第7話

 三尺半程の刀身を持つその剣の、本来なら鈍い鉄色であるはずの刀身は、エイジの背後の闇に溶けるかのような、深い海の底を思わせる漆黒、一片の光も反射する事は無い刃は、制作した鍛冶師の何処までも真っ直ぐな『斬る』という願いを体現する、そんな危険な空気を、眼前で掲げまじまじと見つめるエイジに伝えてくる。

 黒き刃は中程から切っ先にかけて、文字通り血塗られた装飾が成され、ドロリとしたソレは刀身を伝い流れ、その黒色とは対照的な銀の豪奢ごうしゃな装飾が施された鍔及び柄を、血で汚す。


「ザップ!ザァアアアップ!てめぇ何てことしやがるんだこのガキィ!」

「よくもやりやがったなぁ……」


 外野の五月蠅うるさい声など、今エイジの耳には届かない。

 エイジの意識は吸い込まれそうな暗闇と、そこに美しく咲いた赤い花に夢中なのだ。


「はぁ………」

「死にやがれぇッ!」

「おぉらァ!」


 視界の端に移り込んだ不純物以下の塵芥ちりあくたに、エイジは内心で舌打ちをし。


「煩いなぁ、心配しなくてもちゃんと殺してやるから……」


「ぎッ、が……あぁ、手が……腕がぁあ」

「大人しくしててくれよなぁ!!!」

「がぎゃああああああ!」


 右から襲い来る斧の男、左からナイフを突き立てようと走る男、今でこそ盗賊の下っ端をやっているが片方は大国に吸収された寒村の自警団をやっていた人間だ、素人以上の戦闘能力は持ち合わせていた筈なのだが。

 エイジがV字に振るった剣の軌道は、その眼に欠片も映る事は無かった、一瞬の冷たさが通り過ぎ、気が付いた時には斧を持つ手が切り落とされ、全身から力が抜け、もう一人の地を踏みしめていた足は膝から下を置いて行かれ、祭壇の縁に派手に頭から転んだ。


「な、ななな……何が…あ?」

「ぎゃああああ、ああああ、ぐああああああああ!!」

「煩いって言ったろうが」


 膝から下の無い足をバタつかせて叫び続ける男に、エイジは普段と何も変わらない足取りで近付き、黒い剣を軽く振るうと、水気を含んだ呼吸音を最後に、痛みと恐怖に彩られた表情のままゴトっと、肉に包まれた陶器が転がるような音を立てて、首から切断された生首は祭壇から転げ落ちた。


「ひぃ、いいいいあああ!?」

「凄い……人間一人断ち斬っても全く切れ味が落ちてない、いや……それどころか」


 まるで霞でも斬ったのかと思うくらいに、殆どの抵抗が無い、でっぷりとした男の丸太より太い胴回りを背骨ごと切り裂いたというのに、刃こぼれ一つも無ければ、闇のような刀身に一点の曇りも無い。


「これなら、この剣なら……出来る、僕にも出来る!」

「なんなんだよ、何者なんだよお前は!?」

「同じことを何度も言わせないで下さいよ、煩いから黙れと言っているんだ……あんたには訊きたいことがある、止血は……済んでるみたいだね」

「き、訊きたいこと……?ひぃ!」


 膝を付き、輪切りにされた手首に麻紐を巻き血を止めている男の、喉元に剣先を付きつけつつ、エイジは心の何処からか止め処なく溢れ出る、歓喜にも似た昂揚を隠しつつ、冷淡な口調で続ける。


「最初に言っておきますが、妙な事は考えないように……この場所を、これ以上汚したくないから」

「わかってる、わかってるから」

「では……あんたらは蜉蝣かげろうの団、で合ってるな?」

「そう、第四隊……遊撃隊の団員が殆どだ」

「ふぅ……ん」


 第四隊や遊撃隊ってのがどれほどの物かは知らないが、随分と口が軽くなっているらしい、男の視線は突きつけられる切っ先と、周囲で無残に横たわる仲間の死体を行ったり来たりしている、エイジを子供ながら自分が敵う相手ではないと明確に理解しているらしく、盗賊にしては中々賢い頭を持っているようだ。


「じゃぁ、あんたらの目的と襲撃した人数、あと紫のローブの男について知っていることを全部話してください」

「遊撃隊の百人隊長、ガプさんの部隊だ……正確な人数ズレがあると思うが大体三十人程で来た、目的は何か探し物があるらしいが、詳しくは知らねぇ。俺らは逃亡者と目撃者を消せと命令されている……ローブの男ってのは蜉蝣の団の顧問魔術師こもんまじゅつし、エルドリング先生だと思う」

「探し物……顧問魔術師エルドリング……もっと詳しく話せ」

「詳しくって、俺はこれが入団してから初の遠出なんだ、本当に分からねぇ!」

「………………」


 アレッサンドルとエルドリングという男の会話に『太古から伝わる何か』という言葉が出てきた、恐らくその何かを探すため、なのだろうが。


「盗賊が欲しがるような宝物が、ルゥシカ村にあると思っているのか?」

「……道中で聞いた話だと、その探し物ってのは先生、エルドリングさんの用事らしい、俺達遊撃隊は略奪が第一の目的だった」

「っ……そんな、物のついでで村を!」


 簡単に怒りが込み上げてくる、まるで感情が何かに引っ張られているような感覚だ、構えられた黒い剣にエイジの怒りを体現したような、紅の瘴気が纏わりつくが、盗賊に向けられた真っ直ぐな視線はそれを映さない。


「し、知ってる事は全部話した……他に何かあるならそれにも正直に答える!」

「あぁ、そう……確かに役には立ったよ、だけどあんたらは全員殺すって最初に言ったはずだ」

「!?止めてくれお願いだ、もう…もう団も抜ける、田舎に帰るから、頼む!助けてくれ!」

「なに心配すんな、まだ三人だけど……三十人で来たんだろ?直ぐに賑やかにしてやるよ」


 エイジはそれ以上の命乞いを聞かなかった、喉に向けられていた剣を、何の感動も無く推し進めてその首に突き立てた、最後まで助けを乞うていた男は一度大量の血を吐いてから、喉元から血の噴水を上げ倒れる。


「ふぅ」


 噴出した血を軽くかわしながら、剣を一度振い刀身に付着した血を払う。

 まずは最初の一仕事を終え、これからすべきことに思いを馳せる、ドーム型の天井の青白く光る石を見つめながら思い出すのはアレッサンドルと過ごした日々だ、そしてあの男、エルドリング……奴だけは必ず殺す、この剣ならばそれも可能だ。

 そう思い装飾のなされた柄を強く握る、その時、エイジに心臓が一際大きく跳ねあがった。


「ぐッ!?なに……これ、身体が……焼ける!」


 突如敬称し難い程の激痛が、全身を襲った。

 文字通り頭の先から爪の先まで、全身を焼かれるような、無数の針で貫かれるような、全ての皮膚を剥がされているかのような、そんな耐えようのない痛みに、思わず膝を突く。


 エイジの絶叫が、部屋中に響き渡った。


 




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