第16話
旅に出る。
何度も自分の部屋とあの祭壇で口に出した言葉だったが、こうやって誰かに向かって確固たる気持ちを乗せて言葉にすると、不思議と力が沸いてくる。
その言葉を聞いた後、メリルは何も言わなかった、ただ悲しそうに瞳に涙を浮かべ、エイジの顔をじっと見つめていただけだ。
「こういった食事はしたことないからね、新鮮でおいしいじゃないか」
「メリルは包丁捌きには自信があるんだよ、な?」
メリルが捌いたレッサバードは血抜きのみでは落とせない独特の野性味あふれる味になったが、保存食等を消費せずに腹を満たせたと考えれば安い物だ。
食後は各自自由に過ごした、と言ってもエイジは木陰を陣取り殆ど周囲の警戒に努めていたのだが、本格的に日が沈み始めたころにナッシールから皆に夜間の周囲警戒の話があった、二人での交代制にしようとの事で話がまとまったが、半数が身体的精神的に憔悴しているかまだ子供だ、主にナッシールとエイジ、ミシランが表立っての警戒となるだろう。
そして夜も更けてきた頃、ルックとメリルの子供ペアと交代したエイジとミシラン、火種を消さない程度の薪を投げ込みながら魔力を練りつつ両腕、主に効き手である右腕をせめて日常動作位は問題ない程度まで回復させねばと瞑想のまねごとをしている、周囲の警戒と同時なので効率はぐんと下がるのだが。
焚火を挟んで小さく座っているミシランと二人でこの寒い夜にポツポツと、これからの事を話し合っていた。
「そっか、エイジ君は旅に出ちゃうのか」
「近々出ていく予定はあったんです。ミシランさんは、これからどうするんです?」
「私は、多分暫くは友人の家でお世話になろうかと思ってる、お父さんもお母さんも死んでしまった、妹は……どうなったんだろう、もっとちゃんと探してあげたかったな」
「…………一人で先に逃げているってことは?」
「無いわね、あの子が逃げたのは村の中心の方、村長の家が一番大きくて丈夫だからって逃がしたけど、考えてみれば真っ先に抑えられているわよね」
「それは、仕方のない事ですよ……あの時に冷静な判断なんて、出来る訳がない」
「いいのよ、今はまだ……こんなところで野宿しているって言うのに実感が沸かないの、あの死体の山だって、今だって……本当は夢なんじゃないかって」
「…………」
「全てがただの悪夢で、次に起きた時には、なんてね」
※※※
一夜が明けた。
日が昇り始めたのと同時に撤収作業を開始、モンスターの一匹も見なければ野犬も、勿論盗賊共の残党も出てこない、最初の道程は驚くほど無事に過ぎていく。
ルシーカともう一人と、夜更けに見張りを後退したエイジだったが村内での昨夜に比べて眠りにつく事が出来たのは集中力が切れてきたのか、壁を隔てていない場所に誰かがいるという安心からか、おかげでまだ少し痺れが残って入るのだが多少無茶な事が出来るくらいには体調も回復している、具体的には数分程度ならまたこの黒剣を振えそうだ。
昨日と同じく皆で荷物等を分けても持ちながらの行進だ、しかしそのうちの何人かはよく眠る事が出来なかったのだろう、もしかしたら一睡も出来ていないのかもしれない、見るからに調子が良くないのが見て取れる。
この日はカルレヴァ村の手前、小さいが森になっている場所の入り口まで進む事が出来た、途中小高い丘になっている場所があり、そこを登っていくか迂回していくかで少しだけもめたが、早く到着する事の方がメリットが大きいという事で話はついた。
「あとは半日ってところだね、この森さえ突っ切ってしまえばカルレヴァは直ぐさね」
「えぇ、森と言ってもちゃんと開拓されて道も商隊が通れるように舗装されてますし、明日の日が暮れるまでには到着できるでしょう」
「で、どう?」
「見て下さい、僕ら以上の人数がここでキャンプを張った形跡があります、炭が濡れていないからここ数日のものです、つまりそれなりの人数がカルレヴァ村に逃げられたのだと思います………それに」
木々のアーチに入るその手前の所に、焚火の跡が三つあるのを発見したのだ、もしかしたら見逃していただけでこれまでもどこかに同じ様な物があったのかもしれない、もしくは一晩位ならと夜通しで歩き続けたのか。
そしてもう一つ、そのキャンプ地跡から少し離れた個所にルゥシカの村民が通ったのだろうと思わせる証拠が。
「こいつも同じ方向に逃げやがったのか、流石に多勢に無勢ってところかな」
「惨いとは思わないわ、当然の結果よ」
