第17話

「―――着いた、カルレヴァ村だ」


 この日は昨日の様に早朝から出立するのではなく、陽が傾き始めるころには到着できるだろうと目処を立てて、夜の間に火に寄ってきた蛇と恐らく毒の無いだろうと思われるイタチの様な動物を捌いて、焼いただけの野性味あふれる朝食をとってから出発した。


「ここから見た様子だと……普段通りの光景に見えるね、やっぱり蜉蝣の団は此処を経由せずに、直接ルゥシカ村に来たのか」

「待って、誰か手を振ってるわ………こっちに来る」


「おーーー~い!」


 それは細身で頭の禿げあがった初老の男、しかしどこかで見たことがあるような顔だった、目を凝らしていたナッシールがあっと思い出した様にその男の名前を呼んだ。


「ありゃモレロ、モレロットの旦那じゃないか?釘屋の店主だよ」

「言われてみれば確かに」


「お前達――無事だったのかぁ!よかったぁ!」

「モレロ、あんたこそ無事だったのかい、ってことは他にも居るね」

「おぉナッシール!商会のお嬢ちゃんに教会の坊ちゃんも、あぁお前達……よく逃げてきたなぁよっかったぁ!」

「抱きつくんじゃないよ、まったく」

「釘屋のおじさん、苦しいです」

「本当によく、よく生き延びてくれた……あぁこうしちゃおれん!まだ盗賊共がいるかも知れん、早くこっちに来るんじゃ」


 エイジはその様子に思わず頬が緩んでしまう、ナッシールもメリルも迷惑がってはいるが内心は他にも生存者がいたとを喜んでいる筈だ、もっとも今は皆で苦笑いするしかないが。


 そしてカルレヴァ村のとある一軒家、此処とある金持ちの、どこかの貴族の親類という人がルゥシカ村とカルレヴァ村両方に家を持っていたらしく、別荘扱いになっていた家屋らしく、モレロットと他にも先に逃げてきた当ての無い何人かはここを一時的に借りている状況らしい。


「凄い事になってたね」

「当然でしょう、蜉蝣の団って言ったら辺境にも一応その名前が届くくらい大きな盗賊団だもの、その一隊が近くに居るなんて事になったら、防衛の準備は当たり前よ」


 カルレヴァ村にモレロに連れられて入った直後の事だ、ここの自警団と名乗る五人ほどの集団に周辺の状況説明を求められたのだ、どうもモレロ達は二日三日程前に到着したらしく、盗賊団にルゥシカ村が滅ぼされたという話が広まり大混乱となったとの話だ。

 しかしモレロによる『女子供がやっとの思いで逃げのびてきたんだぞ、少しくらい休ませてやったらどうだ』と彼らを説得してくれた、取り急ぎここまでの道中で危険はなかったことを伝え、後から詳細を報告しに行くという話で落ち着いた。


「俺達は第一陣だった、俺の家は鍛冶もやるから村の少し離れた所にある、知ってるだろ?作業場の窓から至る所に火の手が上がっているのが見えてよぉ……俺ぁ…逃げ出しちまったんだ!すまねぇ、すまねぇ!」

「モレロ……あんたは鍛冶道具持って立ち向かったところでどうにもなりはしなかったさ、気にするなとは言えないけどさ、あんた達が生きててよかったよ」

「ナッシールぅ……すまねぇ、ぅうぅ」


 そう大きくない家だがここには五人の人間がいた、モレロを含めて皆運よく逃げられたらしい、中には道中追手に捕まった者もいたそうで、皆一目散に逃げだしてしまった事を悔いている。

 そしてエイジ達もここまでの経緯とどうして助かったかの事情を話した。


「お前たちも……いや俺等なんかより立派だぁ、そうか…村はやっぱり全滅なのか」

「全て調べてから来たわけではありませんが、恐らく」

「でも、でもよ!本当にあいつらの親玉をやっつけたのか!?それに半数位は殺したって、本当なのか」

「本当よ、私達皆が見ていたわ、エイジ君が……やってくれたわ」


 皆の視線がエイジに集まる、教会に住み込んで毎朝鐘を鳴らす、よく狩りに出ていることは皆知っていたが、こんなまだ子供と言ってもいいくらいの年齢、少年があの荒くれ者達をどうにかできたという話はとても信じられないだろう、ナッシールや他の証言を以てしても完全に信じるのは無理だ。


