キャストオフじゃないから!

 勇者に追放された翌朝。

 あの戦いから一週間経ちました。


 宿屋を出る私に、店主の娘さんがびっくりしていましたね。

 麦わら帽子に胸元がよく見える水着、上から羽織ったカーディガン。デニムの短パン。

 明らかに冒険者ではなく、海辺の海水浴客です。


 火の魔王との再会の約束は果たしたいですね。

 私はすぐさま王都を出ようとしていました。


 いまさら賢者様ーっていわれるのも辛いす。

 あれか。スローライフって奴を送るのも悪くないかな、なんて。

 流行の錬金術師でもいいかな。


 そして町を歩いていた私は改めて実感します。

 あなたたちのために可愛い水着を着ているわけじゃない、って言いたいのです。


 この格好、ものすごく注目を集めますよね。

 可愛いは正義とはいうけど、ね。


 そう。逆説的にいえば場違いな水着スタイルの私を賢者だと思う者はいないのです!

 ……変な声掛けも多いのが少々うっとうしいですけど。


 きわどい水着が悪い? 言わないで。

 世の中性能というのは大事なのです。

 絶対性能はコスパより重視されるべき!


 あれ? 町中で凄い喧噪が…… 何があったのかな。


「うわー。誰か助けてー!」


 悲鳴。

 空を見上げると、ドラゴンの大群……?

 まさか。火の魔王……ではないですね。彼は私の契約を破ると体が爛れて死んでしまう呪いをかけました。

 

 そうか。火の魔王が封じられたからか、他の魔王との均衡が崩れたのか。


 私は走り出す。勇者たちがあのドラゴンの大群を相手にできると思いませんし、とっくに逃げているはずです。

 

 私が向かうは――城。


 王城の門番と対峙する。


「何者だ! 下着であやしいやつめ!」

「これは水着! 私は青の賢者シアン。門を開けなさい」

「なんでこんなさなかに水着でうろついているんだ! あやしいやつめ!」


 ですよねー。


「いや、俺しっているぞ。この方は確かに青の賢者様だぞ」


 もう一人の兵士君、ナイスフォロー! あとでサインあげようかな。


「賢者って! 麦わら帽子に水着とか、明らかに場違いすぎだろ。賢き者にみえない!」

 

 それを言われるととっても辛い。真剣に賢者やめようかな。

 しかし、めげない。


 助けることができる命は、できる範囲でがんばるのです。


「あのドラゴンの群れを追い払います。もしどうしてもというなら帰ります。あなたたちでなんとかしなさい」

「ちょっとまって! そんな王都の命運をパスしないで?!」


 兵士が悲鳴をあげた。

 追い返されるなら仕方ないよね。でも私は守りたいのです。交渉はします。


「青の賢者様。お通りください。お前は将軍閣下に連絡しろ。俺は賢者様とついていく」


 もう一人の兵士が緊迫した顔でいう。確かに毎回この格好を説明するのは辛い。ここは彼に甘えよう。


「わ、わかった」

「よろしくお願いします」

 

 兵士に指示し、私は城壁の上に立つ。ドラゴンが旋回している。威圧行動だろう。


「青の賢者よ。久しいの。その格好はどうした」

 ディオン将軍が現れた。壮年の渋いおじさんだ。


「ええ。勇者様に命じられて水着に。一番戦闘力が上がりますので」

「ちょっと何言っているか理解できない。だが戦闘力があがるので否応なしにその格好か」

「はい」

「王子――勇者はどうした?」

「知りません。水着を理由に追放されましたので」

「ますます意味がわからない。勇者が水着のままと命令したんだろ?」

「はい。ですが、シリアスな場にそぐわないという理由で追放されちゃいましたよ」

「馬鹿王子が……」

 

 将軍が呆れかえって顔を覆っている。

 ええ。本当におかしいと思います。


「ドラゴンは何か要求していますか?」

「ネムス王国の全面降伏だ。土の魔王のしもべらしい。火の魔王がいなくなったからな」

「火の魔王を封じたと思ったらそれですか…… わかりました。責任もってあのドラゴンたちを倒しましょう」

「いけるか。奴らエルダードラゴン。かなりの力だぞ。王が会議中だ。降伏も含めてな」

「撃退してもいいのですが、土の魔王を敵に回しますよ。どうします?」

「土の魔王は残虐な男と聞く。降伏はしたくないな」

「私、追放されちゃったので賢者やめるつもりなんですよ」

「いきなり何? やめないでよ?!」

「最後の大暴れ、行きますね」

「ちょ! まっ!」

 

