第15話
早朝。
まだ日が昇ってそう時間がたっていない、季節特有の朝の寒さが肌を刺す、そんな時間に皆これからの工程を確認している。
どうやら起きてきたのはエイジが最後の様だ、正確には殆ど睡眠をとっていないので人が集まってくる気配を感じ出てきたのだが。
「今、呼びに行こうとしてたのに、本当に自分で歩けるくらいにはなったのね」
「あぁ、見ての通りだよ、ありがとうねメリル」
見渡せばナッシールとミシランが中心となって道中の食べ物や水、野営道具の確認などをしている様だ、どれも昨日の内には見なかったものだが夜の間に揃えたのだろうか、そういえば夜を通してこの屋内で人の動く気配が消える事は無かった。
「揃ってますね」
「いいえ、大荷物に見えるけど人数が多いからね、全員分の寝袋やテントとは言えないわ、エイジ君は野宿の経験は?」
「一度だけ、と言っても父さんと喧嘩して小山で一晩明かしたくらいですが」
「ふふ、そう……心強いわ」
「因みにこれ等は何処から?」
「この家にあったものと、お隣さんから食料を頂戴したわ、日持ちしそうな乾物も幾つか見つけたからエイジ君も持っていて」
「ねぇ、こんなに重いのを運んでいくの?」
「本当なら馬車が必要な人数なんだけど、まぁ長くなっても二日か三日、持てない重さではないでしょう?あなた達がもう一つテントが欲しいって言ったのよ?」
「それは分かってるけど」
「文句言っている暇があったらさっさと担ぎなさい、言っておくけどあなた達の荷物が一番軽いと思うわよ」
そうしてこの家屋の四方の窓から周囲の安全を確認後、適当な隊列を作って家を後にした、今は亡き家主に深い感謝を。
村を振るまでは出来る限りの隠密行動を心掛ける、家々の隙間を通り、常に周囲には警戒を怠らない、そして至る所で既に土気色した見覚えのある顔を目撃した、刺され潰され、犯され殴られ蹂躙されたその死体の数々が、悪夢を現実だと再認識させる。
「酷い……」
「出来れば供養してやりたい、しかしそれも今は叶わないだろうから……辛いだろうがどうしてやることも出来ない」
「落ち着いたら私がもう一度来るわ、そうしたら全部火にくべてあげる」
「ミシランさん……」
村を出てからはエイジを先頭に皆で周囲を警戒しつつ、特に舗装もされていない平野の道を進む、此処までくれば周囲に障害物は殆どない、遠くに森が見えるがそこからモンスターが出てこようともこの距離ならば即応可能だ。
エイジ腰にぶら下げている布で何重にも覆われた黒剣を気に掛ける、あの家にはサイズの違う細剣用の帯剣ベルトしか無かったがエイジが無理矢理調節した。
そのサイズ合わせの時に気付いたのだが、この剣は長剣らしからぬ程軽量なのだ、本来なら背負うサック内のテント用の鉄筋よりもよほど重いだろうに、しかし壁に立てかけたり床に置いた時などにはその重量を感じさせる、エイジ自身もよくわかっていないのだがベッドの上に置いた際の沈み具合と、手に持った時のその重さが釣り合っていないように思うのだ。
「エイジ、見て……レッサバードがいたわ」
「ん、あぁホントだ」
メリルの声で空中を飛んでいた思考が戻ってくる、彼女が指すその先には灰色の五十センチくらいはある鳥、この付近でよく狩りの対象にされ主に食用として重宝されている野鳥の一種だ、それが平原に少し出てきた木群の一本にとまるのが見えた。
「あ、しまった……僕ったら弓道具の一式を持ってくるの忘れてきた」
弓一式どころじゃない、考えてみたら前から準備していた旅に出る用の道具も全部おいてきてしまった、しかし未だ快調していない状態で辺鄙な所にある教会に寄りたいとも言えない感じだったし、致し方ない。
教会から持ってくる事が出来たのは就寝時と沐浴以外でいつも身に着けている、女神の紋章を象ったペンダントだけか。
「えぇ~、じゃぁレッサバード食べられないの?」
「いや……ナッシールさん、野鳥を見つけました、獲ってきますから少し離れます、それと日が傾き始める前に野営の準備をしましょう、このペースなら三日で到着できそうですし」
「そうだね、皆もそれでいいかい?」
その呼びかけに皆が賛成の意を示す、まだ太陽少しだけ傾き始めた時間だがそもそも旅などには全く慣れていない面子だ、それはエイジも同じ事、幾らか余裕を持って振舞ってはいるがかなり疲労の色が濃かったりする、未だに両腕が万全では無いのだ、肘から先がどうしてもワンテンポ遅れてしまう。
