第13話
眼を閉じている。
僕は寝ていたのだろう、いつ寝たのか思い出せないし、眠る前に何をしていたのかも思い出せないが、閉じられた瞼の感触とその視界が黒一色ではなく濃い橙に、光の色に染まっていくのを感じ、今が朝なのだろうと、僕の部屋の窓から朝の光に照らされているのだろうと、そう思うわけだ。
「……………ッ?」
目を開けようとするのだが、瞼が震えるだけで視界が開けない。
それだけじゃない、朝の清らかな空気を吸おうとしても喉が思う様に動かない、奇妙な感覚だこんなことは初めてだ。
「エイジ!?あぁ大変だわ、また」
すぐ傍で誰かが僕の名前を呼んだ、これは直ぐに分かった、メリルの声だ。
何時の間に僕の部屋に入ってきたのだろうか、昔はよくこの部屋で一緒に遊んでいたが、十歳を超えたあたりから急に恥ずかしくなったのか部屋を直接訪ねてくる事は無くなったのに、そんな事を父さんに話したら笑ってたっけなぁ。
「駄目よ、まだ動かないで!あぁ……あぁ、なんでこんなに」
動かないでって、さっきから起きようとしているのに全く身体が動いてくれないんだけど、さてはメリルの悪戯だろうか………。
「ぐあああああああああああああああああああああああッ!!!!」
「エイジッ!エイジィ」
「ああああ、あああああッガアアアアアア!」
突然両腕が跳ね上がる、手が五方向に裂かれるのではないかというくらいに指g開かれたと思ったら、肉に食い込み骨を砕くのではないかとくらいに拳が握られる。
そして脳が焼き切れる位の激痛が全身に走った、特に腕と頭が酷い、今すぐに切り落として砕いてしまいたいほどの激痛が絶え間なく、そして強弱の波を伴って襲い掛かる。
「誰か来て、またよ!抑えるのを手伝って!」
それに加えてメリルの悲痛な声が胸に響く、彼女のこんなにも悲しそうな、疲労の色が見える声をエイジは聴いたことがない、そしてその原因が自分にある事を痛みで冴えてしまう頭が理解してしまった。
絶叫と共に涙が溢れ出す。
(ごめんなさい……皆、ごめん……僕、守れなかった)
※※※
エイジが漸く意識を取り戻したのは二日後の夕暮れだ。
実際は意識は途切れては覚醒しを繰り返していたのだが、話せるくらいに回復するまでにそれだけの時間を要したという事だ。
と言っても身体の方は未だ殆ど動かせない状態で、小さく身動ぎするのがやっとの事、メリルの手を借りて上体を起こしてみると自分がどれ程動けなくなっているのかがよく分かった。
「落ち着いてきたわね」
「はい」
顔に見覚えはあるが話した事は無い長い黒髪にウェーブのかかった女性がエイジにそういって話しかけてくる、昨日周囲の様子に気を回す余裕が漸く出てきたところで気付いてはいたのだが、どうやらここは自分の部屋ではなかったらしい。
「もう大丈夫、大分良くなってきたと思う」
「本当に?とてもそうは見えないんだけど」
「はい、ごめんなさい……まだ全然動けないけど、暴れ出すほどじゃないから」
「なら……いいんだけど」
ここは村の西側にあるこの村にしては比較的大きな家だ、そこを借りているらしい、家主は、近くで無残な姿で発見されたそうだ。
家に損傷が少なく、施錠等もしっかりできる状態で十人程が纏まっていられる場所として、使用させてもらっているのだ。
「メリルは?」
「もう寝たわよ、君に付きっきりだったから、いい物を見せてもらったわ」
「からかわないで下さい……」
「ふふっ、でもエイジ君酷い状態だったわ、私にできる事なら何でも言ってね」
「はい、でも大丈夫ですよ……回復してきた魔力を端から治癒に充てているので、ヒールの呪文ほどじゃないけど、この調子なら明日には歩けるくらいには……」
「そう、なんだ…よく分からないけどちゃんと寝なきゃだめよ?」
「はい」
寝ないとだめ、それは分かっているのだがそう上手くはいかないだろう、昨晩のこの両手の紋様が痛み目も開けられない程気絶し続ける時間が終わって、眠れない時間が始まっただけだ。
なんとか身を横たわらせて人前では我慢していたが両腕の激痛に表情を歪ませる、聖属性の魔力を回復した端から巡らせて漸く我慢できる。
一つ大きくため息をついて、室内に視線を巡らせれば、備え付けられた小さな机の横に壁画の奥で見つけたあの黒剣が無造作に立てかけられている、軽く布が巻いてあり、誰かが運んでくれたのだろうか、そして何とか首だけその剣の方向に向け。
