第29話 引っ越し祝いの品
ハウリン村にやってきて三日目。
朝食を食べ終わった俺は、昨日作った畑で畝作りをすることにした。
昨日は肥料を混ぜ込んで、アンドレの家の周りの雑草を切断していたので作業が途中だったのだ。
一つの畝が大体五十センチ程度なので、この畑だと少し余裕を持たせたとして六列は作り上げることができるな。
亜空間から鍬を取り出すと、土を掘り上げて丁寧に畝を作り上げていく。
「やっぱり、こうやって何かすることがあるというのはいいな」
仕事や家事とは違った趣味だろうか。自分のやりたい事に打ち込める時間があるというのは幸せだ。
長期間の休みや自由時間にまだ慣れていないので、こういった趣味があると時間にメリハリもつく。
それに転移を使うことが多いので一般人よりも少し運動不足気味だ。こうやって、きちんと身体を動かさないとな。
「あら、もう畑を作ってるだなんて偉いね!」
四列目の畝作りをしていると、不意に声をかけられた。
思わず振り向くと、そこには見覚えのあるおばさんとおじさんが立っていた。
「あっ、テイラーのお母さんとグレッグのお父さん」
「前に会った時は名乗っていなかったね。あたしの名前はアンゲリカだよ」
「……グリフだ」
そう改めて名を名乗ってくれたアンゲリカとグリフ。
以前、テイラーとグレッグというハウリン村出身の冒険者が、頼んだ依頼の届け先がこの二人だったのだ。
「お久しぶりです! こちらでも住むことになったというのに挨拶が遅れてすみま
せん」
「そこまで気を遣わなくてもいいよ。引っ越してきて間もない時は忙しいものだからね。むしろ、あたしたちの方こそ急にやってきてごめんよ」
「いえいえ、引っ越しの準備は終わりましたので大丈夫です」
「早速、畑づくりをしているところを見るとそうみたいだね」
「……なにを育てるんだ?」
ここでずっと口を閉じていたグリフが作っている途中の畝を見ながら尋ねてきた。
「まずは簡単なネギとガガイモをやろうかと」
「……ガガイモを育てる畝はもう少し高くした方がいい。根が大きく広がる」
「ありがとうございます。そうしてみます」
「ああ」
どうやら俺が作っていた畝は少し低かったようだ。
グリフのアドバイス通りに、後でもう少し土で盛り上げておくことにしよう。
「……それとこれをやろう」
グリフは満足げに頷くと、唐突に肩に背負っていた麻袋を渡してきた。
「これは?」
「……先日の依頼の礼と引っ越し祝いだ。うちで作った食器を入れてある。よかったら使ってくれ」
袋の中を覗くと木屑がクッションとなっており、中には布に包まれた何枚もの皿が見えていた。
「あたしからは自家製のバターとチーズさ」
アンゲリカがそう説明するなり、抱えていた丸い木箱を二つほど渡してくる。
麻袋で片手が塞がっているので開けられないが、中々に重量感のあるバターとチーズだ。
「グリフさんは家で食器を作っているんですか?」
「ああ」
「チラッとしか見えませんでしたけど、すごくしっかりしたお皿ですよね。こんな物が作れるなんてすごいです!」
前世でも今世でも俺は基本的に商品を売るという仕事をしている。
つまり、誰かが生み出したものを売りさばくだけで、自らが生み出す側に回ったことは一度もない。そんな自分からすれば、何かを無から生み出す人というのは尊敬に値するものである。
「……これくらい誰でも作れる」
「照れてるね」
「……照れてない」
少し相好を崩していたグリフであるが、アンゲリカに茶化されて即座に顔を仏頂面に戻した。ご近所さんだけあって気兼ねしない関係がいいな。
「アンゲリカさんの家では牛や羊でも飼っているんですか?」
「ああ、そうだよ。うちでは羊をたくさん飼っていてね。それらは羊のミルクからできたものさ」
「ああ、家畜を育てるっていうのもいいですね」
「家畜の中でも羊は特に楽だね。安定して毛が生えてきて、ミルクも出してくれるし、食肉としてもいけるからね」
「そ、そうですね」
軽い気持ちで言ったら、予想以上に現実的な飼育理由が返ってきてしまってちょっと驚いた。
「クレトも余裕ができたら何か飼ってみな。それじゃあ、あたしたちはそろそろお暇するね」
