愛すべき幽閉⑨
──わぁぁぁあああ!!
「んっ……?」
なんだか周囲が騒がしい。
「うっ……!」
重い瞼を開けると、眩しい明かりが目に当たる。
「ここは……恋戦の会場……?」
明るさに目が慣れたので周囲を見渡してみると、記憶に新しい恋戦の会場に俺は居た。
しかも何故か観客席には多くの観客たちがいる。
(これは一体……?)
頭の中に疑問符を浮かべながら周囲を見渡す。
「おはようございます赤井くん」
困惑している俺に先生が話しかけてきた。
「先生っ! この状況は一体どういうことなんですか!」
先生に問い詰めようと動こうとした時に、現在の自分が椅子に座らされて縛られていることに気付く。
「私も詳しくは知らないんですけどね。小野さんが貴方を連れてきて、いきなり恋戦の申請をしてきたんですよ」
先生も詳しい事情を知らないのか、簡単な説明はしてくれたがイマイチ全貌は分からなかった。
「火燐が……恋戦? 一体誰と?」
昨日から色々な事がありすぎて頭が追いついてこない。
「一年生の甘玉
先生が告げた名前には聞き覚えがあった。
(甘玉……環……。確か告白大会の日の最後に放送を使って俺に告白してきた子だ)
結局あれ以降向こうからのアクションは無かったが、その子が火燐と恋戦をするなんて。
「恋次〜〜〜〜!!」
「ぐふっ!?」
後ろから火燐の声が聞こえてきたかと思うと、そのまま勢いよくタックルされて椅子ごとその場に倒れる。
「恋次、大丈夫だった? どこも痛いところない? アイツに変なことされなかった?」
「いや、今絶賛身体を打って痛いです……」
涙目になりながら俺の身体をペタペタと触って状態を確かめてくる。
「……ってアイツって誰のことだ?」
誰のことか思い当たる節がないので聞いてみる。
「アイツよ……。甘玉環とかいうやつ……。アイツは絶対にユルサナイ……。二度と恋次に近づきたいという気すら起きないほどに叩き潰してアゲル……」
目のハイライトを消しながら不穏なことを言い出している。
「お、おい……。あまりやりすぎるなよ」
自分のパートナーが事件を起こさないように釘を刺しておく。
「だって恋次を監禁してたのはソイツなのよ! そんなことするなんて……生かしておけないじゃない!」
「……え?」
サラリととんでもない事を告げられた気がする。
「い、一体誰が俺を監禁してたって?」
震える声で聞き返す。
「だから甘玉環よ。アイツが昨晩、恋次を襲って自室に監禁してたのよ。私が恋次の服に付けておいたGP……ゴホン。恋次のスマホから来た連絡を不審に思って捜索してたのよ」
今何か不穏な単語が聞こえたが、どうやらあの監禁から助け出してくれたのは火燐のようなのでこの場は問い詰めないでおこう。
「よいしょ。小野さん。そろそろ恋戦が始まりますから所定の位置に戻ってください」
先生が俺を起こしながら火燐に戻るよう告げる。
「分かりました……。恋次待っててね。私が絶対に救い出すから」
火燐が俺を抱きしめてから帰っていった。
「あのー、先生? 今更なんですけど、どうして俺は縛られてるんですか?」
最初から疑問に思っていたことを聞いてみる。
「あぁ、そのことですか。もう少ししていれば分かりますよ」
そう言って先生も離れていった。
(これから一体なにが始まるんだ……)
その疑問はすぐに解消された。
「それでは今から小野火燐、甘玉環の両名による恋戦を始めます」
先生がマイクを使ってアナウンスを始めた。
「今回は二人による争奪戦をしてもらいます。対象はそこに座る赤井恋次くんです」
そう言われた瞬間に、俺のいる場所がライトアップされた。
(そ……争奪戦だって!?)
