第23話
エルドレッド王国といえば、グランシャウール大陸に数ある国の中でも軍事的に発達した国家であることは、誰もが知っている事である。
大陸の北側ヴォレアース地方中心からかなり南の位置に存在しており、南側ヌトゥス地方の大国ダバーサと常に戦争状態にある、そんな物騒な話はド田舎に住んでいたエイジの耳にまで聞こえてくるが、冒険者や行商の人から話を聞く限りとても戦時中とは思えない程、経済や雇用が安定しており、とても豊かな国家であるらしい。
そしてエイジが最初の目的地にしたのがそのエルドレッド王国の地方領であるブレンドという街だ。
エイジの故郷であるルゥシカ村もエルドレッドの領地であることには変わりないのだが、辺境故領主もめったに顔を出さない、領地として確立される前から存在する村長をそのまま継続させ、村民に負担の無い程度の税を徴収し、後は基本ほったらかし。
そんなルゥシカ村やカルレヴァ村と違ってブレンドには領主が常駐しており、南方や東方の小さな国よりはよほど発展した大きな街として機能しているらしいのだ。
スラスルトが冒険者として登録している場所もブレンド支部だし、村に来る商隊も基本このブレンドを経由してくる。
エイジが当ても無く旅に出ると決めた時にも最初に目的地としており、大山脈を目指すと進路を決めてからも、やはりブレンドは経由するべきだと早々に判断した。
ルゥシカ村の村長宅で書き写した大陸の地図を広げてみても、ルゥシカ村のあったヴォレアース地方東部から南西にカルレヴァ村、そこから南南西の位置にブレンドの街が存在している、偶然だが西に向かっていることに変わりはないのだ。
初日は日が高くなる前に出発したのだが、カルレヴァ村からブレンドまでは少なく見積もっても七日は掛かるであろう道程、その間にも幾つか村はあるのだが、ここは特に用事も無し直接向かう事にしたのだ。
出立してから四日が経過した今、エイジはとある荷馬車に乗り込みガタガタと揺られながら、同じ方向に流れていく雲を眺めていた。
そして御者台からエイジに向けて陽気な声が投げかけられる。
「するってぇと兄さんは冒険者になるために村を出てきたって事かい!?」
「実際には結構違うんだが、まぁ概ねそれであってるよ爺さん」
「今どきの若いもんにしちゃぁ珍しいなぁおい、ロマンを求めて大冒険なんて時代じゃないだろうに、エルドレッドに産まれたんなら適当な村で適当に嫁さん探して畑でも耕してれば十分食っていける、そうだってのに物好きなお人だねぇ」
「その話、昨日の晩もしなかったっけか?」
「んん~?そうだったかの、まぁええじゃないか、ほっほっほっほ!」
「…………まったく」
このご老人は昨日舗装された道を一人で歩いていたエイジを抜き去る際に話しかけてきた物好きな行商人、名前をボッツという。
最初は「若者さん何かご入用の物はないかね」などと商売を持ちかけてきて、固い保存の効くパンと羊の干し肉を、道中という事で割高で購入し、そこでボッツは先に進んでいったのだが、日が暮れてからも少しでも距離を稼ぎたいと歩き続けていたエイジがボッツの野営に追いついてしまった。
そこで、また会ったのも何かの縁、目的地も同じブレンドという事で乗っていきなさいと、ありがたい提案を出された、馬車内を見てもボッツのなりを見ても本当にただの行商人にしか見えなかったし、たとえ上手く装った盗人の類だったとしても、攻撃用の魔術を起動待機させて警戒していれば問題ないだろう。
「ボッツさんは、ずっと一人で行商を?」
「ん、昔は商隊を組んでいたこともあったが、最近はめっぽう一人だの、いつもは目的地が一緒の冒険者かを捕まえて護衛代わりにしてるんじゃが、今回は急ぎでの、間に合わなかったんじゃ」
「ここら辺じゃ強盗や山賊の類もいないから……って?」
「そう、年と共に行商人は安全な場所を選ぶんじゃ」
「僕も、僕のいるこの世界は平和で安全だって、どこかで思っていたのかもしれないな……」
「昨日から偶にそんな悲しい顔をするの、兄さんは……えっと何て名前じゃったか」
「人の顔色覚えてるんなら、僕の名前くらい覚えていてくれ……エイジですよ」
そうじゃったと陽気に笑うボッツ、老人にしては大きな声で布を一枚隔てているにもかかわらずその声はエイジまでちゃんと届いているし、エイジの声もちゃんと聴こえているらしい。
荷馬車の中を見渡しても品物が積み込まれていても尚、エイジが今腰を掛け背を預けているこのスペースは最初から空いていた。
ちょうど一人分、恐らく長い間ボッツはこの場所に何人もの人を乗せて同じように他愛のない会話をし続けてきたのだろうか。
