第10話

「ほらほら呆けている暇はありませんよ、さっさとその魔剣を渡しなさい、『闇弾やみだん』」

「くッ『魔弾まだん』!」


 短杖から放たれた拳大の黒い塊を、エイジは同系統無属性の魔術で相殺する。

 幾ら魔術が使える才能があると言ってもきちんとした学問として学んだわけではないエイジの使える魔術は少ない、それに下位魔術しか使えないのだ。

 魔力を球体状の塊にして放つ『魔弾』に光の力を硬質化させる『光盾こうじゅん』、その他相性の良かった風属性と聖属性の基本魔術が幾つかと属性の無い基礎魔術、それがエイジの手札だ。


 エルドリングの殆ど魔力を込めていない闇弾とエイジが必死に魔力を込めた魔弾が相殺、ほぼ同程度の威力なのだから、術師としての実力は火を見るより明らかだ。


 それにエイジのコンディションは最悪と言ってもいい、何処からともなく無限に湧き出るかのような怒りに溶け込んでいるが、今でも全身に、主に剣を握る両腕に本当なら歩くのも厳しい位の激痛が走っているのだ。


(なら……この剣だ、この剣なら)


 エルドリングに向け駆けだすエイジの前には当然ガプが立ちはだかる、この男大きな図体と扱う武器からパワーで圧す重戦士タイプかと思ったが、一閃で鈍ら剣ならバターの様に切り裂く黒い剣を、斧の側面や刃の反りを利用して完璧にその威力を殺されている、それに光盾や強風の魔術によって何とかいなしてはいるがそのダイナミックな攻撃には確かな技量が見て取れた。

 加えて魔術師からのサポートで自力が上がっているのだから、このままではあと数合打ち合えばエイジは致命傷を貰う事は必至だ。


「どうした!散々部下を殺しておいてこんなもんなのかぁ!?」

「ふふ、あっはっはははは!『闇弾』」


(来た!ここしかない!)


 迫る闇弾とガプの双斧、その軌道が横一線に重なったのが、エイジの眼にはまるで時が一瞬だけ止まったかのように見えた、その線をなぞる様に一閃の下、全てを巻き込んで斬る。

 黒い剣を軸にして渦を巻く黒い風が真っ二つにされた闇弾を掻き消し、ようやくまともに捉えられた斧はその質量故か一瞬の抵抗があったが、一本は再起不能なまでに破壊、もう一本の刃にも大きく傷を付けた。


「な、なんだとぅ!?」

「ガプさん一旦離れてください、やはり一筋縄ではいかない……まさか魔術を掻き消すなんて」


(この機は逃さない!)


 破壊された斧を捨て、バックステップで逃れようとするガプの懐に向け、エイジは前のめりに倒れそうになる勢いそのままに突っ込んだ。

 しかし踏み出した一歩が地面に沈んだ、踏ん張りがきかないが転倒しそうになるのをなんとか耐える、見ればいつの間にか足元に直径一尺程度の黒い泥の様な水の張られた水たまりが出来ていてエイジの右足はその穴にずっぽりと嵌っている。


「危なかった、助かったぜ先生」

「沼の魔術は所詮足止め程度です、もっとでかい魔術を使うので時間を稼いで!」

「おぉうよッ!お前らも一斉に掛かれ!」


(まずい、まずいまずい!このままじゃ、勝てない……殺せない!)


 遠巻きに野次と化していた団員達も各方向からエイジに向け各々の武器を構えている、ガプの片斧は壊したとはいえ未だ脅威は健在、簡単には殺らせてくれない。

 その向こうで胸の位置で短杖を振い印を描くエルドリング、一見するだけでエイジが知らないもっと高度な魔術を行使する準備を進めていることが分かる、高位魔術師が準備を要する程の魔術、あれを発動させるのは非常にマズイ。


(もっと、力があれば……あんな大男なんか一刀で殺せるくらいの力、周りの敵を一瞬で切り刻めるくらいの速さ、アレッサンドルの仇をッ!)


