水着の賢者に負けたとか四天王に噂されると恥ずかしいし

「その水着自体は悪くないと思うぞ? しかしそろそろ海にクラゲだらけの季節にその格好とはな」


 さりげなく褒めてくれた! 嬉しい! じゃない。

 今ここで引き下がってはいけないのです。


「パーフェクトスキンガードがあるから刺されませんので!」


 そういう問題じゃないのは理解しているんですっ!


「露出高めだし。場違いだし。あえて言おう。賢き者に見えないぞ、お前」

「がーん!」


 思わず口にだして叫んじゃいましたよ、私。思わず胸を隠して半身をずらしてしまう。魔王の視線が胸元に感じたのだ。恥じらいはあるのです。

 乙女はそういう視線には敏感なのですよ?

 

 賢き者にみえないって。


 イケメンに言われたらすっごい傷つくんですよ。口調が乱暴になるぐらいに。

 ずっと逢いたかった人なのに!


「夏、そろそろ終わるぞ。海の家もがらがらだ」

「知ってます……」

「痴女?」

「それ以上いわないで! 私の賢者としてのプライドは0よ!」

「おかしいと思わないのか、それ。なにゆえ危ない水着ならぬきわどい水着を着ているのだ。我が同情するレベルで」

「ふぇーん」


 半泣きになった。


 魔王にきわどいって言われた! きわどいって言われた! 大切なことだから二回言うけど! 同情されるレベルで


 確かにノースリーブですよ、この水着! ビキニですよ。フロントリボンのバンドゥトップって奴ですよ! そんなにきわどくないのに! そりゃちょっと胸覆う布細いですけど!

 肩のラインが綺麗ですよね?!

 ボトムか? ボトムがいけないのか?! この布面積が少ないボトムが悪いのでしょうか! 紐ボトムですが、紐はダミーです。引っ張ったって、脱げませんからね!

 

 落ち着け私!

 釈明せねば!


「仕方がないのです。夏のイベント『陸に上がったクラーケンを倒そう!」』でこの姿に変えた私が一番強いのです! 魔力が三倍特殊スキルてんこもりで、仲間がこの格好以外許してくれないのです!」


 私渾身の絶叫。

 夏イベが悪いんです! この業界……もとい。世の水着強キャラの皆様も、きっとラスボス戦にも水着で戦っている。その一心で今まで戦ってきました。

 

 水着着た冒険者は強いのです! 

 ええ、シリアスも何もあったもんじゃないって内心わかってますってば。


 普通の、賢者用ローブとかももちろんあるんですよ? でも、この格好が強いからって着替えることを許されませんでした。

 ちなみにするめ焼きを集めるイベントでした、ってそんな情報要らない? 失礼。


 スキン実装はよ! 

 賢者16歳の心の叫びなのです!


「ほう、水着で魔力三倍か。きわどさも三倍だがな!」


 きわどいって何ですか! ちょっぴりですよ、ちょっぴり!


「それ以上言うと泣きます。割とマジで」


 泣きたい。きっと魔王の瞳に映る私は涙目で、強気で、哀れな女だろう。


 水着に着替えた私は通常の賢者より三倍の魔力があるのだ。威力が三倍ではないので注意。


 ほら、ダメージ係数とかあって、関数とかあって、天井近くになっていくと線が緩やかになってくのよ。賢き者だからね!

 少しは賢い解説しないとね! 

 賢者アピールしないと、最近なんか賢き者って印象薄いらしいですから。


「実に残念になっておる」

「数百年ぶりの再戦なのに酷くないですか?」

「嘘はつけないからな」


 私のメンタルダメージが凄いです。


 あの三百年前より若くて綺麗になって、おしゃれにも気を遣って! 今水着だけどさ!

 もうちょっと、淡い話ができるかなーと。敵味方だから無理かなとか眠れず悩んでさ!

 魔王との再会に備えていたのに!


 あー。部屋の隅でいじいじしたいー。


「では痴女よ」

「次は言葉責めですか?! もう帰りたい……」


 この魔王ドSだったのね!