「じゃぁ行ってくるよ」
そう断ってからゆっくりと狙いが付けられそうな場所を探す、そしって身を隠すのにちょうど良さそうな岩を発見、たまにふらつく足で急いで転んだらりしたらただの間抜けだ、レッサバードの警戒範囲に気を配りながら接近する。
そして岩の影で魔力を練り上げる、回復する片端からヒーリングに回していたので余裕ある魔力量と這い難い、しかし魔弾一発位なら。
※※※
魔術によるレッサバードの狩りはエイジにとって慣れたものだ、魔弾の魔術は覚えたてだが、その弾道は直前でその危機に気付き飛び立とうとするその動きまで計算に入れられており、その首を確実に捉えていた。
「あ、エイジーこっちよー」
元居た場所に戻ると、そこから少し進んだ場所で皆がテントなどを組み立てている姿が見えた、道から少し外れた平原に一本だけ立っている大きな木の下、なるほどそこならキャンプ地とするには十分だろう。
「本当に獲ってきたんだね、大したもんだ」
「凄いですエイジさん、僕なんて何もできていない……」
「得意不得意は誰にでもあるさ、さぁテントを張るの手伝ってちょうだい」
「じゃぁ私がレッサバード捌いてくるね、沢がないからよく焼いて食べましょう」
そんなこんなしている間に段々と日が暮れてくる、日が沈むのにつれて皆の口数も減ってくる、やはりメリルもナッシールさんもミシランさんも、明るく振舞ってはいても未だ惨劇の恐怖は濃く、すすり泣きながら薪をくべる彼女たちと同じでこれからの事に対する不安を考えずにはいられないのだ。
エイジが赤から紺に移り行く空を木の幹に身体を預けながら見ていると、メリルがやってきて何を言うでもなく隣にちょこんと腰かける。
「ねぇ……エイジは」
紺の色が広くなってきたころに漸くメリルが一言。
「エイジは、これからどうするの?」
「……………僕は」
そこから先を直ぐには答えずに辺りに目を向ける。
ナッシールとミシラン、それにルックがもう一つ焚火を作りメリルが捌いたレッサバードを切り分けながら簡素な食事の準備をしている、少し離れた所にはクラーラという名前らしい女性が相変わらず覇気の無い表情でその様子をじっと見ていて、その反対側ではルシーカと他二人ルイサとモリーが焚火に小枝を放り込みながら三人で寄り添い慰め合っている。
「僕は、どうしようかな」
「どうしようかなって……」
「ルゥシカ村の外では僕は多分教会の孤児院出扱いだと思う、多少狩りが出来たところで生活ってできるのかな?」
「エイジ……」
「皆はどうするんだろう、ナッシールさんとミシランさんはもう先を見ている、多分上手くやっていくんじゃないかなと思う、ルック君もそれが分かっているからあの二人の近くに居るんじゃないかな、でもルシーカさん達は?クラーラさんは?」
こう言っては何だが、皆盗賊が直ぐには殺さず慰み物に使おうとした位、その容姿は整っている、それに誰も触れないがクラーラが外で皮膚がボロボロになるくらい強く身体を洗うように擦っているのを見た、考えたくないがそういうことなのだろう。
「メリルは商業ギルドを尋ねてごらんよ、君がお父さんから教わった事はきっと役に立つ、君はまだこれからさ」
「だったら、エイジも一緒にいようよ!みんなで力を合わせれば何とかなるよ!」
「……………」
それも良いかもしれない、そう思って目を閉じてみると教会の居住棟で台所に立つアレッサンドルの後ろ姿が瞼に浮かんだ、もう一度、あんな日々を過ごせるのだろうか。
目を開けていてもアレッサンドルの姿は脳裏に焼き付いている、そして彼がそっと此方に振り返った、いつも通りの仏頂面だ、そして、その次に思い浮かべたのは『あの景色』。
その時両手の甲の渦状の紋様がドクンと脈打った気がしたのだ、まるでそれが正解だとでもいう様に。
改めて見れば不気味な紋様だ、これもこの黒剣に関係しているのだろうが、のたうつ触手の様にも木の根の様にも、燃え盛る炎の様にも見える.
「ごめんメリル、僕はやっぱり行くところがある」
「え……なんでよ、どうして、何処に行くのよ!」
「行きたい所があるんだ、あの日にも言ったよね、僕は旅に出る」
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