第8話

 エイジが長い石階段を上りきり、隠された岩肌の亀裂から外に出ても、その激痛は止まる事は無かった、暫くの間はその痛みに耐えきれず、蹲りのた打ち回り、それが更なる傷となり、既に物言わぬ死体に当たり散らしたりもしたが、一向に収まる気配がない。

 這いずって石段まで辿り着き、黒い剣を杖代わりに立ち上がる事が出来たのは、それが弱まったからではなく、単に慣れただけだ。

 その代償として自身の心の内の、大事な何かが削られていく感覚をえて無視する。


「今は、そんなことに構っている暇は無いんだ……早く、あいつらを……殺さなきゃ!」


 長い石階段を上りきり、前のめりで倒れそうになる程ふらつく脚に喝を入れる、刀身や切っ先が傷むことも気にせずに固い地面に突き刺した剣に、全体重を預けなければ立っていることも辛い。

 しかしそんな事に割いている時間はない、目撃者は全員殺す、どうやら蜉蝣の団はそれを本気で実行する気らしい。

 亀裂から身体を這い出すと、まだ高い位置にある太陽が眩しい。

 その怒りが沸くほどに清々しい青空を見ていると、痛みと共に頭にかかっていた霞がさらに弱まっていくような気がした、慣れ親しんだ山道を下りるくらいなら大丈夫そうだ。


「急がなきゃ」



 ※※※



「で?どーするんですかい、結局何人か逃がしちゃいましたけど」

「まぁある程度は仕方がないんじゃないかな、最初から小さいとはいえ山と森に面した村を完全制圧できるとは思っていないし、それに逃げたのなんて女子供でしょう?だったら行商の通り沿いに置いてきた兵隊で十分対処できそうだし」

「確かに隣の村を経由して逃げるならその道を必ず通る道でしょうが、ま、騒ぎ立てるほどの事でもなさそうですわな」

「そうさ、それよりも……僕の用事の方が重要だ、確かに古代地図はこの地を示していたのに、すでに発見され場所を移しているのかな」

「そんなに大切な物なんで?」

「まぁね……それ以前に略奪以外何の成果も得られないんじゃ赤字もいい所じゃない、君たち遊撃隊はあんなにはしゃいじゃって楽しそうだけどさ」

「へへっ、最近は王都の連中の目が厳しくなって、遊撃隊が南征するわけにもいかないですから…………おぉーいお前らぁ!遊ぶのは構わんがちゃんと後始末しろよ!」


 蜉蝣かげろうの団遊撃隊百人隊長ガプと、顧問魔術師こもんまじゅつしエルドリングはルゥシカ村の中心、普段なら路商などでささやかな賑わいを見せる広場にて積み上げられた調度品や金品、その他金になりそうな様々な物の山に腰かけ、平和そのものだった村に災害の様に訪れた、惨劇と蹂躙を眺めつつ、何処の家から盗んできたのか高級なワインを傾け話し込んでいる様だ。


