、と……そういった面は一先ず置いておいて君個人を歓迎させえてもらうよ、ようこそ冒険者ギルドへ」
「いえ、こちらこそ……ありがとうございます、ですが過度な期待はしないでほしいです、本当に簡単な魔術しか使えないですし、聖属性が貴重でも使いこなしているとはとても言えないので」
「何を言う、まだ子供と言ってもいい位の歳だ、これから伸ばしていけばいい、成長するための機会はギルドメンバー全員に等しく与えている、精進したまえ」
ここでラザロが一旦話を区切った、ここからはボロを出さないように細心注意を払わなければいけない。
「さて、ではちと早いが本題に入らせてもらおうか、このクエストの事だ」
「はい」
「蜉蝣の団がブレンドの北東部、ルゥシカ村だったかな、そこを滅ぼしたという情報だったが」
「その通りです、僕はそのルゥシカ村の教会で孤児として生活していました、聖魔術は神父アレッサンドル……父さんから教わったものです」
「ふむ、そうか……やはり本当だったのか」
「やはり、とは」
「四日前の事だ、商業ギルドの方からそういった話が上がってきているのだ、村の一つが壊滅している、原因は不明、とな……馬車を使う分商業ギルドの情報の伝達は早い、しかし商人個人からの情報だと正確性に欠ける、こちらからも現在ブラックランクの情報収集に長けた者が早馬を走らせている最中なのだ、エイジ君とは入れ違いになったらしい」
「では、僕の情報は必要ないのでしょうか」
「いや、当事者からの話はぜひとも聞いておきたい、それに今まで村が壊滅した事と蜉蝣の団目撃情報が一致していると、確定できる情報は無かった、辛い事を思い出させるだろうがよろしく頼む」
「では……」
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