『求めよ』


「!?……この声」


『求めし者よ、捧げよ』


 エイジは握る剣を見た、陽光の下にあっても光を一切反射しない漆黒の刀身、それが脈打ったのが握る両掌に伝わってきた。


「捧げるって、何が欲しいんだよ……何を渡せば、こいつらを殺せるんだよッ!」

「何を言っているんだこのガキ」

「いや……まさか、ガプさん油断しないで!あり得ない事ですが……まさか」


『与えよう更なる闇を、与えよう更なる苦痛を』


 エイジの脳内に直接響いているこの声、何故かエイジにはこの剣から聞こえてくるような気がしてならないのだ、まるで心臓の鼓動の様な脈動が、更に二回、伝わってくる。


「――― 分かった」

「止めなさい!アナタ自分が何と契約しているのか分かっ」

「寄こせ!全部!ありったけを、俺の全てをくれてやる!」


 何か言おうとしたエルドリングに真っ直ぐ剣先を向け、甘言を囁く何かに宣言する。

 急激に冷えてゆく思考、目が眩むほどの脱力感が激痛の代わりに全身を襲うが、それも一瞬、エイジを中心にして黒味を帯びた旋風が吹き荒れる。


「お“お”おおおおおおおあ“あ”ああああああ!」


 獣のような雄叫びを上げるエイジに団員の一人が短槍を構え突進、しかし暴風の中を突き進む切っ先はエイジの胴体に届く寸前に、縦横に等分され十を超えるゴミとなって吹き飛ばされる。

 訳が分からないまま一瞬で武器を切り刻まれた盗賊は、え?と間の抜けた声を上げる前にその首を切り落とされていた、いや首だけではない、槍を掴んでいた指も手も、胴も足も幾つものパーツに分断され、撒き散らされる血飛沫が風に乗って他の盗賊達の全身を真っ赤に染めた。

 そして両手の甲に薄く浮かび上がる渦の様な不思議な文様、それはエイジの脈動に反応するように一定のリズムごとにその濃さと範囲を拡大させていく。


「せ、先生!どうなったんだコイツはぁ!?」

「神器と契約した?あり得ないとは思いましたが……一つの時代に二つの神器の持ち主が現れたと、そんな馬鹿な事が」

「先生しっかりしてくれ!くっそガキがああああッ!」


 未だ吠え続けるエイジに向けガプが大斧で襲い掛かる、今切り殺された部下と同じくがら空きの胴体部を狙った横スイングだったが。


「がぁあああっ!」

「な、なんだくっそ……おぉららららあああああ!」


 エイジの鬼の形相で振るわれる矢鱈滅多斬りを、ガプは何とかギリギリでいなし躱している、しかし先の素人剣術とは違い、いや剣筋は素人そのものなのだがその剣速が段違いに上がっているのだ。

 まさしく殺すため、絶対に切り刻むという意思だけで振るわれるその剣が、遂に受けに徹していた大斧を捉えた。


 ギィィイイン……


 両断された斧が地に落ちる。


「くっそ……ぉ」


 ガプの身体を氷よりも冷たい物が通過した。

 逆袈裟で切られたその巨体は、左肩からぱっくりとその位置をずらし始め、ぐちゃっと湿った肉が落ちる音を立て、辺りを真っ赤に染めながら沈んだ。


「隊長が、隊長が死んじまった……」

「化け物だ、俺は逃げるぞおおおお!」

「うわああ、わあああああ!」


 エイジを囲っていた盗賊達はガプが死んだ途端、その戦意を消失、武器を捨て一目散に逃げようと村の入り口方向へ走る。


「待ァちやがれえぇぇええええ!」

「ヒ、ヒイイイィイイ!」


 背を向け逃げる盗賊共に向けエイジは跳躍、頭の先から真っ二つにしてやると斬りかかろうとするが。


「ッ!チィィィイアアア!」


 背後から尋常じゃない殺気と異形の気配を感じ、直角で横に跳んだ。

 そして一瞬後にエイジがいた位置を何かが通過する、急いで体勢を立て直し顔を上げてみれば。

 それは何と形容するべきか、黒い半透明な大きな腕、まるで水の様な透明感があるその不定形はエイジが斬りかかろうとしていた盗賊を背後から、その粘性のある身体で包み込みなおもその腕を伸ばしている、それは幾つも枝分かれし一目散に逃げる盗賊を次々と捕えているようだ。


 エイジの視界が一瞬陰り、高くから振り下ろされようとするもう一本のその腕を十メートルは跳躍して避ける。


「ガプさんまで倒すとは、聊か準備不足でしたかねぇ……まさか奥の手まで召喚する事になるとは」

「エルド……リングッ!」

「少年、君がその魔剣の持ち主として認められてしまうとは、予想外でしたが……まだまだ完全に使いこなしているとは言えない様子、今ならまだ私でも倒せる、殺してから奪えばいい!」


 エルドリングの背後と周囲からこの腕のような物と同じ、黒い不定形のグネグネとした水の様な何かが二メートルほどの高さで地面から出現していた。


「改めて名乗りましょう、私はエルドリング……蜉蝣の団の顧問魔術師、冒険者としての名前は『闇水のエルドリング』覚えなくてもいいですよ少年、君とはここが今生の別れですから」





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