第28話 畑づくり
ハンモックでのんびりと過ごした翌日。
俺はアンドレの家の傍にある畑にやってきていた。
「どうしたんだクレト? 畑なんて見てよぉ」
「うちでも何か育ててみたいと思いまして」
「あー、最初に来た時に何か作物を育ててみたいって言ってたな」
俺が初めてハウリン村に来て言った話を思い出したのか、アンドレが納得したように頷く。
育てる参考としてアンドレ家が育てている作物を覗きにきたわけである。
「よし、それなら約束通り、俺が手伝ってやろう。ちなみにクレトは農業の経験はあるか?」
「……恥ずかしながら家で小さなものを育てたことがある程度です」
生憎と前世は農家の息子というわけではなかったので、まともに畑で育てた経験もない。精々が中学生の家庭科の授業や、家庭菜園で育てていたプランター程度だ。
この経験ならば、初心者といっても過言ではないだろう。
「それなら最初は簡単なやつから始めた方がいいな」
「今からでも育てられる初心者におすすめの作物とかありますか?」
「……クレトの場合は転移で王都に行く日もあるし、毎日世話しないといけない奴はダメだな」
「そうですね。できれば、あまり手がかからない作物がいいです」
自分は農業については初心者だ。それにずっとハウリン村にいるわけではなく、王都でしばらく過ごしていることもある。毎日欠かさず手入れをしないといけないものでは難しい。
理想をいえば、適度な世話だけで勝手に成長してくれる作物がいい。
それって農業の意味があるのか? などと言われてしまいそうだが、それでも俺も何か作物を育ててみたい。
「うーん、あまり手がかからない作物かぁ」
「それでしたら、ネギやガガイモがいいのではないでしょうか?」
アンドレが腕を組んで唸っていると、ステラが声をかけてきた。
「あー! 確かにそれだったらクレトでも何とかなりそうだな!」
「そうなんですか?」
アンドレはピンときているようだが、それらについて知らない俺はピンとこない。
「ネギは植木鉢やバケツなんかの小さなスペースでも育ちますし、ガガイモは植えてさえしまえば勝手に育ちますので、忙しいクレトさんでも大丈夫だと思います」
「なるほど。確かにそれなら俺でもできそうな気がします」
「畑にいくつか植えてありますので見ていきますか?」
「是非、お願いします」
実物があるのなら見ておきたい。その方が育てる活力になるし、イメージも湧きやすいからな。
ステラに案内してもらって畑の奥に進んでいく。
すると、青々とした太いネギがズラリと並んでいた。
「これがうちで育てているネギです」
「…………想像していたネギよりもデカいんですけど」
ネギという名前がついていたのでネギだとは思っていたが、自分が想像する三倍は太い。
色々な場所に転移してきたが、こんなに大きいネギは見たことがなかった。
前世であった品種改良の施されたブランドネギとかに匹敵するような大きさだ。
「そうか? この辺りではこれくらいのサイズが普通だぜ?」
「他の地域では違うのですか?」
アンドレとステラにはそのような自覚がないのか首を傾げてきょとんとしている。
まるで、これが普通のネギだと言わんばかりだ。
「他の地域ではこれくらいの大きさでもっと細いですよ」
「なんだそれ? 本当にネギか? ただの雑草なんじゃねえか?」
「それは小さいですね」
試しに一般サイズを手振りで伝えてみると、アンドレとステラは驚いている様子だった。というか、アンドレ。雑草は酷いと思うぞ。
「ちょっと齧ってみるか? このままでも美味いぜ?」
「では、いただきます」
アンドレがネギを引っこ抜いて半分に割ってくれたので、俺はそのままかぶり付いた。
「甘っ!」
まるで最初から煮込まれて甘みが増しているネギのような甘さだ。そこに青臭さというものはほとんどない。
「煮たり焼いたりしても食べられるが、そのままでも美味いぜ」
「料理にも便利で、ついおかずの一つとして加えたり、薬味にもなったりします」
「育てやすくて料理にも使いやすいっていいですね!」
ネギであれば、どのような料理でも使うことができる。育てたはいいが使いづらい作物とかだと困るしな。
「次はガガイモです」
ステラに案内されて移動すると、今度の整然とした畝にガガイモの葉が生えていた。
「こいつらはなんといっても丈夫だからな。多少、世話をサボっちまうことがあっても生き延びる。世話も最低限でいいから楽だな」
「普通のジャガイモより長細いのが特徴です」
そう言ってステラが生えているガガイモを一つ掘り出してくれる。