「ていうか俺の意思は無視!?」
思わず声が漏れてしまった。
「決着はどちらか対象にキスをした時点で終了となります」
俺の声を無視して先生は説明を続ける。
てか、なんだその決着方法は。
「では二人とも準備はよろしいですか?」
ステージから降りた先生は両端にいる二人に問いかける。
「いつでもいけるわ」
「……はい」
二人ともすでに臨戦態勢に入っていた。
「それでは恋戦……開始ッ!!」
ダッ。
開始の合図とともに二人とも俺に向かって全速力でダッシュしてきた。
「恋次は絶対に渡さない……!!」
「……フフッ……ウフフ……」
今にも人を射殺しそうな目つきをした火燐と不気味な笑い声を上げる環さんが走ってくる。
どうしよう、今すぐこの場所から逃げ出したい。
下手なホラー系のアトラクションよりもリアルな恐怖を感じさせてくれる。
「アハハッ、貴女は絶対私に勝てないわ。特に……こと恋戦においては、ねっ!」
狂気的な笑みを浮かべながらかけ声とともに火燐は巨大な炎を環さんに向かって放つ。
「……!!……ッ!」
その巨大な炎に環さんは驚いた表情を見せながらもギリギリの所で回避した。
「チッ、外したわね。……まぁいいわ。貴女はそこで無様に這いつくばっていなさい」
軽蔑した視線を環さんに向けながら火燐は俺の方へと走ってくる。
「……クスクス」
回避した姿勢で這いつくばっていた環さんが笑みを浮かべた。
(なんだ? なにかする気なのか?)
火燐からは俺がいることで死角になっている場所で環さんが地面に両手を置く。
ゴゴゴゴゴ。
「いっ……たぁ! なによこれ!」
環さんが手を置いた場所が青白く光ったかと思うと、火燐の行く手を遮るように氷の壁がせり上ってきた。
「……そこからこっちは私と彼の場所……。……貴女の居場所は……ない」
それだけ言うと環さんは再び俺の方へと走ってきた。
「調子にぃ……乗るなぁぁぁ!!」
火燐はその場に両手の拳を地面に叩きつけたかも思うと、地面から何本もの火柱が立ち上る。
「大体、なんでアンタが能力を使えるのよ! これは気持ちが通じあったパートナー同士でしか……まさか!?」
何かに気付いた火燐が俺の方に目線を向ける。
「……えぇ、そう……。貴女の想像通り、私と彼の想いは通じあっている」
頬を染め、両手を頬に添えながらそんな事を言ってくる。
「はぁ!?」
火燐から困惑の声が聞こえてきた。
また観客席の方からもザワザワとした声が聞こえてくる。
「あ、アンタ今まで恋次と関わりなんかなかったじゃない! 一体いつ気持ちが通じあったって言うのよ!」
環さんが能力を使えることがよほど予想外だったようで、火燐は焦ったように声を上げる。
「……確かに私は彼との関わりは少ない……。……だから私は種をまいた」
環さんはニヤリと笑う。
「……告白大会の時に彼に告白をしたことで、彼の中で私という存在が生まれた……」
氷の塊を空中に生み出しながら彼女は話を続ける。
「……後は簡単。私は彼のことを世界で一番愛してる……。後は彼が私に好意を抱いてくれれば能力は使える……。……もっとも能力が使えるようになったのはついさっきの事」
数十個の氷の塊を生み出した環さんは狙いを火燐に定め、いつでも発射出来る状態にしている。
「ということは……つまり……」
火燐がその場でフラフラとしている。
「恋次がアンタに今さっき好意を抱いたとでも言うの!?」
半信半疑で火燐が問いかける。
「……フフッ……。そういうこと……」
挑発的な笑みを浮かべながら環さんは応える。
「そんな……。……恋次ぃ? これは一体どういうことかしらぁ?」
そして火燐の矛先は今度は俺の方へ。
「えっ!? いやー、それは……その……」
トラやライオンなどの肉食動物でも逃げ出しそうなほど鋭い目で睨みつけられた俺は言葉に詰まる。
「早く言ってほしいなぁ〜。今言ってくれたら焼き加減はレアで済ましてあげるっ♡」
語尾にハートを付けてはいるが実質的な死刑宣告だった。
「……だって仕方ないじゃぁん! 告白なんて火燐のを除けば人生で初めてなんだからさぁ! そりゃ俺も浮かれてそうなるよ!」
観念した俺は開き直って大声で話し始める。
「そりゃ確かに監禁なんてされた時はビビったさ? でもさっきチラッと環さんを見た時すっごい美人なんだよ? 男ならそんな子に好意を持たれて嬉しいと思うのは仕方ないじゃんかー!」
言いたいことを言い切った俺は、息を切らしながら火燐からの死刑を待つのみとなった。
「ふーん、そう。へぇー、そうなんだ」
感情のない声が会場に響く。
「じゃあ、最後にもう一つだけ聞くね?」
火燐がこちらをジッと見つめてくる。
「私の事は──どう思ってる?」
俺も火燐を見つめ返し、大きく息を吸って答える。
「もちろん大好きに決まってるだろぉぉ!!」
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