「お前の……せいなのか?」
全ての光を喰らうかのような漆黒の剣は、何も答える事は無い。
そして次の朝、死んだ方がマシなのではないかという問いを、反芻しながら迎える朝日だ、一度意識が飛んだのを覚えているが、あれは眠る事が出来たのだろうか、それともただ意識が途切れただけか。
「エイジ?起きてる?大丈夫?」
そう言っておそるおそるエイジが眠る部屋に入ってきたのはメリルだ、心なしか少しやつれているように感じるのは気のせいだろうか、そして自分は上手く笑顔で迎えられているのだろうか。
「起きてるよ、入っておいで」
「………」
「そんな顔しないでさ、ほら見てごらんよ、君のおかげですっかり良くなったんだ」
「…………うん」
どうも歯切れが悪い、当然か……今までの平和で穏やかな日常が最悪な形で崩壊したのだから、彼女たちが生き延びた経緯は軽く聞いたが、十人くらいの若い人たち以外が顔出さないところを見るに、本当にこの家屋にいる人間だけが生き残りなのだろう。
「メリル、ちょっと手伝って欲しいんだけど」
「え、なぁに?」
「よいしょっと……くッ」
「な、何やってるの!まだ寝てなくちゃだめよ!」
「いや、大丈夫……足は多分何とか回復してきたと思うから、手を引いてくれるかい?」
「本当に……大丈夫なの?その黒いのも」
「うん、我ながら趣味の悪い入れ墨だと思うけどさぁ、ほら……引っ張って」
「う、うん」
ベッドから足を下ろしベッド端に座ることは出来たのだ、後は腕さえいう事を聞くならばもう立てるかもしれない。
「くぅ~……ほ、ほら……立てた」
「何が立てたよ、フラフラじゃないの!」
「大丈夫さ、多分、そのまま歩いてみるからさ」
「危ないから!もっとしっかり掴まってよ」
「無茶言わないでって、そらそら廊下に出てみよう」
エイジをひっくり返さないようにと慎重に手を引いてくれるメリル、その小さな手の少し冷えた体温を感じ取れる位には腕も回復している、一歩ずつ調子を確かめる様に歩きながら、激痛に耐えながら考えていた一つの考察が正しかったのだと確信した、あの全身を刺す様で焼く様な痛みは外傷を伴う物ではなく、場合によってはもっと厄介、異常な魔力による痛覚や感覚の暴走らしい。
この二日間正常で聖浄な魔力を流しつ続ける事によって順調な回復となった。
(僕の場合は聖属性の魔力を多少だが使える事が幸いだった、普通の元素属性の魔力しか使えないのならここまで順調にはいかなかっただろう)
そしてこの『呪い』と同性質を持つ闇の力ならばこの紋様すら身体に馴染んでしまうのだろうか、エルドリングの顔が脳裏に浮かび再びあのどす黒い憎悪が浮かび来ようとするが、メリルの心配そうな表情を見て我に返る。
「ごめん、大丈夫だから……他の人達ももう起きてるのかな、連れてってくれる?」
※※※
メリルに途中から肩を貸されながら案内されたのは、大広間というのだろうか、縦長の部屋の中心に縦長の机が置かれている、家主達はここで食事をとっていたのだろうか。
中には五人の女性がいた、一人は壁に背を預けながら呆け、一人は長机に突っ伏している、そして三人が何か話し合っている様子だ。
一番近くにいた壁に寄りかかっていた女性がまずエイジ達に気付く。
「おや、本当にもう歩けるようになったのかい?」
「貴女は……」
昨日の晩に話していた女性だ、エイジの返事を聞く前に近くの椅子を引いて座る様に促してくれる。
「おかげさまで、幾らか歩けるくらいには」
「そう、でも無理はしちゃだめよ」
そのやり取りを、今まで何か話し合っていた三人が見ている、何だろうとエイジが取り敢えず微笑みで返すと三人は一様にバツが悪そうな顔をして黙り込んでしまった。
「気にしないで頂戴、ちょっとこれからどうするか話し合っててね、行き詰ってた所なのよ」
「これから?」
「そうよ、パパも……みんな殺された、だからどこに逃げようかって」
「メリル……やっぱり皆、そうなんだね」
その時玄関の方からか、扉が開く音がした、何かと警戒したが広間の扉を開けたのは一人の女性と少年、どちらも教会によく足を運んでくれる、知った顔だった。
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