第24話

「短い間だが楽しかったぞ」

「こっちこそ、ありがとう……御達者で」


 ブレンドの街が見えてからは川沿いを真っ直ぐ進み、街の東側に大きな検問がありそこで順番待ちをするらしい。

 近付いてくる程に大きく見える壁を間の抜けた顔で見上げていたエイジだったが、近くで同じく順番待ちしていた若い男の子がエイジと似たように見上げている姿をみて、それが田舎者特有の行動だと気付いてからは横目でチラチラと窺うに留めている。


 しかし長い時間待つことも無く、街に初回で入る際の手続きもボッツが慣れたものなのか衛士の人も特にエイジの身分を尋ねる事は無く、まるで金さえ貰えるなら十分だという様にスムーズに事は進んでいった。


 ボッツとはブレンドの東側で一際大きな建物、看板を見るにどうやら商業ギルドらしい建物の前で分かれる事となった、その倉庫の広さと建物の大きさに度肝を抜かれているエイジをみてボッツは笑っていた。

 最後に固い握手と感謝の言葉を交わす、ボッツと出会えたことはエイジにとってこの上ない幸運だったといえよう、馬を茅場に連れて行くボッツの後ろ姿に向かってエイジは最後に深く頭を下げた。



 ※※※



「さて、まずは教えてもらった宿に向かうべきなんだけど」


 エイジはブレンドの街の東側大通りを歩いている、ボッツから教えてもらった宿を探しているのだが、しかし田舎から出てきたばかりのエイジには周囲にあるもの全てが目新しく、ルゥシカ村では見たことも無い果物、滅多に出回らない野菜、村では高級品とされていたキノコが格安で売られている。


「なんだろうあれ、カラクリ?よく分からないけど凄そう……なんだあのお姉さん、殆ど裸じゃないか、あッ、あれは冒険者かな……いや、もしかしてあの鎧、騎士様なのかな!」


 若さゆえの好奇心はもはや抑えきれず、スリにだけは警戒しながらマジックバックの周辺に小規模の光盾の魔術を起動待機させておく、結局のところ真っ直ぐ向かえば十分とかからない距離を歩くのに数時間を要してしまった。


 そして宿屋、名前は『安らぎの止まり木』という、ボッツからもここは初心者の冒険者にも優しく料金とサービス共に駆け出しにはもってこいのお勧めだと聞いていた、特に宿についてのこだわりも無いエイジは、酒場兼受付となっている場所に向かう。

 昼間という事で客も少なく、店のカウンターには体格が良くにこやかな笑顔が好印象の女将さんが帳簿でもつけているのだろうか、何やら書き物をしている。

 そこで簡単な手続きを済ませ、とりあえず三日分の料金を前払いで払っておく、希望するなら別料金で弁当と桶一杯の湯を売ってくれるそうなので覚えておくことにした。


 そして簡素な物だが鍵を受け取り、札の番号と同じ部屋へ。


「ふぅ……」


 部屋内は古い印象があるものの奇麗に片付いており、備え付けのベッドと机椅子、そして壁には窓が一つあるだけで教会のエイジの部屋に比べれば狭く感じるが、一人で使う分には十分な部屋だ。


 ベッドに腰を掛けてみればどうやら自分で思っていた以上に疲れがあったらしく、一斉に倦怠感が襲い来るが、こんな日が高いうちに休むわけにはいかないし、まだやるべきことは沢山残っている。

 筋肉の張った腿を揉み解しながら、エイジはベルトに通してあったマジックバックを外した。


「あの大男、ガプって言ったか?あいつが使ってた物なのが気に入らないが、せっかくのミシランさんの厚意だし、貴重な物には変わりない、使えるものは使わせてもらうとして」


 エイジはマジックバックの中に手を突っ込み、そして引き抜いた手には大振りなナイフが握られていた、それを床を傷付けないように置く、そして次に出てきたものは麻縄の束。


「ボッツさんに会う前にも結構いらない物は捨ててきたんだけど、あの大男……こんな便利な物をゴミ箱代わりに使ってたんじゃないだろうな」


 空間魔術について詳しく知っている訳では無いエイジだが、この何日かの間に色々と実験的な事を繰り返した結果、このマジックバックの使い方が解ってきた。

 例えば魔力を通さないでこのカバンに手を入れた場合、その容量は実際の大きさのままなのだ、エイジが使う分には魔術師故、日常的に身体から極微量に漏れている魔力で自然と起動されるのだが一切魔力を持たない、もしくはその微量な魔力以下しか魔力を保有していない人間にとってはただのカバンに過ぎない、拡張された空間に繋がらないのだ。

