第20話
兜の頂点から股裂きされた鎧が派手な音を立てて崩れた。
既に黒剣はマジックバックに収納してあるが、一端とはいえあの闇という闇を凝縮した怨みと呪い声に何の魔術抵抗も無しに接触したムルクルは、それはもう怯え震え、ひとまず落ち着くまで暫くの時間を要した。
「落ち着かれましたか?」
「………あぁ、何というか、済まなかった」
「あの剣は、伝説にあるような力ではないと思いますよ、まるで別物です」
「あぁ」
「たまたま伝説の王様の息子が剣を持って訪れたなんてありふれた言い伝えがある地に、たまたま封印されていたそれっぽい呪われた剣があった、そういう事にしておきましょうよ」
ムルクルは伏せていた顔を少しだけあげエイジを一瞬だけ見た。
「エイジ君は、言ったね、行きたい場所があるって……その王国に」
「それを詳しく話そうとするとまた同じことの繰り返しになってしまいますから省略しますけど、『壁画に描かれた場所』それを探してみます」
「壁画……その場所は、まぁ見当はついているんだね」
「それが今日此処に来て一番の収穫です、と言っても具体的な場所はさっぱりなんでしょうけど、それもこれから探します」
もしかしたらこの村のように普通には伝わらない伝承のような物があるかもしれない、いやむしろそれを探すべきなのだろう。
情報が集まりやすい場所、近いうちに大きな町に向かって何かしらのギルドに所属するべきなのかもしれない。
「あぁ、脅かす訳では無いのですが、もし僕の居場所を探すような方が訪ねてきたら、『伝説の王国を探す旅に出た』とか言って下さい」
「それは、構わんが……いいのか?」
「いいんです、勘の良い相手ならそれで察するでしょうし、面倒ごとを押し付けてしまって申し訳ありませんね」
「いいんだ、改めて私こそ済まなかった、君こそあんな物に触れて……大丈夫なのか」
エイジはその質問にあえて答えない、またほんの数秒握っただけで両腕の痣の下を針の様に鋭い物が泳ぎ回っている、そんな痛みに晒されているのだ。
「これは決してエイジ君を危険な場所へ誘導しようとかそういう意図はないのだが」
「……?」
「かつて聖魔大戦の主戦場となった場所は、大陸を二分する山脈の近くらしいという話は聞いたことがあるだろう」
「えぇ、まぁそれくらいは」
「歴史上その『王都』の捜索は幾度となく行われてきた、しかしその山脈の何処にも……此方側にも彼方側にも、そんな物が存在した形跡は欠片も発見できなかったという」
エイジはルゥシカ村の村長宅で見た世界地図を思い浮かべた、ここから遥かに西の方向に長く長く聳え立つ、グランシャウール大陸の北から南へほぼ直進で分けるその大山脈。
マジックバック内の黒剣が、脈打つ心臓の様に一度鼓動したような気がした。
「行ってみる価値はあるかも知れない」
「不確かな情報だ、今でもその周辺は最前線、多数の強大な魔族が徒党を組んで侵略を開始しようとその力を溜めている、そんな話は五万とあるが……そうでなくとも強力なモンスターが生息する場所、危険な場所だ」
「いえ、ありがとうございます、どの道いつかは西の方角を目指した、そんな気がします」
もう完全に冷えてしまった紅茶を一気に流し込み、エイジは立ち上がった。
『西』だ、只管西を目指して進もう、その大山脈もいつかは見てみたいと思っていたものの一つだ、この村からなら西に進みさえすれば山脈の何処かには必ずぶつかるだろう。
勿論そんな簡単な事ではないだろう、たとえ直進に進んだとしても数か月、もしかしたら数年の時間を要する道程となる、このグランシャウール大陸はそれほどまでに広大だ。
「ムルクルさん、重ねてありがとう……脅すみたいな形になっちゃいましたけど僕の話を聞いてくれたこと、それから村の皆の事、どうかよろしくお願いします」
返事を待たず退室しようとするエイジに、ムルクルはもう一つだけと呼び止める。
「その剣を実際に見た後ではただのいい訳になってしまうのだが、私も前任の長から聞いた伝説をあそこまで信じたのには理由があるのだ」
「理由?」
「この村の出身で何かと贔屓にしている冒険者のパーティがいるのだが、何か月か前に聞いた話なんだ……なんでも王の力のその一つが遂に発見されたという」
エイジは黙って聞いていた、しかし視線だけは鋭くムルクルを捉え、早くその続きを言えと促している。
「王都の捜索と同じ様に、いままでもそんな与太話は幾らでもあった、それこそ星の数だ、それぞれが伝説に沿った武器を扱う冒険者パーティなどざらにある、しかしその『神器』を手に入れたというその人物は、まったくの無名冒険者からわずか数か月で最高位のクラスまで上がり、今では先の話にも出た最前線でとんでもない強さで戦っていると、そんな話」
「その人物の名前は」
「そこまでは分からない、大きな町の冒険者ギルドにでも行けば誰かしら知っている事だとは思うが、なんでもその人は自らを『勇者』と名乗っているらしい」
「…………勇者」
※※※
ムルクル村長宅を後にして数時間、エイジは数日だけ宛がわれた部屋のベットに横たわり、染みの多い木の天井をボーッと眺めている。
ようやく両腕の激痛は鳴りを潜め、やっと眠れるかと言ったところだが、エイジは聞いたばかりの話を何度も反芻し、まだ何も分からないという結論を繰り返している。
「ん、なんだもうみんな起き出したのか」
ここはナッシールが世話になっているという宿屋の一室だが、部屋の外では二人ほどの人間が歩いているような気配がする、ふと窓の外に目を向ければ段々を空が明るくなっていくようだ、エイジが思っていたよりも時間は経過していたらしい。
コン、コン
部屋のドアが控えめにノックされた、こんな時間に?と思ったが警戒の為魔弾の魔術を起動待機させ、どうぞと返事をすれば、ドアがそっと開かれるそこに居たのはメリルだった。
「ごめんねこんな早くに、起きてたの?」
「あぁ、眠れなくってね……どうしたんだい」
「私と一緒に来たのよ、メリルちゃんが会いたいんだって言うから」
「ミシランさんも、まだ日も昇ってませんよ」
「もうすぐで太陽様も顔を出すわよ、さっそくだけど、これから出発するわ」
「出発って、あぁ……」
ルゥシカ村に行くという話は今日だった、エイジは色々と考える事が多くすっかり失念してしまった。
「でね、エイジは私達が戻ってくるまでいるのかなって、なんか最近考え込んでるみたいだったから聞けなくって、えっと……教会にも行ってくるけど、何か持ってくる物とかあったらって」
「…………」
「大人数だからね、今年最後の商隊が来て事情を話したら幾らかの食糧とかを工面してくれたのよ、村内では腰を落ち着けられないだろうから、ある程度探索したら全部燃やしてしまおうって事になったわ」
そんな話を聞いて思い浮かべたのは、アレッサンドルが聖堂で女神像に祈り素捧げている姿だった、父さんはいまでも聖堂にいるのだろう、何故だろうかその姿を……誰かに見せたくなかった。
「メリル、ミシランさん」
「なぁに?」
「僕も行きます」
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