第9話
眼前の盗賊の人数は四人、道の向こうから更に数人がこちらの状況に気付いたのか向かってくる気配がある。
村中に立ち込める死臭、家屋の焼ける臭い、エイジの全身を濡らす血と臓物の不快感も今は気にならない、ただ怒りを怨みを、必ず殺すという決意だけを敵に向けるのだ。
四肢を蝕む激痛はその鋭さを秒毎に増していく、しかしそんな物でさえ今は愛おしく思う、その痛みが無ければ正気を保っていられない、痛みが狂気を遠ざけてくれるのだ。
「はぁあああああッ!」
「ぎゃ……ぎゃあああああああ!」
エイジは魔術の才能も有り弓にも心得のある、アレッサンドルにも器用な奴だと称されていたが剣を習った事は無いのだが。
強いて言えば冒険者の人に一度付いて行って、その剣技を間近で見たことがある程度だ。
「やあああああッ、ぜぇえええいやあああ!」
そして今血飛沫と黒い旋風が吹き荒れる中心にいるエイジだが、その動き自体は素人そのものだ、天性の器用さで剣の重さに振り回されるみっともない事にはならないまでも、いやこの剣に殆ど重さは感じられないが、剣技と呼ぶにはあまりにも稚拙な、初めて剣を持った子供が矢鱈に振り回しているだけの様に見える。
しかしその風を思わせる剣速と異常なまでの切れ味ですべて覆している。
本来なら多少戦闘経験のある蜉蝣の団遊撃隊の面々ならば、そんな物簡単に受けて流してエイジを刻むことなど、それこそ赤子の首を捻るが如く容易い、しかし実際は。
「お、俺の剣が、腕が、鎧ごと……斬りやがった!」
「どうなってんだよ、全く歯が立たねぇぞ、なんなんだあの小僧は!」
打ち合った剣は、まるでバターで出来ていたかのようにスルリと切り分けられ、受けた小盾は腕ごと真っ二つ、鎧は麻布のは如く何の意味のなさない。
両腕が肩より先無くなり絶叫を上げる男を、力一杯蹴りとばし燃え崩れる民家の中に突っ込んでやる、片足を失い股間を濡らしながら必死に這いずってここから離れようとする男の頭を、踏みつけながらエイジは問う。
「お前らのボスは何処だ、顧問魔術師とかいうやつの場所も教えろ!」
「は、はいぃぃぃいい!教えます!教えますからあああ!」
男の指さした方は村の中心広場がある方向、そこから新しく向かってくる奴もいれば、この惨状を見て逃げ出している輩もいる様だ。
「そうか、ありがとう」
「っぎゃあああああああああああああ!」
エイジは目に付いた盗賊を片端から切り捨てながら、ルゥシカ村の中心広場へ急ぐ。
※※※
「なるほど、彼はあの協会で会いましたねぇ……あの神父やっぱり何か知っていたのか?」
「ありゃぁさっき教会で見たガキ……?おい先生どういうこったよ」
「どういう事も何も、私の探し物ですよあれは……カモが葱を背負って、土鍋と出汁も自前で持ってきた様な、なんと幸運なんだ!」
バサッとローブを翻し、大げさな動作で天を仰ぐエルドリングはまるで欲しかった玩具が手に入った子供の様にはしゃいでいる。
「そんな事言ってる間に俺の部下がバンバン斬られてんだけどよぉ……あぁ、情けねぇ奴らだなぁ……これじゃまぁた、俺が親父殿に怒られちまうじゃねぇか」
「そうですね、これ以上は後始末が面倒そうだし、ガプさん、君も出てくれませんか?援護はしますので」
「仕方ねぇなぁ」
ガプは背腰辺りへ両手を伸ばし何やら探している様だ、そして引き抜かれた手に握られていたものは何処にそんな巨大な物を隠していたのかという大きさの斧、それが計二本片手に一本づつ握られているのだ。
「そんな予備の武器まで持ち出して、アレをやるつもりなんですね?」
「久しぶりの先生との共闘だからよぉ、それにあの小僧……いやあの剣か、只者じゃぁなさそうだ、本気を出さなきゃ、ちっと危ねぇだろ」
エイジは道の中心を、両手で握っている剣を引きずりながら、一歩一歩を重い足取りでゆっくりと自分達へ向かって歩いてくる。
既に敵わないと悟ったのか部下の団員は遠巻きにエイジを見ているだけだ、背後から好機とみて襲い掛かった男は、エイジの緩慢な動作からは想像できない程の剣速の前に、上半身と下半身が分かたれて絶命する。
この場には弓を扱う者も数人いた筈だが、どうやら優先的に殺されたらしい。
「確かにそうだ、では………『パワー・ハイブースト』!」
「おぉ、おおぉぉ!コレよコレェ!魔術師様のブーストがあれば百人力よぉ!これなら本隊長たちにも引けは取らねぇんだぜ!」
