第3話
五年の月日が流れた。
特別な事柄の無い平穏な時間だった、目立った不作の年も無ければ、被害の出る災害も人が死ぬような事件も無い、モンスターの襲撃なども無く実に平和な時間だったと言える。
そしてエイジは十五歳になった。
その年の秋、アレッサンドルがエイジの誕生日を秋と決めたのに大きな理由は無い、ただ出会った時の生後数か月という状況から推測して、恐らくエイジが秋の季節に産まれたのであろうと、そう考えて収穫祭と共にエイジの出生を祝っているのだ。
村民の大半が集まって、収穫を祝い来年の豊作を祈願する。
麦や冬の保存分と売り物分を残して、各々の家庭と農業ギルドがこの季節だけ張り切って主催する祭りだ、パンを焼き、季節の野菜や果実で作った料理の数々、山で獲れた動物を持ち寄って今年の収穫祭も無事平穏に過ぎ去ったのが、先週の話だ。
「ついにこの時が来た」
前年から密かに準備を進めてきた、教会の仕事や村長の手伝い幾らかの金銭を貯め、冬以外の季節ごとに訪れる行商からいろいろ話を聞き、旅立つ準備を終えた。
エイジ自身は密かに進めてきた計画なのだが、同じ屋根の下に住む同士だ、アレッサンドルにはとうに感付かれているのだろうが、それでも彼は何も言わなかった。
何も変わらぬ日常、アレッサンドルが何を思っているのかは分からないが、この変わらぬ日々こそが彼とエイジの間にある信頼の証なのだろう。
「近いうちに。ここを出る……父さんは……ううん、きっと大丈夫」
何も今生の別れとなる訳ではない、勿論物騒な世界だ、道中にはモンスターや盗賊だっているかもしれないし、偶に来る冒険者から聞いた話だと、ルゥシカ村は相当治安がいいらしい、他の村や国はここよりももっと危険なのだという。
それでもエイジの気持ちは変わらなかった、あの『王城へと至る道』をこの眼で見る、そのために今の自分は存在しているのだ、もはや狂信とも言えるかもしれない、抑えきれないその気持ちに、エイジは笑ってしまうが、不思議と心地よい、これがアレッサンドルの言う信仰なのかと想像するが、多分違う物だろう。
※※※
日が大分高くなってきた今日、狩りに向いた軽装でエイジは村の中心を歩いていた。
「おうエイジ、今から狩りに出るのか?相変わらずだな」
「暇な店番よりは忙しい朝だったさ、ノーブル、リンゴ一個貰うぞ」
「いいけど、金はどうした」
「こないだレッサバードを一羽あげたじゃないか、リンゴ一個でケチケチすんなって」
「まぁ、いいけどよ」
年も近く友人である農家と商店を営む家の息子、ノーブルと他愛ない会話と昼飯をいただいてからエイジはいつも通り山に入る。
小山に入る村人殆どいない、故にエイジの狩りの収穫は平均と比べかなり多い方だった、それをよく思わない者もいれば、ノーブルの様にそういったことに頓着しない、悪魔が封印されているという山で獲れた鳥だろうとタダで貰えるなら遠慮なく貰う、色んな人間がいる。
「そういえばメリルが朝、教会に行かなかったか?」
「来たけど……なんで君が知っているんだ」
「分かってる癖にによう、まったくモテる男の考え方は分からんね」
「あぁ、あの話はそういう」
メリルは商業ギルドのギルド長の娘だ、ギルド長とアレッサンドルは友人同士らしく、教会の仕事でも色々便宜を図ったり図ってもらったりしているらしい、そしてメリルもよく教会へ付いてきていた。
小動物の様に親の陰に隠れていた幼い日のメリルを思い出す、二つ年下の彼女の面倒を二人の仕事中に面倒を見ていたことも懐かしい。
「行商の隊が近くの村まで来てるんだっけ、今年はそれで最後だろうからな」
「そんな話だけじゃなかったろうが」
「だからなんで君が知ってるんだよ、一緒に見て回ろうかって誘われたけどな」
「おぅおぅおぅ、羨ましいじゃねぇかこの野郎、将来は安心だなおい」
「………………メリルには申し訳ないけど、断ったよ」
「はぁ!?な、なんでだよ!」
「大声を出すなよ」
「でもなんだって、別にデートくらいいいじゃねぇか、お前も行商は見て回るんだろ」
「ノーブル、いい機会だからお前にも教えておくけど」
そう一泊置いてから、周囲に聞こえない程度の声で伝える。
「僕は、近いうち旅に出る、多分次の行商を待たない、必要な物は準備したから行商を見るなら隣の村か道中か、そう言う事だから……メリルにもこの事は教えた」
「た、旅って……マジかよ、村を出るって事かよ?お前そんなこと考えてたのか」
エイジの表情から、これがおふざけな話ではなく至って真面目な、彼の本気の言葉であることをノーブルは長年の付き合いから感じ取った。
「神父様は何て言ってるんだ」
「父さんには、実はまだ言ってないんだ、だけど感付いてはいる……と思う」
「そうか、なら……俺から言う事は無いな、メリルに関しては悪かった、まさかそんな事を考えているなんて思わなかったんだ、お節介かなって思ったんだけどよ」
「いいさ、僕だってなんとなく分かってはいたんだ、それで今まで敢えて触れないようにしてきた、悪いのは僕だけさ」
「…………連れて行ってやるって事は」
「それは駄目だ、商業ギルド長の一人娘が、僕みたいな捨て子の当ての無い、そんな旅に連れて行くなんて、そんな事だけはしちゃいけない」
眼を閉じて今朝のメリルとの会話を思い出す。
(『だったら……私も、一緒に……』)
殆ど泣きながらそう言う彼女をエイジは突き放してきた、後悔はあったし迷いもあったが、本当になんの当てもない旅になるのだ、将来ある彼女を連れて行っていい訳がない。
「それじゃ、僕は行くよ、ノーブル……またな」
「せめて見送るくらいはさせてくれよ、お前はどうだか知らないけど、俺はお前を友達だと思ってるんだからな」
「あぁ、必ず」
※※※
エイジはいつも通りに、例の隠し階段を降り、王城の壁画を見上げていた。
最初は心躍る空想だった、そして次第にこの絵の国について調べているうちに、様々な事を学ぶうちに、沢山の人と話すうちに、いつの間にか……憧れへと変わっていった。
「魔術だって幾つも使えるようになった、今日は覚えたての『
魔力を手や指先に集中させて塊として発射する、基本的な魔術の一つ、魔弾。
山に入り木々の隙間から飛行する野鳥を撃ち落とした時は、思わずやったと声が出てしまったくらいだ、そして冒険者の人達から少しずつ生活する術や心構え、注意するべきことを学んだ、準備は既に完了している。
今日は、エイジは壁画を見上げるだけだった、いつもの様に祈ることをしなかった、昨日までの憧れるだけの自分とは違うのだと、何時の日かこの目でその姿を拝謁するのだと、そう固い決意を持って。
踵を返し、ドーム型の部屋を後にする、もう迷いなんかない。
帰ったらまずアレッサンドルと話そう、父さんならきっと分かってくれる、今まで悩んでいたことが馬鹿らしくなるくらい、エイジの気持ちは晴れやかだった、洞窟を出た時にはエイジを祝福するかのような一陣の風が吹いた。
その風に、何かが焼けるような臭いが混ざっている。
小山から村を見下ろす、木々の隙間から見えるルゥシカ村は、至る所から火の手が上がっていた。
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