「とても信じられねぇぜ、教会の坊ちゃんは……魔術を使ってるのは見たことあったけどよぉ、そんなに腕が立つのかい」

「えっと、すこし事情がありまして……」

「まぁいいじゃないか、どっちにしろ残党はいるだろうが今すぐにでもカルレヴァ村に盗賊団が来るって話ではなくなったんだから」

「そう、だな!よし、んじゃぁ早速自警団のあいつ等にも伝えてやらなくちゃぁな!」

「あっ、ちょっと待ってください!」


 皆の話から取り敢えずは奴らの頭目はいなくなったこと伝えようと勇み走り出そうとしたモレロをエイジは呼び止めた。


「あの、僕が奴らを殺したって事は、えっと……内密にしていただけないでしょうか」



 ※※※



 そして二日が経った。

 エイジが言ったその言葉に皆は驚き、メリル辺りが強く反発したのだが、自分でも信じられないまるで与太話にしか聞こえない、そんな話を広められるのはかなりの抵抗があった。

 それにガプという名前の大男は蜉蝣の団でもそれなりの地位ある人物なのだろう、そして顧問魔術師というエルドリング、彼らを屠ったなどと言う話が広まってしまうのはエイジとしても嬉しくない、奴らは大きな組織だ、もし与太話を少しでも信じて報復に来られるのは面倒だ。


 結局のところ、蜉蝣の団内でいざこざがあって頭目が死んだらしいという情報が広められた、その時に奴らの半数も死に残りは散っていったらしいが、そのくらいならば防衛準備をしているカルレヴァ村自警団ならば対処できるだろうという事に落ち着いた。

 勿論その話を完全には信じず、徹底防衛の構えを崩さない様子だが、まぁそれが無駄になることも無いだろう、昨日の早速生き残りを装って帰路の買い出しで村に入ろうとした盗賊の一人を吊るしあげたらしい、そいつからもっと詳しい状況が聞けるだろう。


 エイジ達がカルレヴァ村に到着してからもその翌日に十人、その次の日にも何人かの人間がここに逃げ込んできたとのことだ、モレロット等も含めてルゥシカ村の現時点での生存者は四十にも満たないらしい。

 少しだけ話を聞いたが、彼らは開けた通りを使わず森に逃げ込んだのだそうで、しかしそこでは見たことの無い黒いスライムの様なモンスターが、村の一部の逃げ道を塞いでいたらしいのだが、なにがあったのか突然いなくなり逃げ切る事が出来たのだという。

 間違いなくエルドリングが使役していたナイトメア・べススライムだろう、あの巨大な塊を分散させ村の周辺を張っていたのだ、もしエルドリングを殺したから彼らが助かったのだとすれば、それはとても嬉しい事だ。


「じゃぁ私達もここで解散かしら」

「そうですね、村長さんが僕たちにかなりの便宜を図ってくれつみたいですし、実質村同士の統合ってことになるんでしょうか」


 エイジ達は此処までの道程を共にした九人で酒場のテーブル席を囲んでいた。

 この二日の間に各々がこれからの事を考えカルレヴァ村の面々と話し合い、これからの事を決めていた、ナッシールはここの酒場兼宿屋で住み込みで働かせてもらうらしい。

 そして他に生き残った人達の相談役の様な立場になっているそうだ、ミシランは予定通り友人の元へ、メリルは商業ギルドで世話になる、他の人達も仕事や住む場所を既に決めており、宿無しで放り出されるような事は無いという事だ。


「私は一度ルゥシカ村に戻るわ、話したと思うけど皆を弔ってくるわ、もう結構な人数に声をかけて日にちも決まってるし」

「あたしも行くべきなんだろうけど、ここで働くって言った手前ね……旦那の事もよろしく頼むよ」

「いいのよ、未だ切り替えられずにいる人も沢山いるんだから、ナッシールさんは今やるべきことをやるべきよ」

「そうだね、そうさせてもらうよ……気を付けるんだよ」

「やっぱり僕も護衛に」

「エイジ君も優先するべきことは幾らでもあるでしょう、結構な数の男衆が集まった、ここの自警団の武装も借りられることになっているし、冒険者も何人か同行してくれることになってるから大丈夫よ」


 それからは皆で励まし合い、生き残った幸運を喜び、これからのあれやこれやを語り合う。

 最後には皆で前を向けていたと思う、少なくともこれからの事を考えられる、そんな表情での解散となった。







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