「懐かしいねぇ、国の正規軍共と戦った時は楽しかったですもんねぇ、では前衛は頼みましたよガプさん」
「応ともよ!大斧鬼ガプ様の力、たっぷり味わいやがれ!」
木をこるのに扱うには余りに大袈裟な斧をガプは片手に一本づつ持ち溢れんばかりの膂力で振り回しながらエイジに向かって突貫する。
団員たちは巻き込まれまいと大急ぎで道を開け、エイジは半身の身体で隠す様にしていた剣を大きく振りかぶる、この剣の切れ味に任せ一刀の下に切り伏せるつもりだ。
「おぉぉぉぉおおおららららあああッ!」
「ッ、何!?」
エイジが少し身を低くした瞬間、左右の地面からナイフ程度の剣先の付いた黒色の鎖が二本飛び出したのだ、それは鎌首をもたげ、エイジの身体を刺そうと向かってくる。
しかし一閃を振う準備をしていたエイジは鎖が届く前に中程から両方とも斬る事が出来た、だが問題は既に眼前で二本の大斧を振りかぶっているガプだ、左右から出現した鎖を同時に切り払う為の大振りの攻撃後で、エイジには返しの一閃を振うほどの技量は無い。
ギギィィンッ
「くあああああ!」
エイジに出来た事は何とかして振り切った剣を引き戻し、刀身の腹で受ける事だけだった、そして下手に踏ん張って受けきることを考えなかったのも功を成した、結果内臓が冷えるような浮遊感と共に激しく後方へ吹っ飛ばされたが、辛うじて致命傷は避けた、両肩を浅く切ることにはなったが、生きてはいる。
エイジが歩んできた道路をゴロゴロと転がりながら、十メートル以上は吹っ飛ばされただろうか、仰向けになってようやく止まった所で、周囲の盗賊達から歓声が上がる、理不尽なまでの切れ味で仲間を次々に切り払った謎の子供が、自分等の隊長の力によって地に伏せているのだから。
「ゴホッ……ぐ、ゔううう」
「なんだよ、まだ生きてんのかよ、マジに頑丈みてぇだなぁその剣、先生ぇ!この調子じゃぁあんたの探し物ぶっ壊しちまいそうだぜぇ!」
「そんな心配は無用、その剣が本物ならばそう簡単に破壊されることはありませんから」
その声を聴いた途端エイジの瞳に火が灯る、遠目からも見えたがエルドリング、アレッサンドルの仇、斧持ちの大男の後ろから教会でも見た短杖を持ってエイジを見下ろしている。
杖の先端の紫色の宝石は怪しげな光を灯し、魔術を放った残光が見て取れる、やはり先ほどの鎖はこの男の魔術だったのか、エイジは奥歯を噛み締める。
「ふむ、どうやら……ふはは、どうやら本当に本物の様です!素晴らしい、しかもこの少年完全にではないにしろこの魔剣を使いこなしている様子、あの神父も中々面白い事をするではないですか」
「父さんを……っ!語るなァ!」
「おぉ怖い怖い、ではガプさんこの少年は殺してしまって構いませんから」
「あいよ」
ガプの頭上まで高く振り上げられた斧が、エイジを両断しようとその凶刃を光らせる。
「これも仕事だからよぉ、恨むなら俺以外にしてくれよ」
「舐めるな盗賊がッ!『
「んなっ!?」
エイジの眼前まで迫っていた斧は突如現れた盾に阻まれその刃を止めた、エルドリングの姿を確認してから全身の激痛など関係ないと練り上げた魔力を、その魔術名を叫ぶ事によって形創る。
聖属性や光属性の基本的な魔術である光盾はアレッサンドルから最初にして唯一つ教えてくれた魔術だ、聖盾に及ばない防御魔術だがただ振り下ろされるだけの斧を防ぐ事くらいは容易にできる。
「聖魔術、あの神父の弟子ってとこですかねぇ」
「こんな薄っぺらい盾、おぉらよッ!」
ガプがもう一方の斧を力を込めて振り下ろし、光の盾はまるでガラスが割れるような音を上げて粉々に砕け散るが、エイジはその隙になんとか起き上がり体勢を立て直している。
その生きるために必死な姿を見てエルドリングとガプはせせら笑う、この二人ほどの実力者となれば剣に頼り切ったエイジの攻撃など児戯に等しいのだろう、それに今の光盾でエイジがアレッサンドル程の魔術を扱うことは出来ないことも見抜かれている。
周囲には村中に散っていた蜉蝣の団が次第に集まってくる。
逃げるつもりなど毛頭ないが逃げ場は既に無い、そして眼前には自分より戦闘力の高い人間が二人、前衛と後衛に分かれコンビネーションも取れている、普通ならば絶望的な状況と言ったところだろうが。
ふぅと息を整えながら、エイジは静かに一つだけ、必ず殺すという誓いを胸に刻んだ。
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