第2話
ある日の朝の事だ、ルゥシカ村の少年エイジは村の入り口から出て東側にある小山の中を小弓と獲物を持って歩いていた、今日は偶然にも野鳥を仕留める事が出来た、
獲物が獲れればあとは帰るだけ、しかしエイジは山を下っている訳では無い、むしろ登っていた。
「やったぞぉ、それじゃあそこへ向かおう」
エイジは道など当然整備されていない山を真っ直ぐに、目的地へと向かっていく、そして不思議な事はやたらと後方や周囲を警戒しながらの登山だ。
ルゥシカ村の近くにはもう昔に廃れた鉱山があるのだが、そこへ秘密裏に遊びに行くわけでもないらしい、エイジが居る小山は鉱山の隣だった。
「よし、着いた」
茂みから顔を出したのは剥き出しになった岩肌の前、二十メートルはある断崖絶壁の麓、手近な岩に手をついて山登りで乱れた呼吸を整える、そして岩肌を沿う様にして少し進むと岩に大きく亀裂が入っているような箇所があった。
それは上手い事木々や草に紛れ隠れており、こうして明確な目的を持って探さない限り発見するのは困難だろう。
エイジはその亀裂の中に何の躊躇も無く入っていく、そこには大人位の背丈の人間が普通に立てるくらいの空間があった、そして地下へと続く穴、左右天上の壁こそ岩そのものの洞窟だが、足元は明らかに人の手が入っている段差となっている、階段が長く地下へと続いているのだ。
入り口は岩肌の小さな亀裂、当然その内部は暗い筈なのだが、階段の壁に生えている鉱石が所々光っているのだ、薄い緑と青の光が長い地下を薄暗く照らしている。
一歩一歩慎重に転ばないように気を付けながらエイジは地下へと進む。
一体どれほどの深さがあるのか、明かりの薄さと何度訪れても慣れない緊張感が感覚を鈍らせるが、相当長い道のりであることは解かる。
やがて開けた場所に出る、カツンというエイジの足音がその空間に木霊した、その空間はドーム型の概ね半円形の空間だった、その天蓋の中心には大きな青白く発光する鉱石が原石のまま取り付けてあり、その空間を不気味に照らしている。
そんな周囲に目を向けることも無く、エイジは部屋の奥に真っ直ぐ進んでいるその部屋の奥には三段程の小さな階段、その上に祭壇のようになっている場所があった、エイジは迷うことなく祭壇に上がる。
「あぁ、なんて奇麗なのだろう」
その祭壇にあったものは、一つの絵。
エイジは平面となった壁に描かれた一枚の絵、エイジの背丈の三倍はあろうという巨大な壁画の前で、祈るように手を組みながらそれを見上げる。
そこに描かれているのは城の絵だ、この壁画にあえて愚かしくもタイトルを付けようとするならば『王城へ至る道』と言ったところか。
絵の下方には賑やかで華やかで、こんな田舎の寒村では見る事の出来ない町々が描かれている、そして坂を上り絵の上方には人類の繁栄の象徴とでもいう様に
どのような技法で描かれたのか、石のキャンパスだというのに寒気を感じるほど精巧に描かれたその絵は、
実はこの小山には、ルゥシカ村で悪魔が封印されているという今どき幼い子供でも笑ってしまう様な噂というか、伝説というか、そんな話が伝わっているらしいのだ。
しかし幼いながらも幾つかの魔術を使いこなすエイジ、そして親でもあるアレッサンドルが『特に危険な気配など感じない』と公言しているのだ。
赴任されて直ぐに彼もこの小山について詳しく調査したらしいが、噂のような悪魔らしい気配は微塵も感じられなかったらしい、精々危険度の低いモンスターが稀に発生する程度だ。
そもそも本物の悪魔や魔族が人類圏であるグランシャウール大陸まで、それも国境と大国を数個挟んだこの場所まで侵攻しているなどあり得ないことだ、過去の戦いの歴史を鑑みても、そのような記録など一切ないだろう。
あり得るとするなら歴史書よりもさらに昔、
そうしてアレッサンドルもこの小山にエイジが狩りに入る事を、表立って咎めはしない、ただ気を付けなさいとだけ、村の同年代の子供たちは親がそれを許さないだろうが、エイジには関係ない。
そしてエイジがこの場所を発見したのは偶然以外のなにものでもない。
ただ突然に降られた雨を凌ぐ場所を探していた時に、偶然見つけただけ、最初は不気味にも思ったし危ないかもしれないと感じたのだが、その地下の壁画を目にしてから、そんな気持ちは全て吹き飛んでしまった、今ではアレッサンドルには悪いが、一種の信仰心に似た気持ちまで持ち始めているかもしれない。
それは
「何処の国なんだろう、村長の家の地図や歴史書、有名な伝記まで読んだけど、この国の事は載って無かった……幾つかそうかもしれないって候補はあるけど、いつか……きっとこの国のお城を自分の眼で見たい」
エイジは心に決めていることがある。
もう解かっているだろうが、いつかこの村を出て旅に行く。
そして、この美しい国を探すのだ。
決行の年は、朧気ながら決めている。
「十五歳だ、あと五年……成人の儀を終えたら、僕は旅に出るんだ……父さんには悪いけど、どうして僕はこのお城が、この国を見てみたいんだ」
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