第22話

 それからルゥシカ村は日が落ちても燃え続けた。

 エイジも含めた全員で火が森の木々にまで延焼しないように注意しながら、煌々と雲一つない夜空を焦がす炎を見続け何時間たったのだろうか。

 ようやく炎が消え始めたのはもう日付も変わろうかという夜中、途中から誰かが言い出したのか炎の被害が来ない場所で野営しようという事となり、ルゥシカ村が収穫祭後ということもあり荷馬車にふんだんに詰め込まれていた食料を惜しげも無く料理して、ちょっとした祭りのような騒ぎになった。

 お酒がはいったこととで涙腺と感情の堰が緩んだ一人が子供の様に泣きじゃくる、それは瞬く間に周囲に広がっていき、皆が悲しみと後悔と、いろんな気持ちが爆発したように泣く。

 エイジはメリルとミシラン、それとスラスルトという名のシーフの少年と一つの焚火を囲んでその声に耳を傾ける。


「うぅ……ぐすッ、村……無くなっちゃったんだね」

「そうね、これで、全部燃えてしまったわ」


 メリルが小さく鼻をすすりながら燃え続ける村を見て呟いた、それに答えたミシランの眼にも薄っすらとだが涙が溜まっているのが、焚火に照らされて見える。


「二人共、気にしないでもっと泣いてもいいんですよ」

「そんなこと言ってエイジだって泣いてないじゃない!」

「僕はさっき十分泣いたからいい、それに悲しむのはもう十分だから」

「故郷が無くなってしまうなんて、俺には想像できないけどさ、そう簡単に吹っ切れるものでもないだろう、エイジ君だって無理しているのさ」

「スルト、余計な事は言わなくていいんだよ、男の子ってのはこれでいいのさ」

「強がっちゃって、まぁ」


 その後は何事も無く夜も更けてゆき、ルゥシカ村の火が消えたのは空が薄く明るくなってきた頃、そう広くはない村とはいえ思っていた以上に鎮火まで時間がかかった。

 夜中に予想された蜉蝣の団の残党の襲撃も無く、鉱山の付近で見たという明かりも確認できず、偵察に出たスラスルトの、周囲に自分たち以外の人間がいる痕跡がないとの言葉も合わせ、奴らは既に撤退しているのだろうという結論を下した。

 そして明け方までスラスルトと見張り番という名目で多くの話をした、それは冒険者ギルドについてやスラスルトの行った事があるという町や村、初心者向けの迷宮についてやそこで組んだパーティの話、それと危険なモンスター達について、最初はメリルも一緒に聞いていたのだが、途中から船をこぎ始めついにはエイジの膝の上を枕に完全に眠ってしまっている。


「だいぶ火も落ち着いてきたのかな」

「そうだな、俺は皆が起き始めたらもう一度様子を見てくるが、エイジ君はどうする?」

「一緒に行くよ、流石はシーフだ、危機回避や警戒の仕方なんかはとても真似できそうにないけど少しでも学ばせてくれ」

「俺だって魔術や弓の扱いは勝てる気がしない、これから冒険者に登録するんだよね?そういった戦闘面以外でも大切な事があるって知ってくれたんなら、シーフ冥利に尽きるってもんだよ、最近は剣士や魔術師で固めたパーティも多くてね、ただ凶悪なモンスターを討伐できればいいって考えが増えてるんだ」

「そうなんだ、まぁ精進するさ」


 ルゥシカ村の家屋は鉱山と森が多い地というだけあって殆どが石作りか木で出来た家となっている、スラスルトと遠目から確認するだけでも村は無残にも廃墟同然と化しており、木製の屋根や柱は燃え炭となり、石の壁も大体が倒壊している。

 そして至る所に打ち捨てられていた村人も、供養というには余りにも大雑把なものだが、これでこの地が伝染病の危険に晒される事は無いだろう。


「行こう、火の魔術もこれなら必要ないだろう」

「うん、そうだね………」


 やがて陽が顔を出し皆が起き始めた、スラスルトと一緒にもう殆ど鎮火している事を報告すれば、早々に出立の運びとなった。

 何時までも悔恨の念に囚われているわけにはいかない、カルレヴァ村の人たちがもう一日くらいならば大丈夫だぞという事を言ってはくれたが、ルゥシカ村の生き残りは皆がもう大丈夫だという、昨晩、火と涙と共に溜まった澱の様な物まで流れてしまったのだろうか、多くの人間が村の焼け跡に背を向け歩く勇気を持っている、そんな目をしている。



 ※※※



 帰りの道程も実に穏やかな物だった。

 どうやら神様もこれ以上彼らに余計なちょっかいを入れるようなことも無いようで、カルレヴァ村まで二日で到着した。

 そしてエイジが旅経つのはその翌日の事だ。


「そうかい、本当に行くんだね……」

「ナッシールさん、それに皆さん、何て言ったらいいのか」

「あたしたちなら大丈夫だよ、仕事もあるしこうやって仲間もいる、モレロットや皆と助け合えばまた……そうまた平和な日々だって」

「えぇ、そうです、きっと……皆で力を合わせれば大丈夫だなんて無責任な事は言えませんけど、ナッシールさん達ならきっと……ありがとうございました」

「何言ってんだい、礼を言うのはこっちの方さ、エイジ君はどういう経緯があろうと私達を助けてくれた、救ってくれたことに間違いはないんだから、ほらルシーカ達も」


 早い時間だがナッシールが住み込みで働く宿まで足を運んだエイジ、順に世話になった人達へ挨拶に回ろうと思っていたのだ。

 ナッシールは変わらず気の良い返事を返してくれる、彼女も黒剣の狂気にとり憑かれていたエイジの姿を見ている筈なのだが、未だに少し距離のある女性達も彼女に中てられたのか、エイジの出立を悲しみながらも優しく抱きしめて送り出してくれる。


