第14話
「あ、起きたんだね!」
「わぁ本当だ、酷い有様だったのに……若い子は回復も早いのかしら」
広間に入ってきた二人はエイジが居る事に気付くと話しかけてくれる。
「ルック君、それにナッシールさんの奥さん……」
「うん、どうやら正気みたいじゃないか、良かった良かった」
「?……えっと、二人共何処に行ってたんです?」
「外の様子を見てきたんだ、どうやら昨日と今日で隠れながら村の殆どを回ってきたけど、こんな事って……」
「何処も彼処も惨いものさ、あちこち死体だらけで、あたしの旦那も今見つけてきたよ……弔ってあげたいけどね」
二人は直接言葉に出す事は無いが、生き残りを見つけることは出来なかった、という事だろう……もしかしたら既に近辺を離れて隣の村か町まで逃げている人がいるかもしれないが、その人達は蜉蝣の団が既にほぼ壊滅していることを知らない、暫く様子を見に来ることも無いだろう。
「そうですか……」
「だから早く私達も逃げましょうって言ったじゃない!もうとっくにここから離れているのよ、それにあいつ等の残党が今も近くにいるかもしれないのよ!」
ナッシールさんの話を聞いて三人で固まっていた内の一人がそう言って声を荒げる、見覚えはあるが教会にも来たことがない人だと思う。
「ルシーカちゃん……逃げるにしても何処に行くのか、その道中は安全なのかを確認しなきゃって昨日も話したじゃない、それにまだ村のどこかに逃げ隠れている人がいるかもしれないのよ?」
「でもいなかったんでしょ!?みんな殺されちゃったのよ……私見たのよ、子供たちが人質に取られて、逃げたら殺すって、でも集められた所で一斉に火にかけられて……」
「それにナッシールさんも見たでしょ、鉱山の近くで明かりが灯ってるの、盗賊達がまだ近くにいるのよ」
「鉱山?」
「そう、昨日の夜にね……旧鉱山の多分古い小屋のある辺りで焚火の光が見えたの」
「そうか、そんなところにまだ生き残ってやがるんだな」
「エ、エイジ?」
「あっ……いや、何でもないよ」
今の怒気を孕んだ呟きを聞いて皆黙り込んでしまった、自分でも咄嗟の時に制御できない位の黒い感情が湧き上がってくる、これもあの剣の影響なのだろうかと考える前に、今は迅速に決めるべきことがあるのだろう。
「まぁいいけどさ、エイジ君も無事目が覚めたみたいだし、もう一度どうするか話し合おうじゃないか」
「どうするか、どこまで話は進んでるんですか?」
「まずは此処を出るにしても何処に行くかって所かしらね、ドルート村かカルレヴァ村か、一番近いのはカルレヴァの方だし鉱山に誰かが潜んでいるとしたら、山向こうにあるドルート村の方は止めた方がいいかも」
「カルレヴァ村、なら向かうのは南西方向、行商の使う道を通ればこの人数でもかなり速く進める……徒歩なら二日ってとこ」
「でも、一番目立つ道でもある、それに奴らがそっちに散っていないとも限らない」
エイジがそう言うと皆一様に黙ってしまう、何かおかしい事を言っただろうか。
「そう、そのルートを通るのが一番の手だと私も思うし、皆もそう思ってるの」
「……?だったら何か問題が?」
「あのね、エイジ……怒らないで聞いてほしいんだけど」
メリルが恐る恐るとった様子でエイジに囁きかける。
「どうするかって言うのはエイジの事なのよ、正直なこと言っちゃうと置いてさっさと逃げようって意見と、回復を待ってから行こうって意見で分かれたのよ」
「…………あぁ、成程」
「大丈夫よ!私はどっちにしろ残るつもりだったし、置いていくなんて話も出たけどこうしてみんな残っているわ!」
「うん、ありがとうね、メリル」
「それは今は置いておくとしてエイジ君は、どう?二日の道程よ、行けるの?」
「正直今すぐ出発となると難しいです、せめて後一日……万全を期すなら三日」
その言葉を聞いた女性の一人が我慢の限界だ、と言わんばかりに声を張り上げる。
「三日!?そんなに此処に居られるわけないでしょ!相手は盗賊の残党だけじゃない、焼かれた家の煙を見ていつモンスターが来るか分からないのよ!」
「ルシーカちゃん……大声を出さないで、彼はまだ怪我人よ、それにエイジ君は万全を期すなら、と言ったわ」
「はい、何とか歩けるくらいにはなりましたけど、未だ腕は使い物になりません、背中の火傷もすぐには治らないでしょうし……腕が回復、全快とは言わずとも…………剣が握れるくらいまで回復したなら」
そこで壁に背を預けていた女性、ナッシールさんが戻ってからはずっと黙っていた彼女がエイジの言葉を区切った。
「剣が握れる、あの娘達はね……そこが恐かったりするのよ、エイジ君、君が中央通りで部屋の置いてある黒い不気味な剣を振り回してのを見てるの」