 ディオン将軍が何か言いかけたけど、気にしないことにした。


「そこのドラゴン。命が惜しければすぐに引き返しなさい」


 堂々たる威厳をもって私は宣言する。

 浮遊の術で、ドラゴンたちと同じ高さまで飛んでいる。


「ん? 人間の小娘が。何を粋がっている」

「無駄な殺生は好みません。土の魔王のもとへ引き返しなさい」

「はん。死ね」

 

 問答無用でブレスを吐いてきました。巨大な火の玉です。

 ドラゴンにとって人間はネズミのような害獣のようなもの。仕方ありませんね。


「ふん!」

 

 ブレスにあわせてパンチ一発。霧散しました。

 これは気……じゃない魔力の応用でして。


 タイミングをあわせて魔力を込めて殴ると飛び道具系の魔法や特殊攻撃は消せるのです。

 ライトニング系はかなり難しいですが、ブレスなら余裕っち。じゃない。余裕です。


「な!」


 ドラゴンが驚愕する。これは一部の者しか使えない対抗策ですからね。驚くのも無理ありません。 

 

 都の住人が天空の私を見上げている。

 まずい。ちょっとまずい。


 痴女が空中飛んでいると勘違いされたら非常に困ります。


 そうだ! 


 私は思いきって名乗りをあげることにしました!


 そこで水着特有のプリズムエフェクト発光! 私の周囲に七色の光が浮かび上がります。

 私のパラメータみたら名前はきっと金色!


「私は青の賢者シアン! 魔を討つ者なり!」


 決まった! 拡声魔法も使っておいた!


 耳を澄ますと皆の希望の声が私に届く……


「なんだあのスケスケの服に下着は! 痴女かよ!」

「この町中に水着に麦わら帽子とか変質者?」

「青の賢者様ってあんな破廉恥でしたか? 裸で戦うとか無理だから! 逃げてー」


 私の顔に縦線が浮かぶ。一気に絶望に陥りそうになります。


 みんなひどいよー。

 

 この水着、可愛くないの? え、そんな場合じゃ無い?


 油断しました。別のドラゴンのブレスが直撃しちゃいました。

 ちょっと痛い!


「はうわ!」

「ほらいわんこっちゃない! 空飛ぶ痴女さん! 目の保養にはなるけど逃げろ!」

「一人でドラゴンに立ち向かうって無理ですよぅ! 賢者様!」

「ああ、服が燃えてる! みえちゃう! みえちゃう! ドラゴンもっとやれ!」


 おい。ドラゴン応援してやがる野郎は誰ですか。あとでお仕置きしようかな。ちょっと視線を逸らしてロックオンしたい。


 ですが、麦わら帽子とカーディガンとサンダルは燃えました。


「賢者がキャストオフしてるぞー!」

 

 キャストオフじゃないですから!


 だがしかし!


 今の私は!

 

 水着に素足――ゆえに最強なのです!


 ゆえにの使い方間違ってる? 外連味は必要ですよ!


「雷光! 最大レベル!」

 

 私は指先に魔力を集中し、ドラゴンに向かって放つ。


 ドラゴンは巨大な雷に貫かれ、落下していきます。

 落下地点は王城付近だから、下には誰もいない。ちゃんと確認しているんですよ。

 仰向けになって二度と動かないドラゴンに、ドラゴンたちも人間の兵士たちも無言になりました。狙いは成功のようです。


「馬鹿な!」


 別のドラゴンが驚愕する。一撃で殺すとは思わなかったのでしょう。


 ええ。殺生は嫌いです。あえて実力差をみせつけてやりました。

 これで引き下がってくれるといいんですが。


「お前は何者だ……」

「言いましたよ? 青の賢者シアン。あなたがたを狩る者です」


 今度は低い声でいってやりました。

 ドラゴンの体がぴくり、震えたのは気持ちが良いですね。

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