 ミシランは魔術を扱う程ではないにしろ少しばかり魔力を持っている人間だったようだ。


「裏を返せば、魔力を使い切った状態では、使えるかは怪しいって事だ」


 ナイフや縄以外にも様々な物が並べられていく、何かの動物の皮だったり、何やら重みのある石に汚らしい布、生物を収納することは出来ない様なので、顔を突っ込んだり出来ず中身がどうなっているのかは分からないが、マジックバックを大きく揺らしても中も物が壊れたり傷ついたりすることは無いようなので、空間ごと固定されており内容物の重量だったり大きさだったりで、その容量がどんどん埋められていくのだろうと、エイジは予想している。


「旅に使えるものはある程度頂戴するとして、あの大男の身元がばれそうなものはさっさと処分るべきだろうな、このナイフも切れ味は良さそうだけど……作成者の印が入っている、盗賊だし多分盗品なんだとは思うけど勿体ないな、でもありがたいのは四万六千ゴルドも入ってた事かな、冒険者としてどれくらい稼げるかなんてわからないから」


 ガプがエルドリングの支援魔術を受けてバックから取り出した予備の大斧、それと同じ物がまだ二振りも入っていたのは驚いた。

 それとも戦う上で予備の武装をこんな数揃えるのは普通なのだろうか、主に魔術師であるエイジにはよくわからないが、ブレンドを出たら簡単には発見されないところに捨てるべきだろう。


「こうやって何が入っているのか自分で認識しておけば、後で取り出すときに少しは楽になるだろ、大体は把握できたし、まだ日が高いうちに冒険者ギルドに行かなくちゃ」


 ベッドや床に散乱したゴミや日用品などをマジックバックに全部突っ込んで、エイジは再び街へと繰り出した。



 カウンターで食器を磨いている女将さんに軽く挨拶をして、冒険者ギルドの場所を教えてもらった。


「君は冒険者だったのかい?それなら最初に行ってくれれば幾らか安くなってたんだよ」

「いや、今から冒険者に登録しに行くつもりなんですけど」

「あぁ、そういう事かい、だったら今晩はここで食事にしな、差額くらいはご馳走してあげるよ」

「それは……ありがたいです、じゃ、いってきます」

「気を付けるんだよ」


『安らぎの止まり木』はブレンドの街を大まかに四方の区画に分ける大通り沿いにある、エイジとボッツが入った東門からその大通りを真っ直ぐに進んで、エイジが彼方此方に目を奪われた中央広場を南側に少し進んだ場所、冒険者ギルドは中央広場から北に進む大通り沿いにあるらしい、女将さん曰く看板と旗が目に付くので直ぐに分かるらしい。


 エイジはまた中央広場に数多く立ち並ぶ路商に、身体が吸い寄せられそうになるが何とか踏みとどまって件の建物を探す、そして言われた通り直ぐに見つかった。


「ここか……」


 冒険者ギルド、外観は周辺の建物の外壁と同じく何色かのレンガで覆われており、そしてギルドの掲げる『自由』を象徴する二対の翼を模したその紋章が、正面の大きなウォールナットのドアの上に刻まれており、同じ紋様が描かれた旗が風に靡いている。


「なんだか緊張するなぁ……こんな所でももたついてるのも目立つし、よし」


 少しの時間ギルドを見上げて悩んでいたエイジだったが、意を決してドアを押そうと手を伸ばした瞬間。


 ドンッ


「えっ、きゃッ」

「お、っと……ごめん、大丈夫?」


 同じタイミングでドアを内側から開け、何やら急いでいる様子で出てきた女の子とぶつかってしまった、薄い紫色の帽子とローブ、身長の差から顔は見えなかったがこの地方では珍しい黒色の髪がチラと見えた。


「いえ、あたしこそ……ごめんなさい」


 その声から若い、エイジと同い年位の女の子なのだろうと予想できたが、その子は一度小さく頭を下げた後、エイジと目も合わせずに速足で去ってしまった。


「ふーむ…………ん?」


 エイジの顔が少しだけ険しくなってしまったのは、今の女の子の態度が気に入らなかったからではなく、統一された帽子とローブの色があのエルドリングの魔術を連想させたからだ、そして出足を止められてしまったが今度こそギルド内に入ろうとした時だ。

 何かがエイジの足に当たった、それは黒いガラス玉の様な物で指先程度の物だが、今の女の子が落としたものだろうか。


「おい、にいちゃん、何しゃがみ込んでんだよ」

「あ、いや……何でもないです」

「ん~?まぁ入るなら入りなよ、ほれ」


 続いて出るところだったのだろう、レザージャケットを着こんだ強面の男性がエイジを見て、先に入りなよと道を開けてくれている、黒いガラス玉は咄嗟にポケットへ入れ、エイジは再度謝ってから冒険者ギルド内へ、やっと足を踏み入れたのだった。







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