「えっ?」
「私も見たわ、メリルちゃんもナッシールさんも、劇でも観てるみたいに人が、盗賊が次々斬られていくの」
「エイジ……」
「助けてもらった立場でこんな事言うのは……うん、悪いとは思ってるんだけどね、私も恐かったわ、あいつ等に乱暴されてるのと同じくらいに恐ろしい光景だった」
「でも!エイジは!私達の為に!」
全員の視線がエイジに集中する中で、メリルがその間に立つようにエイジを、その小さな身体を目いっぱい広げて庇ってくれる。
「メリル、いいんだ、分かってるから」
「私達が心配している点は、君が剣を握れる位回復したときに、それが私達にまで向くんじゃないか……私はそんな事無いと信じてるけど」
「…………」
この人の言う事は至極もっともな事、エイジ自身も何が起こったのか分からない、奴らを斬るために動いていたあの時を見られていたのなら当然のことだ。
一度目を閉じてから自分に向けられる視線と一つづつ合わせていく、それが一巡したとき、自然と出た言葉は。
「信じちゃ、駄目です」
「エイジ!?何言ってるの!」
「やっぱり!目を覚ます前にさっさと逃げるべきだったのよ!」
「待ちなさいよ皆、もっと詳しく事情を聴いてからにしましょう」
その一言で混乱が広がっていくが、エイジは毅然な態度を取り続けた、ここで大丈夫だから心配ないと根拠のない言葉を出すことは出来たが、それはアレッサンドルの言った正義の行いとは言えない、そう思ってしまったのだ。
「正直僕にも分からないんです、お姉さんから昨晩聞いたんですが、エルドリングを殺した後で倒れた僕を助けてくれた」
「そうよ、ローブの男をね……それから君が倒れてからメリルちゃんが飛び出していってね」
「もし、もし……そこで僕に意識があったなら“メリルまで一緒に斬らなかったとは言えない”頭が冷えてきた今だから分かる、もしかしたらそうなっていた可能性も十分にあった」
「そんな事あり得ないわ!」
「だから信じちゃ駄目なんだ、僕いる部屋にあった剣……あれは誰が?」
「私よ」
ナッシールさんが小さく手を挙げた。
「その時、少しでも剣に触れましたか?」
「…………いいえ、血で汚れていたし、何というかその、触れてはいけないって気がして」
「それで正解です、あの剣は……良くない物です」
エイジがそう言ったところで再びの静寂、とても信じられない年頃の男の子が妄言を言っているだけ、そういう内容ではあったのだが、此処に居る皆があの剣を振うエイジの狂気と憎悪に彩られた顔を見ている。
エイジは確かに村を襲撃した盗賊のリーダー格を殺した。
その行いは間違いなく正義のはずだ、しかし窓の向こうの凄惨な光景はとても正義とは結び付かない物だった、本当はメリルもエイジが倒れる前に飛び出して『もう止めて』と、言いたかったのだ。
メリルは思ってしまったのだ、正義が行使される光景が、こんなにも恐ろしい物だったとは。
「分かったわ、やっぱりエイジ君の回復を待ちましょう」
「ナッシールさん何を言ってるの、分かってるの!?」
「だけど今日だけ、明日の朝に此処を出るわ、それとあの剣は置いていくわ」
「それは駄目だ!」
ナッシールの言葉にエイジは思わず拒否の意を叫ぶ、その声に皆が怯えたようにして警戒の色を濃くする。
「あっ……いや、でも駄目なんです、あれは……良くない物と言ったけど、大切な物だから」
「その剣の危険性は今君が言ったのよ?それでもなの?」
「はい、どうしても……です、触れないように何かで包むとかして持っていきます」
「そんな事!?」
「…………直接触らなければ、大丈夫なのね?」
「ナッシールさん!?」
「恐らく、それに剣が無くても僕は魔術も扱えます、道中は魔術師に徹します、あの剣は……生死に関わるような危険がない限り、使いません」
結局のところその条件で話は落ち着いた。
ルシーカという女性と他二人は最後まで渋っていたが、その他の皆が、ナッシールさんとメリル、それと黒髪ウェーブのミシランさん、ルック君と、もう一人無気力そうに突っ伏していた女性も賛成してくれたのが決定的となった、特にメリルは『文句があるなら自分達だけで行きなさい!誰もそれを止めやしないわ!』と怒り出す場面もあった。
メリルに手を引かれながら宛がわれた部屋に戻るエイジ、明日に向け少しでも魔力の回復とせめて指先だけでも使い物になる程度まで回復しなければ。
ゆっくりと目を閉じ、眠れない時間を過ごす。
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