第21話

 数日前に一度歩いた道を、今度は三倍ほどの人数で荷馬車も三台連れての進行となる。

 二つはカルレヴァ村の所有物でもう一つは長年、近くの町や都との間を行商していた商隊が同伴してくれるそうだ。

 馬車の助けもあり、こういった野営に慣れている人間もいるという事で行きとは比べ物にならない程スムーズに事が進んでいる。

 そんな道程をメリルとミシランと並びながら、空を見上げこれからの天候に気を使いながらも話しながら歩いている。


「エイジ君、本当に付いてきて良かったの?」

「えぇ、昨日でこれからの方針は大体決まりましたので」

「私達に任せてくれてもよかったのに」

「僕の今やるべき事は、今やらなければならない事では無かったので……それに教会を、僕らの家をもう一度だけ見ておきたかった」

「エイジ……」

「大丈夫だよメリル、僕はもう大丈夫だから……だから僕と父さんの家は、僕が燃やしてあげないとね」


 それからは一度通り雨に晒される事もあったが、概ね問題なくルゥシカ村に到着したのは二日後だった。


「改めて酷いな、周囲に何か見える?」

「無いと思うよ、人の気配がない……蜉蝣の団も撤退したのかな」

「かもしれない、だけど警戒は怠らないようにしよう、何か見つけたら上空に何らかの魔術を放って知らせる、僕は少し離れますから」

「分かった、誰かつけようか?」

「大丈夫、一人で行ってくるよ」


 道中で何回か話す機会があった少し年上の男の人と仲良くなった、なんでも冒険者ギルドでシーフとして登録もしているらしく、偶に街に出かけては探索等の依頼を受けているそうだ、道中では主に彼と交代で夜間の警戒をしていた。


「エイジ、本当に一人で行くの?」

「うん、本当は何か物資の探索を手伝ってからにしようと思ったけど、この状況じゃ手を付けずに焼き払ってしまうのが一番だからね、下手に手を出したら伝染病の危険だってある、僕を待たないで焼き始めちゃっていいから、そう伝えておいてくれる?」

「分かったけど、気を付けてね」

「ありがと、メリルも気を付けて」


 そんな簡単なやり取りの後、エイジは村を囲む木々や比較的被害の少なさそうな場所を経由して教会の目の前に立っている。

 物心ついた時からこれほど長い間、と言っても十日程だが留守にした事は無かったと思う、そしてもう帰ることも無い。

 聖堂の入り口は少しだけ空いていた、扉に少し傷が付いていることから奴らが乱暴に扱ったのであろう事が伺える、扉押してみれば中から冷たい空気がエイジの足元を撫でた、まるで入り口から向こう側が隔離された別空間となっている様な錯覚を覚えたが、気のせいだろう。


「こんなに荒らしやがって」


 入り口の周辺はあの時押し入っていた盗賊共が好き勝手してくれたのだろう、奇麗に並べられていた筈の長椅子の幾つかが無残にも破壊されその木片を散らばらせている。

 それを跨いで進めば聖堂の中心辺りに夥しい量の血の跡がある、そしてそれは奥へ、創世の女神像の真下で座り込むようにしてピクリとも動かないその人物まで続いていた。

 背を持たれながら四肢を投げ出すようにしてアレッサンドルが、女神像の背後からステンドグラスを透過した色とりどりの光に照らされている、それはまるで祝福を受けた聖人のようで。


「父さん…………」


 アレッサンドルの亡骸は死後の経過時間にしては殆ど腐敗も無い、このほぼ密閉された聖堂という空間が良い状態を保っていたのだろう、それとも信心深い彼に対する女神さまからの祝福が、こうして別れの機会を与えてくださったのか。


「ありがとう」


 それは自然と出た言葉、エイジの心を温かくしてくれるアレッサンドルとの思い出が津波のように押し寄せては引いていく、それ以上の言葉が思いつかない、楽しかった日々も悲しかった事も怒られたことも、全て心の糧にする、そう改めて誓った。


「それと……ごめん」


 守れなかった事、逃げ出した事、そして折角助けてもらったこの命を、危険に晒す旅に出る、そんな決心をしてしまった事を謝った、そしてこんな自分にアレッサンドルは何て言葉を返してくれるだろうかを考えてみた、そのアレッサンドルは何時も通りの仏頂面で笑っていた。



 ※※※



「おーーい!気持ちはわかるが荷物になるようなものは置いていけ、大体の技術書や記録資料は積み込んだな!」

「持ってきた油だけじゃ村の全部は燃やせないかもしれないぞ、火属性魔術のスクロールを後払いで売ってやるから上手い事使ってくれ!」

「その家は前後が既に燃えてるから延焼しづらいぞ、それよりもあの家に火をくべるんだ」


「ねぇ、見て……教会が」

「あぁ、エイジ君ね、あの子の姿は見える?一緒に燃えてない?」

「……うん、大丈夫みたい、少し離れた所にいるのが見える」


 少しでも長く思い出に浸りたい気持ちはあったエイジだが、それがきりの無いものだと解かっていた、聖堂を後にしてから住居スペースへと向かった、内部は滅茶苦茶に荒らされていたが、エイジの部屋にあった荷物類は無事だった、ベッドの下に隠していたのだがどうやら発見されずに済んだらしい。

 それを一式全部マジックバック内に突っ込んでから、部屋の中心の床に手を付け、触媒となる木炭とほんの少しの火薬を手の周りに撒いて、魔術を一つ発動させる、火属性の魔術は得意ではないのだが、それなりの準備と集中さえ出来れば簡単な物ならば使えない事は無い。

 それからちょっとやそっとの事では消えない火種を教会のあちこちに放ち、エイジは外から火の手がどんどん広がっていくのを眺めていた。


「あーぁ……でもこれで後戻りは出来ない。父さん、僕は行くよ……想定してた物とはかなり違ってしまったけど、探すものは何も変わらないけど、やっぱり辛い事も沢山あるんだろうな」


 空には雲の切れ間から若干の青空が覗いている、そんな青空と対極の赤々とした炎が天まで焦がそうとしている、立ち昇る煙が雲に紛れる。


「そして最後は父さんにお帰りって、言って欲しかった」


 炎が森にまで広がらないことを確認したエイジは、ここに続いて村のあちこちでも火の手が上がっているのを見た、歩きなれた森の中を進みながら煙に煽られない道を選びかなりの大回りで皆がいる場所に合流した。


 あらかじめ隣接した森に引火しそうな家屋は倒壊させておき薪にされ、村全体をくまなく燃やす様に計算された炎は、吹きすさぶそよ風に煽られながらその赤い手を高く高く伸ばし、生き残ったルゥシカ村の皆も手伝いに来たカルレヴァ村の皆も、その様子を何も言わず、不思議と涙を流すことも無くただ、その様子を見上げていた。






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