普通のジャガイモは丸々としているが、ガガイモは楕円形となっており少し細長い。
ジャガイモとさつまいもの中間的な大きさだ。
「こんな感じですがいかがです?」
「二人の説明を聞いていると、この二つなら育てることができる気がしました」
「では、種と苗をお裾分けしますね」
「いいんですか?」
「うちにはたくさんあるから気にすんな」
「ありがとうございます!」
◆
アンドレとステラからネギ(特大)とガガイモの苗が入った植木鉢と、種を貰った俺は、ひとまず自宅に戻る。
ひとまず植木鉢のものはこのままでもしばらく育てられる。というか、その気になれば、植木鉢の中でも育てられる作物だ。
しかし、どうせなら畑を作って自給自足をしてみたいと思うのが俺の心なので、これで満足せず、将来のために畑づくりを開始することにした。
作るのは家の裏口だ。とはいえ、家の傍ではイスやテーブルを設置したのんびりスペースとなっているので、少し距離を離したところに作ることにする。
アンドレにおすすめされた横三メートル、縦四メートル程度の広さにする。
どこの一軒家の庭でもできる家庭菜園という程度の広さだ。
いきなり巨大な畑を作って管理することは難しいからな。慣れて余裕ができれば広げればいいのだ。
ロープを敷いて、畑の大きさを正確に定めると、次は鬱蒼と生えている草の除去だな。
「ん? 待てよ?」
亜空間から草刈り鎌を取り出したところでふと思った。いちいち、鎌で草を刈っていくよりも空間斬で一気に刈り取ってしまった方が速いのではないかと。
「空間斬」
ロープで区切った範囲に生えている草に狙いを定めて魔法を発動。
草の根元から地面すれすれの空間を切り取ると、現実にもそれが反映されたのか草が一斉に根元で切断された。
「おお、これは楽だな」
あっという間に畑に生えている草を切断してしまった。まだ根が残っているだろうが、それは鍬で土を耕してしまえば、簡単に掘り出せてしまうだろう。
一番の苦行ともいえる作業を大幅にカットできたのが嬉しいものだ。
切断された草木を集めて畑の端に寄せてしまう。それから亜空間から鍬を取り出すと、土を耕していくついでに根を除去していく。
「うん? 土の掘り起こしも空間歪曲でできるんじゃ……いや、あれはなんか危ない気がするからやめておこう」
できそうな気もするけど、畑が変になりそうなのでさすがに自重することにした。
大人しくザックザックと鍬を突き立てて土を掘り起こす。やるべき作業はただそれだけ。かなり地味であるが、この単純な作業が嫌いではなかった。
自然に囲まれながらこうやって鍬を振るうことに憧れていたからな。
「おーい、クレト。うちで使っている肥料を分けてやるから、今度耕した時に混ぜて――って、もう耕してるのか?」
「あ、アンドレさん! ありがとうございます!」
土を耕していると、アンドレは肥料の入っているらしい麻袋を持って声をかけてくれた。
「てっきりまだ草刈りをやってると思ってたんだが……」
「面倒な草刈りはちょっと魔法で楽しちゃいました」
「……どんな魔法を使ったんだ?」
アンドレが尋ねてくるので、俺は畑の周りにある草に空間斬を発動。
すると、先ほどと同じように草がひとりでに切断された。
「こんな感じです」
「……この肥料やるから、うちの庭の雑草もそれで除去してくれねえか?」
「分けてくれるんじゃなかったんですか?」
「交換条件だ」
ついさっきまでは、無料でくれるような雰囲気を出してきたというのに。
作物を育てるのに力を貸してくれるのではなかったのかと問いたいが、既に相談に乗ってもらい種や作物までも貰っている様だ。さすがにこれ以上厚かましいことは言えなかった。
「じゃあ、肥料を使った範囲分の草だけ除去することにしましょう。それで対等ですね」
「おいおい、そりゃ細かすぎないか!?」
「冗談ですよ。引き受けますけど、俺がやるのは刈り取りまでですからね?」
そこまでは魔法で楽にできるので広範囲でも構わないが、根元まで駆除するのは鍬などを使う必要があるので、ちょっと重労働だ。
「ああ、助かる。それにしてもおっかねえな。冗談でも商人相手に交渉なんてするんじゃなかったぜ」
「大丈夫ですよ。本当の商人はもっと怖いですから」
「……それ、全然安心できねえよ」
その日は、自分の耕した畑に肥料を混ぜて、アンドレ家の自宅周りの雑草を空間斬で切断してあげた。
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