第19話

 王様が死んだ後は国も無くなって子供達も散り散りに。

 その意味をエイジは熟考する、ムルクルもそれを一区切りにして自身の淹れた紅茶を味わっている、彼も何か考えを纏めているのだろう。


「その話をルゥシカ村の村長も知っていた、そうですね?」

「そうだ、この話はルゥシカとカルレヴァ、それからドルートにも伝わっている筈だが、もしかしたらどこかの世代で失われていることもあるかも知れん、ドルートの奴とはもう30年以上は会っていないからな」


 ならばエルドリング達が僕らの村の村長を拷問する等の事態に陥らなくて幸運だったのだろう、村長は真っ先に殺されてしまったという話だが、あの外道共にあんな力が渡らなくてよかった、長い間世話になった村長の冥福を改めて祈る。


「四人の子供達は、何処へ行ったのですか」

「それを聞いてくるという事は大体想像がついているのだろう?」

「知る人から言葉にして頂きたいのです」

「それよりも先に、エイジ君の話を聞かせてくれないか、先ずあの剣は何処で手に入れたのだ、あれは伝説にある様な王の力の一つなのか?」


 ここでエイジは言葉に詰まる、ムルクルの出した条件は真実を聞かせる代わりに黒剣の入手先と詳細、それを話したうえで自分へ譲るというものだった。

 現在あの黒剣はとある場所に隠してある、どうしても人の口に戸は立てられぬという事で誰が蜉蝣の団を切り伏せたあの剣の話を聞くとも限らない、故に今は簡単には見つからない場所へ隠しているという訳だ。


(まだ全部の話を聞いてはいないし、僕がその先を想像できるくらいに情報を小出しにするという事はもっと詳細な事柄を知っているという事なのだろうか、僕が今優先するべきことはあの剣についてもっと知るという事だと思う、あの力は危険だ……)


「あの剣があった場所は、詳しくは言いません、洞窟の中の長い階段を下りて先の部屋の素もまた先に、壁画の後ろの隠し扉の奥に………多分封印されていたのだと思います」

「封印、そんなものが施されていたのか」

「やはり、四人の子供の内の一人、剣を受け付いた長男が王国が滅んだあとにこの地を訪れていた、そう言う事なんですね」


 聖魔大戦の伝説を持ち出され、彼の持つ剣という言葉を聞いた時にはもしかしてと思っていたが、ムルクルは何も答えないでも恐らくそう言う事なのだろう。


「大昔の、伝説の王様の力の一つ、それが本当ならとんでもない宝という事ですね、蜉蝣の団……エルドリングが探していた太古から伝わる何か、それこそが」

「そうだ!過去に何度も捜索がされたという話は聞いているが、何の手掛かりも見つからなかった!私もただの伝説…………今までそう思っていたが実在していたんだよ、至高の遺物が!」


 ここでムルクルがもう我慢できないといった風に声を荒げる、持っていたカップが割れそうなるくらいに強く叩きつけ立ち上がる、此処まで話せばもう十分だろうといった具合にエイジを見下ろして興奮を露わにする。


「エイジ君、剣を渡すんだ……それは子供が玩具の様に扱うには過ぎた代物だ、話を聞けばわかるだろう!蜉蝣の団の連中が何処からかこの伝承を聞きつけたのかは知らないが、奴らを全員倒した子供がいるらしいなどと言う噂が既に広まっている、もし他の団員たちの耳にまでその噂が届いたら……他にも今の伝承を聞いたことがある連中がこの話を聞いたりしたら、君はずっと狙われ続ける事になるんだぞ、悪い事は言わない……大人に任せなさい、君たちの暮らしは保証する」


 捲し立てられながらもエイジはムルクルをまるで冷めたような瞳で見返している、こんな日が沈んでからの時間を指定された時点でもしかしたらという予想は付いていたし、そんな事ならいちいち言われなくても警戒はしている。


「折角ですが、お断りします」

「何だって……?」


「申し訳ありませんがあの剣を手放す気はありません」


「なぜだァッッッッ!!!お前はあの剣がどれ程の価値があるのか分かって言っているのか!?歴史的価値からみても個人が所有する等あってはならない事だろう!ふざけていないでさっさと渡すんだ!」