「それにしても兄さんを乗せられたのはこっちにとっても僥倖だったの、魔術師と会話したのなんて久しぶりじゃが、これで護衛代が浮いたわいの」
「本当調子の良い爺さんだ……僕は別に構わないけど」
「最近はなんでも凶悪な盗賊の一団が近くで目撃されたとか、されてないとか」
「…………ふーん」
「このボッツ、今まで盗賊に襲われたことは一度や二度ではないがの、ブレンドの兵士たちがやたら脅かして来るんで少し不安だったりしてのう」
「そんな危険だってわかってたんなら時期をずらせばいいのに……見た所革製の服や保存食、その他の雑貨を扱ってるみたいだけど」
「なぁに、月に一度必ずやってきた仕事じゃ、立ち寄った村に手紙を届ける仕事も請け負っていてな、こればっかりは欠かしたことがないんじゃ」
その言葉を聞いて雲の数を数えていた視線を、前方に布越しで見えないがボッツの背中があるであろう場所に向ける、そして荷馬車内の隅に引っ掛けてある古びたカバンの中には、今聞いたように何通かの手紙が入っているのだろうか。
「そうかい、なら安心しなよ、街につくまでの安全は……僕が保証してあげるよ」
「ほっほ、それは、ありがたいの」
それ以降会話が途切れた、エイジは昨晩見張りのため起きていたからか、いつの間にか寝てしまってようだ、すでに荷馬車は止まっておりボッツが外で火と焚き始めているところだった、ようやく話し相手が起きてきたとでもいう様なボッツの陽気な笑い声に、エイジは老人の長い話くらいは聞いてやるかと、諦めの溜息を一つ付いた。
※※※
カルレヴァ村を出発して五日目、やはり馬車というか動物の力というのは偉大という事なのか、当初の予定よりも二日ほど早くブレンドの街並みが見えてくる所まで到着した。
「ここが、ブレンドの街……でっかいなぁ」
「ほっほっほ、まぁ地方領地としてはかなり大きい方じゃがの、このくらいで驚いていてはエルドレッド王都なんぞ見た時にひっくり返ってしまうぞ」
「田舎者には想像できないな……伝説の王国ってのはこれより何倍も大きのかな」
「伝説の?なんじゃそれは」
「気にしなくていいよ、こっちの話さ」
ブレンドの街はまだ数キロは離れているというのに、大きな城門前で沢山の人間が出入りしているのが確認できる、エイジが壁画で見た都市の様に大きな王城こそないものの、一目で目立つのは弧の字型に広く展開されている長く高い石壁、おそらくその中心は南側を向いておりダバーサとの戦争で有事の際は城塞としても活用されるのだろう事が伺える。
そして街の中心には大きな謎の建造物が。
「爺さん、あの真ん中の建物は何?」
「ん、ありゃぁ水門だな、ブレンドの中心を割る様に川が流れているのは見えるか?その水量や方向を用途に合わせて細かく調整したりするのがあの水門なんじゃの」
「村でも粉引き屋が川の近くにあった、それと同じような物か」
「粉に限らず、じゃな、水はあらゆる工場に必須な物じゃから、興味があるなら見て回るといいぞ」
「それもいいけどまずは冒険者ギルドだな、目的を忘れちゃいけない」
「それもそうだの、ほっほっほ……そういえば忘れておったがエイジよ、ブレンドは領地だからの、入る時に高くはないが金が必要なんじゃが」
「え、そうなのか、まぁ少しなら持ってるけど」
「冒険者のギルドプレートがあればその料金も必要ないんだがの、だったら最初は払い必要があるのう、まぁここまでの護衛の分と昨日のレッサバードの分、合わせて1500ゴルド、わしが持とう」
「それはありがたいんだが、いいのかい、古着も一着貰ってるし、護衛って言っても何も出なかったじゃないか、1500ゴルド位なら大丈夫なんだけど」
「なに、こんな年寄りの話し相手になってくれただけでもありがたい、それに護衛ってのは問題がなきゃそれでいいのさ、冒険者になっても護衛の依頼はあるだろうからの、そんなもんじゃよ」
そういうとボッツはこの二日間で見飽きた陽気な笑顔を向けてくる。
ボッツは話し相手というが、荷台を貸してくれただけではなく、護衛依頼の予行練習までさせてくれたという事なのだろうか、この老人はどこまでお人好しなのだろう、その性格のせいで大きな損をすることもあるだろうに、それともエイジがよほど良人に見えたのだろうか、そんな事は無いと思うのだが。
「そういう事なら、頂戴しようかな」
「ほっほっほ、ならばあと少しだがしっかり護衛してもらわんとの」
そうしてエイジは最初の街、ブレンドに到着したのだった。
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