 前世の記憶は淡い思い出にしたほうがいいのかな。


「せっかく来たのに早くないか」

「これ以上はお邪魔かな、と。また人間の王国から手を引いてくれると嬉しいですけど」


 お茶でも出してくれるのでしょうか。

 ばかばか、私。何切り上げてるの。

 でも殺し合いしかしたことない間柄で何話すっていうの? 変な期待はしてはいけません。


「以前のようにか? 約束しよう。無謀な戦いを挑むつもりはない」

 

 また約束してくれました。嬉しいです。


「そもそも勇者はお前の転移魔法で直接乗り込んできたな。――我の配下を殺したくなかったか」

 

 凄い。そこまでわかっていたんですか。

 もう勇者死んでるし、寝返ろっていわないかな。国の半分もいりませんからお茶一杯ぐらいで寝返りますよ。

 真面目に検討しますよ。


「こたびの戦はネムス王国側の侵攻ですので。レベルが低い勇者があなたと戦いたがるので、連れてきました。良い勉強になったでしょう」


 以前の私の努力を無駄にした、今の王様は絶許。


「そうか。では勇者パーティーに負けたということにしてやってくれ」

「いいいんですか? 何故?」

「ふん。そやつらにもメンツはあろう。それに」

「それに?」

「水着の賢者に負けたとか四天王に噂されると恥ずかしいし」

 

 微笑みながら言っています。

 からかわれているのでしょうか。


「やっぱり息の根止めようかな」


 今の私は軽口を叩くのが精一杯。

 微笑に見惚れていたとは口が裂けても言えません。


 火の魔王こそ性格変わってないでしょうか?


「おとなしく帰ってくれたら痴女っていうの、やめようかな?」

「帰ります!」


 は! もしやこれで取引が成立してしまったのですか?


「交渉成立だな。何か言いたいことはあるか」


 私は少し考え込み、言いました。


「彼らの死体は送り返してください」

「え?」


 唖然としている火の魔王。変なこと言ったかな?


「ほら、私一人で帰ると色々問題あるし。五人の死体運ぶとかだるくてー」


 物理的に無理ですよね! 収納魔法の空間に死体とか入れたくないし。

 エコバッグに生ものいれると食中毒問題発生しますよね。収納空間の清潔さは大事です。


「棺桶にいれてやるぞ。引きずって帰れ」

「か弱い乙女に何をいうんですか!」

「それぐらいの腕力はあるだろう。先ほど我と打ち合っていたではないか。棺桶五人分ぐらいいけるいける」

「五人分の棺桶を数珠つなぎで? 絶対嫌」

「お前。こいつらにあまり仲間意識ないだろ」

「水着強要する彼らに、仲間意識もてると思います?」


 罠外し担当の盗賊のロイが反対してくれたんだけど、戦闘力一番低いから発言権ないんですよね。もしどれか一つといわれたら彼かな。


「ないなー」

「ですよね」

「残念な上に哀れな女だ。わかった。責任もってこやつらの死体は王城に送り届けよう」


 魔王が哀れんでくれた。でもまた残念って言われた。

 私の心のケアは誰がしてくれるのでしょう?


「ありがとうございます。火の魔王。また近いうちにお会いできたら」


 殺し合いしている敵に何をいっているのか、私は。


「うむ。待っておるぞ。シアン」


 あれ? いいの?

 しかも名前呼んでくれた! 凄く嬉しい! それだけで幸せな気分になれました。


 は。いけないいけない。あくまで私は敵。そうしないとこの魔王に対しても失礼になってしまう。不器用な自分が恨めしいです。


「わかりました。約束破ったら苦しんで死ぬ呪いをかけときますね。次来るとき解呪します」


 これで口実ができた! 私賢い!


「性格も悪くなってないか? やっぱりお前が一番怖いわ……」


 引いてる! 魔王引いていますよ! なんで?!


 こうしてラストバトルは終了したのです。


 ですが私は聞き漏らしてしまったのです。魔王のつぶやきを。

 


 ◆ ◆ ◆



「ようやく再会できたというに、アレットめ。あのような残念賢者になりおって…… 最後まで殺し合いするにはいささか興が削がれるよな。しかしあの姿もなかなか良い。ならば海にでもいけば茶にでも誘えようというのものか?」


 懐かしむような。微笑むような、嬉しそうな魔王のつぶやきを、私は見ることがなかったのでした。

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