 激高したムルクルがテーブル越しにエイジへ掴みかかる、まさに鬼の形相と言った風だがエイジは気圧されることなく淡白な視線でその血走った眼を見据える。


「僕には一つ、夢がある……それを叶えるのにあの剣は必要なんです」

「夢だとぅ!?剣の力を使って世界征服でもするつもりか!それとも『彼』のように王様にでもなりたいのかァ!」

「どうして行きたい場所があるんだ、ずっと見続けていたその景色……今の話で漸く見当がついたんだ、その剣が封印されていた壁画、あの城はその王国の事だったんだ!」


 記録も残らない程の大昔に滅んだ王国、何年もの間ずっとあこがれ続けていたあの景色は多分、いや恐らくそうなのだろう人類が最も栄光に輝いていた時代の唯一といっていいかもしれない記録なのだ。


「そんな事は知らねぇ!ガキが舐めやがって、大人しく譲ってくれりゃぁ痛い目に合わないで済んだのに、剣をどこに置いてきた!」

「あの剣は、きっと手掛かりになる!そんな予感があるんだ、まるであの剣が教えてくれるみたいに!誰が渡すもんかよ!」


 捕まれていたムルクルの手を、一瞬だけ光盾を発動させて振りほどく、ムルクルが怯んだ隙に逃げ出すことも出来たが、村長である身分の彼の要求を蹴ってしまった以上、同じ生き延びたルゥシカ村の人たちが迫害される可能性があった。

 それを思えばここは穏便に済ませたい、そしてベストな選択はムルクルに黒剣を諦めてもらう他ない。


「こいつッ、やりやがったな!」


 室内で対峙しながらエイジはスッと片手を後腰にやり、何かを探るような動作を見せる、エイジが魔術を使える事を知らなかったのか子供だと思ってろくに警戒していなかったのか、思いがけない反撃を受けたムルクルはその動作に一歩引き警戒、エイジが手を入れて探っているのはベルトに取り付けられるタイプの小さなカバン。


「ムルクルさん、貴方は一つ勘違いをしている」

「何い!?」

「あの黒剣がどれ程価値があるのか、まるで素晴らしい宝物の様にあの剣の事を言っていますが、あれはそんなに良い物ではないです」

「何を言ってるんだ……あ?」

「まず落ち着いてください、今実物をお見せします」


 エイジは小さなカバンの中に手首まで突っ込み、棒状の物を握った、そしてそれをゆっくりと引き抜く、その瞬間そう広くない室内の空気が段々と変わっていく。


「そ、っそれが……」


 このカバンは所謂マジックアイテムの一種だ、その効果は有名で外見から見て取れる内容量よりもはるかに大容量の物を収納できる。

 その内部が空間魔術によって拡張されており、その容量は術式を施した魔術師の腕前によってまちまちだが、ナッシールが蜉蝣の団百人隊長ガプの死体からもぎ取ってきたこのカバンは中々の一品の様で、正確に測った訳では無いが恐らく教会にあったエイジの部屋位の大きさはあるのではないだろうか、剣の一本や二本程度なら軽く収納できる。


「そうこれがムルクルさんの言う『伝説の剣』とやらですよ、よく見てください」


 ゆっくりと見せつける様に引き抜いた剣を弧の字を描くように、その切っ先をムルクルの目の前に突きつける。


「黒い、なんだこの剣は……そんな物が本当に?」


 握る手を通してエイジの中の何かが漆黒の刀身に吸い上げられていく感覚、そして想定通りお返しとばかりに両腕に刻まれた黒い痣の様な紋様が激痛を与える。


「グ、ムルクル……さん、貴方が何を思っているのか知らないが、もう一度言います、これは貴方の言う様な素晴らしい力でも何でもない……一度振ってみれば解る、これは『呪い』だ、どうしようもなく悍ましく栄光の輝きなんて欠片も無い、そんな『呪い』なんですよ」

「そんな、そんな力が……」


 漆黒の刀身よりエイジから吸い取った魔力を燃やし、赤黒いオーラが立ち昇る、それはそっと赤子の頬を撫でる母親の指先よりも優しく、ムルクルの頬に触れた、その瞬間彼を襲ったのは背筋が凍り全身の産毛が総立ちする程の悪寒、寒気。


「ぅぁ、やめ……止めてくれ、もう……わかったから」


 エイジはムルクルに突きつけた切っ先をゆっくりと離す、そして目にも止まらぬ速さで一閃、しかしエイジからしたら軽く振るっただけのその斬撃は、部屋の隅に飾られていた鎧一式を縦に真っ二つに切り裂いた。


「うわぁッッ!やめて、止めてくれぇ!本当にもうわかったからぁッ!」





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