「新しい生活を頑張れよ」
「はい、お二人ともありがとうございます!」
アンゲリカとグリフはそう声をかけると、飄々と去っていった。
軽く頭を下げてそんな二人の姿を見送ると、アンゲリカのバターとチーズは亜空間に。グリフから貰った食器は種類分けして家の食器棚に入れておいた。
アンゲリカ家のバターとチーズを少し見てみたが、とても大きくて濃厚そうだった。
バターは料理やパンに塗って食べることができるし、チーズだって万能の材料だ。
ただ炙って食べるだけでも十分に美味しいだろうな。
グリフの作った皿は、家にはない種類のお皿だったのでバリエーションが増えてとても嬉しい。
美味しい料理はいい皿からっていうしな。食事をする時の楽しみがまた一つ増えたものだ。
「にしても、皆しっかりとした役目を持っているんだな」
アンドレは腕っぷしを生かして狩りをし、村の警備をしている。ステラやニーナは畑で色々な作物を育てている。
アンゲリカは羊を育ててバターやチーズ。
グリフは食器類を自分で作ることができる。
それぞれが自分の方法で生きていく方法や強みとなるものを見せていた。
彼等が互い助け合い、物々交換をすることによってハウリン村での生活はできている。
自分は何か皆の助けになることができているのだろうか。
「こんにちは、クレトさん」
「あ、リロイさん」
そんなことを考えながら畝を作っていると、ハウリン村の村長であるリロイがやってきた。
「クレトさんの様子を見に来たのですが、なんだか浮かない顔だね? どうかしたのかい?」
考え事をしている顔を見られてしまったのだろうか、リロイがどこか心配そうにする。
俺は少し話すかどうか迷ったが、そこまで大きくて言いづらい悩みというわけでもないし素直に話してみることにした。
「実はさっきアンゲリカさんとグリフさんが様子を見にきてくれたんですよ」
「おお、そういえば前回の依頼で彼女たちとは面識があったね」
「その時に引っ越し祝いの品を貰ったんですけど、アンゲリカさんは羊を育ててチーズやバターを。グリフさんは自分で作った食器をくれました。そんな彼女たちと比べて、俺はハウリン村で何か役に立てることがあるのかって思いまして」
俺は二拠点生活を送っているが故に、ずっとハウリン村で何かをするという事ができない。
つまり、アンゲリカさんたちのように本腰を入れて何かを作ったり、作物を育てるということができないのだ。
せっかくこのようないい村にやってきたのに、俺だけずっと貰う側というのも申し訳ないものだ。
そんな俺の悩みを聞くと、リロイは神妙に頷いた。
「村の役に立ちたいというクレトさんの想いは大変嬉しい。だけど、そこまで生き急がなくていいんだよ?」
「生き急ぐ?」
「ハウリン村は御覧の通りの田舎だ。人は少なく店の種類や遊ぶ場所もない。そんな小さな村故か、子供が生まれ育っても大きな街や王都に移住してしまう若者も多い」
確かにテイラーやグレッグのように田舎の生活に退屈さを覚えて冒険者になるものも多いだろう。
俺としてはこの静かなまったりとした生活がいいのだが、若者がそれを悟るというのも無理があるか。俺だってもう二十七歳だし。
「そんな中、王都に住んでいたクレトさんがわざわざうちの村を選んで移住してきてくれた。それだけでも私たちからすれば嬉しいものだよ」
「……そうなんですかね?」
「ああ、アンゲリカやグリフが顔を出しているのもその証だ。久しぶりに外から若者がやってきて嬉しいんだ。だから、クレトさんはそんな風に考えなくてもいいんだよ。まずは自分の生活を楽しんで、余裕があればクレトさんなりに貢献できる何かをゆっくり探せばいい」
「ありがとうございます。もう少し気楽に考えてみますね」
「ああ、そうするといいよ」
村長であるリロイにそう言われると、なんだかすごく安心した。
こんな風に言ってくれる人が身の回りにいるなんてなんて幸せなことだろう。
やっぱり、ハウリン村にやってきてよかったな。
俺はリロイとなんてことのない会話を続けながら、しみじみと思うのであった。
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