ある一本の木の幹に逆さまの状態で、テントを張る際に使われる釘などで四肢を打ち付けられた惨殺死体、滅多打ちにされてその容姿を正確にみる事は叶わないが、村で見た顔ではないと思う。
それに小汚い着物にバンダナを巻いたその恰好は恐らく蜉蝣の団の一味なのだろう、そして死んでもなお痛めつけたのであろうその怨みの深さは此処に居る全員が同じものを胸中に秘めている。
「僕は火の魔術は得意ではないですし、こいつらを弔ってやる気はありません、ナッシールさん、僕らは離れた場所で火を熾しましょう」
「そうね、ほらルシーカちゃん、泣いてないで行くわよ」
「うぅ、ぅうぅ……」
「…………今日は僕が二人分見張りにつきます、他にこいつ等の仲間がいないとも限りませんし、僕は昨日眠れましたので」
もう日も落ち始めている、ナッシールはすすり泣くルシーカの背中を撫でながら、悪いわねと一言、そして各々昨日を同じように寝床を作る作業を始める。
「エイジ……?」
「あぁ、メリル……まだいたのかい」
「うん、何しているの?」
昨日の会話以降生返事しか返してくれなかったメリルだったが、盗賊の逆さ釣り死体の前から動かないエイジを心配したのか、おずおずと声をかけてくれた。
「いや、ちょっと我慢できなくってね」
「え、それって」
エイジが腰に下げている剣の柄に巻かれている布を指で軽くなぞった、そうすると剣にきつく巻かれていた布がふわりと一気に、剣から発せられる不可視の力に除けられる様にして解けた。
「ちょっとエイジ!」
「ふッ…………」
エイジの右手が露になった銀の柄を握ったと思った瞬間、そのうでが一瞬ブレて見えた、それを間近で見ていたメリルにも何が起こったのか理解は出来なかった。
ただゴトッと何か固い物が地に落ちたような音がしたと思いその方向を見てみれば、逆さに釣られていた盗賊の首が赤黒くなった断面を見せている。
「うん……メリル、危ないから離れようか」
抜き身の剣を握るエイジ、何があったのか分からないが、空いている左手で背中を押されながら皆が作業をしている場所へと一緒に歩こうとする、するとバキっと木が割れるような音が背後から聞こえたかと思うと、ずしんと一度地面が揺れた、慌てて振り返ってみれば木が、さっきまで逆さ釣りの死体があった木が倒れているのだ。
「あちゃ~……加減を間違ったかな」
「な、なな……何をやったのよ!」
その音を聞きつけたナッシール達が何事かと駆けつけてくる、そして厳重にぐるぐる巻きにしていた筈の黒剣を握るエイジとその背後で切り倒された木に圧し潰される死体を見て、すぐに察したようだ、そして近くで怒っているメリルの様子を見て危険はないと感じてくれたらしい。
「ごめんなさい、我慢できなくって……」
「気持ちはわかるけど、ビックリするから一言断ってからにしてよね」
「まったくもう!」
そんな事もあったが何とか日が暮れる前に皆で持ち寄ったもので軽い食事をとれる位には落ち着く事が出来た、しかし凄惨な死体をみて、まだ新しい最悪の記憶を起こしてしまったあとでは皆食が進まないのは一緒らしい。
翌日に倒れない程度の粗食を摂り、各々が眠りについた、メリルが一緒にと見張りを申し出たが、大丈夫だと断った、その代わりに近くで寝かせてほしいと可愛い事を言ってくれたのでそれは快く許可を出す。
昨日に比べ幾分か調子が戻ってくれたらしいメリルの寝入った横顔を見ながら、エイジは時間にして数秒、この黒剣を再び握った右手の調子を確かめている。
(痛い、泣きたくなるくらいの激痛なのに、僕の気が確かだったのならこれを握っている間はあまり気にならなかった、確かに痛み自体は握った瞬間から感じていた筈なのに)
まず銀の豪奢な装飾が施された柄部分に隙間なく布を巻いていく、そして慎重に布を斬らぬよう刀身にも布を巻いていこうとした時、ふと、この数時間で大分痺れるような痛みの引いてきた右手で再度軽くその刃に触れてみた。
「ぐッ……ってぇ~」
指先から魔力が吸い取られるのと同時に、まるで触れた個所を太い棘で貫かれた様な痛みが襲い来る、つい声を出してしまったが寝息のみで反応が無いメリルに安心しながら、剣を簀巻きにする作業に戻る。
(やはり魔力を吸ったお返しとばかりに痛みが、明らかに呪いの類だ)
「まずはこの剣について、ちゃんと調べる必要があるかもしれないな」
明日には恐らくカルレヴァ村に到着できるだろう、皆で落ち着けるといいんだが。
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