「いってらっしゃい、何時でも帰ってきて構わないんだからね、あたし達でも、お帰りくらいは言ってあげられるんだからさ」


 次に向かったのはミシランの場所、友人の家で世話になっているとの話だが、どうにか上手くやっている様子だ、友人の仕事を手伝いながら少しづつでも金を貯めていくそうだ。


「そう、もう行っちゃうのね」

「ミシランさん、お世話になりました」

「私の方がいっぱい世話になったわよ、エイジ君は隠す気でいるみたいだけど、私を助けてくれたのは間違いなく君よ、それに私達だけじゃカルレヴァまで辿り着けたかも怪しい、昨日までの事だって……」

「そんな事、あの剣を使ってから……メリルと一緒に看病を申し出てくれたのはミシランさんだって聞きました、このマジックバックだって、本当にありがとうございます」


 そこでミシランは一旦話を区切って、頭を下げるエイジに近付いてそっと、優しく抱きしめてくれた。


「皆同じことを言うかもしれないけど、君がいなければ私達はどんな酷い目にあっていたか想像したくも無いわ、君は命の恩人よ……だからずっと、君の味方でいるから、何時でも帰ってらっしゃいね」

「…………はい、また必ず」


 それからルック君やクラーラ、ルゥシカ村から避難してきた人たちの元へ順に回っていく、本当は全員に顔を出すつもりはなかったのだが、不思議と皆で同じ場に固まている事が多かったため、結局殆どの人に別れを告げる事が出来た。


「そうか、もう行くのか……何も支援もしてやれんが、これから何かと入用になるだろう、少ないが持っていきなさい」


 最後にメリルの元へ向かったエイジだが、ムルクル村長が商業ギルドに顔を出しているという事で寄ってみた。

 ついでと言ってはなんだが、これから皆が世話になる以上挨拶もしなければなるまい、ギルド本館横の倉庫、そこから少し離れたあたりでムルクルの疲れた顔と向かい合っている。

 あれから少し経ったがエイジの両腕の紋様が気になる様子で、そちらに視線が泳いでいるのが分かる。


「いえ、お気持ちだけで結構です、これからそれが本当に必要なのはここに残っている人たちだ、富ませてほしいとは言いません、幾許かで構わないですから…………どうかよろしくお願いします」

「あぁ、分かっている……それとは別にしてこれは俺からの謝罪の気持ちとして受け取ってもらえんか、目が眩んでいたとはいえこの羞恥は簡単には消えそうにないのでな」

「………では、そう言う事でしたら遠慮なく」


 ムルクルはどうやら本当にこれから黒剣について関わる事はしない、そういう気持ちでこの金を渡してきたのだろう、ならば一つのけじめとして受け取らないわけにはいかない、どのような金とはいえあって困るような事は無い。


「エイジー!……あ、村長様」

「元気な娘さんが来なすった、邪魔者は退散しましょうか」

「ありがとうございます、息子さんにもよろしく」

「良い旅路を」


 商業ギルド倉庫で品数の確認作業を行っていたらしいメリルは、エイジに気付いた途端に上司と思われる人物に一言入れて、速足で駆けよってきた。


「お話し中だったの?」

「大丈夫さ、何でもない話……頑張ってるみたいだね」

「うん、向こうでもやってた事だから、何とかうまくやっていけそうだよ」

「そっか、良かった、それで昨日も言ったと思うけど」

「分かってる。今日行くんだよね、遅かったから何も言わずに行っちゃったのかと思ったけど、ぐすッ……うぅ」

「ほらこんな所で泣くなよ、僕が泣かしたみたいじゃないか」

「そうよ、エイジが泣かしたのよ、責任取りなさいよぉ」

「まったく、昔っからメリルは変わらないな……いつまで経っても泣き虫のままだ」

「なによぉ……うぅ、エイジは昔から意地悪のままよ」

「…………メリル」


 次第に感情共に溢れてくる涙が増えてくる、そんなメリルをエイジはそっと抱き寄せた、ここに来るまでに何回か抱きしめられることはあったが、最後にエイジが抱きしめる側になろうとは。


「えいじぃ、戻ってくるよね、きっとまた会えるのよね」

「当たり前だ、必ず……必ず戻ってくるから」


 どれ程時間がかかるか分からない、だからエイジも何時迄になんて不確かな事は言わないしメリルも聞きたくて仕方がない癖にぐっと我慢している、本当は探し物なんて最初っから存在しない幻の様な物でその現実を突きつけられて早々に帰ってくるかもしれないけど、それでも。


「また会おう、僕は必ず戻ってくるから……だから」




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