黒剣伝説ファーヴニル 〜呪紋勇者の世界放浪記〜
超絶お父さん
第1話
グランシャウール大陸 ヴォレアース地方
エルドレッド王国の東部にその小さな村はあった。
人口にして二百人にも満たない、特別に特産といえる物も無ければ、観光に適した場でも無いため行楽に訪れる者もいない、幾つかのギルドもある事にはあるのだが、実際に働いていると言えるのは商業ギルドくらいだろうか。
冒険者ギルドも無い、勿論犯罪的な事を担う闇ギルドも存在しない、村民は日々畑仕事や各々の商店などを営み、慎ましく暮らしている。
裕福とは言い難いが、決して貧しくなく不幸などではない、今日も村のどこかで誰かが笑っている、活気のある生活。
ルゥシカ村。
それが神父見習いの少年、エイジが住む村の名前。
今日も当たり前の様に太陽が昇る、日の高さが目印となる小さな山の高さを超えたところで、村の外れにある小さな教会から一日の始まりと告げる鐘が鳴った。
「ふあぁ~~ぁ……この時間は寒いな」
教会の聖堂とは別に建てられた、所謂居住用の建物で、彼の部屋として使われている天井裏から通れる
「今日は何しようかなぁ、昨日は……野鳥を捕るための罠作って、弓の練習してたんだっけ、頑張ったんだし今日はゆっくりしようかなぁ」
頬杖を付きながら空を見上げる、透き通るような青空とはこの事か、日差しの眩しい見事な秋晴れだ、日々冷えて乾燥を感じる空気、そして涼しい朝の風に乗って……なんだろうか、何処からか自分を呼ぶ声がする。
「ん……?なんだろ」
「こらぁ!エイジッ、何時まで鐘鳴らしてるんだ、サッサと降りてこい!」
「え、あっ、やっべ」
鐘楼から下を覗き込めば、此方を見上げて顔を真っ赤にしながら、拳を振り上げるようなポーズで怒鳴り声をあげている人物がいた。
褐色の肌に短髪の黒髪、今の様子からは想像できないが、この教会の責任者であるアレッサンドル神父その人だ。
急いで梯子を下り、屋根裏から居間へと降りてきたところで、腕を組み仁王立ちでエイジを迎えるアレッサンドル。
「ごめんよ父さん、ぼーっとしてたみたいだ」
「そんなことは解かっとるわ、礼拝に来ていたロン婆さんと、シスター・ルルエが笑っておったぞ、今日も時間ギリギリに起きたのだろう、まったく恥ずかしい」
「ごめんよぅ」
「ふぅ、さっさと顔を洗って御祈りを済ませて来い、朝飯は作っておいてやる」
呆れたように溜息をつくアレッサンドルに礼を言って、エイジは冷たい井戸水で顔を洗い、聖堂にて女神の像の前に跪き、頭を垂れる、今日は他に朝から礼拝に来るような熱心な人もいないようだし簡易的なお祈りで済ませた。
「戻ったよ!ご飯ご飯っ」
「準備できている、大人しく席に着きなさい」
既に怒りも羞恥も収まったのか、黒一色の修道着に身を包んだアレッサンドルは澄ました顔で、目を閉じ着席してエイジを待っていた。
神父見習いながらも朝の礼拝を簡易的に済ませるエイジを叱るようなことはしない、彼はエイジがこの国の主神である“創世の女神”を深く信仰しないことは知っているし、敬虔なる信徒であるアレッサンドルもそんなエイジに信仰を強要しない、神父見習いという肩書も、まぁ限定的で一時的な物だ。
「恵まれた糧に感謝を、無償の愛に祈りを、全ての母なる御身に捧げます」
「捧げます」
エイジ。
そう書かれた一枚のカードと共に、十年前の冬に聖堂の大扉の前で、ボロボロの籠に入れられ放置されていた赤ん坊、こんなど田舎に何故赤ん坊が捨てられていたのか、親は村の者では無いらしい。
行商に紛れてきた冒険者か流れ者か、赤ん坊の出生は兎も角、当時ルゥシカ村に赴任してきたばかりのアレッサンドルは孤児として彼を引き取った、そして今まで共に苦楽を分かち合い、一緒に暮らしてきたのだ。
「エイジ」
「ん?なんだい父さん」
「今日は、村長様が書庫を開いてくださるそうだが、書き物などの準備は出来ているのか?」
「え、今日だっけ……」
「なんだ忘れていたのか」
「うん、ありがとう、危うく寝て過ごすところだったよ」
「しっかり学んでくるのだぞ」
アレッサンドルは感謝している、この少年と出会わせてくれた運命に。
起きて、祈り、笑い合い、時に叱り、未熟な自分の知る限り正しい道を示してやる、喧嘩をしたこともあった、そして許し合った、共に歩んだ。
二人はそれなりに幸せだった。
※※※
「よく来たの」
「うん、村長様!本日はお招きいただきありがとうございます!」
「よい、エイジや、幾つになったのかね」
「十です!」
「そうか、そうか……そうじゃったな」
朝食を終え、意気揚々と村長宅へとお邪魔したエイジ、村長は初老をとうに超えており、最近は行商等の取り付けや、商業工業ギルドとの交渉や決定権などの事務仕事に従事しており、畑仕事などは殆どを息子へと任せているらしい、そして一段落した時期などに自宅にて書庫を解放してくれるのだ。
小さい村内でこれ程本がある場所は此処くらいなので、エイジは事前に予定を合わせてこうして勉学に励むという名目でお邪魔しているという訳だ。
そして村長宅に訪問した際は必ず、彼は年齢を尋ねてくる、最初は疑問に思ったがアレッサンドルがその話を聞いて『呆けている訳では無い、それはあの方なりの優しさなのだ』と言ったので毎回、前回と変わらずともしっかり答えるよう心掛けている。
「入りなさい、今菓子でも出してやろう」
「ありがとうございます!」
室内に通され簡単な菓子を受け取り少しの雑談の後に書庫へ移動、扉のある壁以外の三面壁には、村随一というだけある天井まで届く大きな本棚に、新旧雑多で様々なジャンルの読み物が所狭しと並べられている、そして一人用の小さな机と椅子が一組ずつ。
「えっと、確か先月はこの本の途中まで読んだんだっけ、あとこれも気になってるんだ」
エイジが手に取った本のタイトル『水精霊との対話』それと『
どれも正本ではなく写本なわけだが、たまに誤字があったりおかしな文となっているが贅沢は言ってられない、本というものはどれも貴重なのだ。
「僕には水の適正はあまり無いみたいだけど、精霊との付き合い方は他属性にも通じるものがあるはず、それと身体強化は何とかものにしたいな」
エイジには魔術師としての適性があった。
これも村長宅にある適性診断機によって去年に判明したことだった、ある朝アレッサンドルが思い出した様に、そういえばと言い出して連れられた、怪しげな文字の彫られた木製の板に大人の拳大の丸い水晶が嵌め込まれた道具に触れさせられ、そして判明したのだ。
魔力を持っている人間は世界中に存在しているが、エイジはそれなりに大きな魔力を持っているらしい。
この村でも魔術の扱える人間は二十人居ない程度らしく、その中の一人がアレッサンドルというのだが彼の魔術は一種類しか見たことが無い。
その一種類を教えて貰ったきり、散々ねだったのだがそれ以上の魔術を教えてはくれなかった。
「……………」
エイジは小さな椅子に座ると、全神経を部分的に滲んでいたり、たまに誤字のある本へと集中させる、その作業は日が暮れ初め、アレッサンドルが少し怒りながら迎えに来るまで続いた。
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