「それでも先生の探し方も雑なような気がしますけどねぇ、昔から伝わる何か……そんなんじゃ見つかるもんも見つからないと思いますけど、一体何をお探しで」

「そうはいってもそれ以外に言い様が無いのも事実なんだよ、その名前は口に出すのははばかられる、というより阿呆だと思われるくらい馬鹿馬鹿しい品物なんだけど」

「実在するものなんでしょうね?」

「僕はそう確信しているよ、現にその遺物……一つが発見されている」

「………!まさかそれって」


「隊長!」


 二人の話を遮って一人の団員が走ってくるのが見える、何故か武器を抜いているがその剣は中程から折れているらしい、まさに我武者羅といった様子だ。


「どうしたぁッ!」

「大変なんです、大変なんですよう……仲間が、ライもサルマルもみんなやられちまった!」

「はぁ?敵襲だってのか」

「本当なんですよう、真っ黒な剣持ったガキが、突然現れて斬りやがったんだ!」

「黒い剣……あなた今黒い『剣』と言ったのですか!?」

「せ、先生?」


 エルドリングはワイングラスを投げ捨て積み上げた金品を蹴りとばしながら、混乱している団員に詰め寄った。


「そ、そうでさぁ……これ、見てください俺の剣も斬られちまったぁ!」

「そうか、やっぱり……やっぱり此処にあったのだな、そいつは何処にいる」

「あっち、あっちでさぁ」


 団員の男は折れた、いや斬られたと言う剣を村の入り口から続く一番広い道の先へ向けた。


「彼は……まさか」



 ※※※



 エイジが小山を下り公道に出た時、村の入り口の門付近は完全に蜉蝣の団によって占領されていた、大きな丸太で作られた下ろし扉も自警団の詰め所も、がめつい商業ギルドの溜り場も、武装した小汚い男たちによって荒らされているのが見て取れる。

 そして残虐の限りを尽くされてまるでごみの様に路肩へ投げ捨てられている、人。


「お前ら……、なんてことを」

「なんだぁ、小僧」

「もしかしてこの村の子かい?朝から出かけてたとか、だったら運が無かったなぁ」

「変な剣なんか持って、狩りの練習でもしてたのか?」


 屋外にもかかわらず女性を三人がかりで襲っていた男たちが、足取り怪しくふらふらと近づいてくるエイジに声をかける、その女性の顔は殴られ痛めつけられ、直視したくない班別の付かない物と化していたが、その服装と髪の色には見覚えがあるった、農家を営むトーマス、その奥さんと特徴が一致する。


 その傍で腹と喉を裂かれて死んでいる男がエイジの目に入った、間違いない……トーマスだ、彼は元々東方からの移民だったがその身一つで林に面していた一部の区画を開拓し、家を建て畑を作っていた、そして奥さんと二人の子供と暮らしていた、声は大きいが気前のいいそんな男だった。


「トーマスさん……奥さん、う…うわあぁぁぁあああ」

「おいおい泣き出しちまったぞ」

「根性のねぇガキだな、死ぬ前にこのぼろ雑巾抱かせてやろうか?がっはははははは」

「ほら坊主、しゃがんでねぇで立ちな、売り物になりそうなお前は向こうだ、なんにも喋れなくなる、逆らえなくなる魔術掛けてもらったら、晴れて奴隷デビューってやつだ」

「抵抗しない方が良いぜぇ、足の健切られて金持ちの変態の玩具にされちまうぞ?可愛らしい坊ちゃんにはそっちの方が向いてるかもなぁ!」


「もういいよ」


「あぁ、なんて言った?」

「もういいって言ったんだ、僕に……触るな!」


 だらしない下半身を丸出しにしながら、剣に支えられて何とか立ってるといったエイジを連れて行こうとした男、その手がエイジの肩に触れた途端、黒い旋風が真っ赤な飛沫を巻き上げる。


 杖代わりにしていた剣を地面から抜き放ち、前のめりに倒れそうになりながらも一歩前へ、我武者羅に振り上げられた漆黒の剣、それは男の股座から一直線に油に汚れた頭の頂点まで。

 男の身体は奇麗にまっぷたつに等分され、ビチャビチャと血と内臓とその他粘性を持って光る何かをぶちまけながら、断面を上に向け左右に倒れた。


「なッ、マジかよ!こいつ……なにしやがったあああ!」

「やべぇ、お前ら手ぇかせ!敵襲、敵」


 血と臓物のシャワーを浴びながら、エイジは次に近くにいた男に向け駆けた。

 纏まった人数を呼ばれる前に黙らせたかったが、輪切りにされた男の頭部が地面に落ちる頃には、門より向こう側、村の内部にいた奴らがこの惨状に気付いて、すでに伝播してしまったらしい。


 ようやくトーマスの奥さんから汚い物を引き抜いた男も、腰に差していたナイフに手に掛ける前にその背中に一太刀、背骨ごと深く切り裂いた、確実に致命傷だ。


「……………」


 支えを失って力なく地に伏した奥さんが、一度だけ身動ぎしたが、そっと、その辛うじて無事な片目から光が消え、息が止まったことを確認した。

 エイジは彼女の髪をそっと撫でて、敵襲の声を上げる男達に向き直る、怒りが痛みを和らげる、怨みが踏み出す力を生む。


 先手必勝、人数が集まってくる前に、目に付く片端から斬り刻んでやる。





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