第30話 トマト農家のオルガ

 畝を完成させてネギとガガイモの種を撒いた俺は、気分転換に散歩に出かけることにした。

 ハウリン村にやってきてまだ日が浅く、この辺りの地形には疎いので、こうやって暇を見つけて散歩することで土地勘を身に着けているのだ。


「今日はこっちの方に進んでみようかな」


 リロイが住む中央広場を抜けて、さらに北上して進んでいく。

 密集していた民家がドンドンと減っていき、やはり畑が増えてきた。

 これも田舎あるあるだな。


 いくつも並ぶ麦畑を眺めていると、途中から支柱やネットがかけられているトマト畑らしきものを見つけた。

 見覚えのある栽培方法やくっきりと見える赤い実は間違いなくトマトだろう。

 緑の葉が生い茂る中、鮮明な色をした赤はかなり映えており誘われるように足が動く。


「おお! 綺麗な色と形をしたトマトだ!」


 近寄ってみてみると、大きくて真っ赤なトマトがついている。

 しかし、このトマト。俺の知っている普通の丸々としたトマトとはちょっと形が違う。

 まるで、タマネギのような形で先っぽがちょこんと尖っているのだ。

 赤いタマネギのようで何ともそれが可愛らしい。

 表面を指で撫でてみると、かなりツルツルとしており張りがあるのがわかった。


「きっと酸味と甘みを蓄えたジューシーな実なんだろうな」

「……おい、そこのお前。それ以上勝手に触ってみろ。トマト泥棒として訴えてやるからな」

「え? 俺ですか?」


 振り返ると、そこには赤い髪に鋭い目つきをした若い男性がいた。

 作業服を着崩して、黒いズボンを穿いている。

 見るからにヤンキーみたいな姿をした彼であるが、この世界の住人は基本的に髪も派手だし、王都の冒険者の方が遥かに強面なのでそこまで怖くなかった。

 それにしっかりと麦わら帽子をかぶっている辺り、しっかり者という印象を受ける。

 年齢は俺と同じか少し年下くらいか。ハウリン村で見かけた村人の中で一番俺と年齢が近いかもしれない。


「ああ、そうだ」

「すみません。つい、珍しい形のトマトを見つけたもので」

「……お前、見かけない顔だな? この村の奴か?」

「ええ、最近こちらでも生活をするようになりました、クレトといいます」

「ああ、お前が王都から移り住んできた変わり者の男か」


 一応、王都から移住者がやってきたという事は伝わっていたのか、男性も納得したように頷いた。


「変わり者なんですか?」

「便利で豊かな生活の送れる王都からわざわざこっちに移り住むなんて珍しいだろ。隠居する爺ならともかく、俺とそこまで年齢も変わらねえじゃねえか」


 確かにこのような年齢にして田舎に移住するというのは変わった部類に入るのかもな。

 まあ、正確には二拠点生活なので、完全な田舎への移住というわけでもないのだけど。


「豊かだからといって王都が絶対的に良いわけでもないですよ? 人は多いですし、建物も多くて自然は少ないですから」

「ふうん、そういうものか。お前、王都からやってきた奴の割に話しやすい奴だな。いけすかねえ感じがしねえ」

「それはよかったです」


 どうやら彼が前に会った王都出身の者はいけ好かなかったらしい。

 俺は都会に住んでいるからといってマウントを取るような趣味はないので、そこら辺は安心してもらってもいいだろう。


「ただその畏まった口調は気に入らねえな。歳いくつだ?」

「二十七歳です」

「…………顔の割に意外といってんだな」

「ほっといてください」


 アンドレやステラにも驚かれたので、やはりこの世界の人からすればもっと年下に見えているのだろうな。まあ、老けて見えるよりかはいいけど。


「俺はここでトマト農家をやってるオルガだ。二十二歳だが、村でも貴重な年齢の近い男同士ってことでため口でどうだ?」

「そうだな。俺もこっちで歳の近い友達が欲しかったし。よろしく」


 オルガが提案しながら手を出してきたので、俺もため口で返しながらしっかりと手を握り返した。

 別に年下だからといって、敬語を使われなければ怒るような小さな器はしていないつもりだ。

 前世でも年下のエリートマンにこき使われるということもあったくらいだしな。

 そんなことよりも今は、年齢の近い同性の知り合いができたというのが何よりも嬉しい。

 ガッチリとした彼の手から離すと、俺の手には結構な土がこびりついていた。


「すまん、今のはわざとだ」

「やりやがったな」


 悪戯が成功したように笑うオルガの顔を見て、こいつとは仲良くできそうだなと感じた。




 ◆




「ところで、オルガが育てているのはどういうトマトなんだ?」


 オルガに汚された手を洗った俺は、畑に戻って気になっていたことを尋ねた。

 オルガの育てているトマトは普通のトマトと違って、先っぽが尖っていてタマネギのような形をしている。

 一般的に流通しているトマトとは、恐らく種類が違うのだろう。

 商売人の端くれとして、このように見た事のない食材があると気になるものだ。


「どういうトマトって言われても、普通のトマトとしか言えねえよ」


 しかし、尋ねられたオルガは眉間にシワを寄せてそんな風に答えた。

 ただでさえ、ヤンキーみたいな顔をしているのでメンチを切っているように見える。


「普通のトマトはもっと丸い形をしているだろ?」

「そうなのか? 俺はうちで育てているこのトマトしか知らねえ。近くの村まで売りに行くことはあっても、それ以上遠くには行かねえからな」


 ふむ、オルガ自身もあまり遠くまで行くことはないようだ。

 まあ、村の外では人を襲うような魔物が闊歩している異世界だ。ただのトマト農家であるオルガが危険を犯してまで、遠い街に行くようなことはしないよな。


「なあ、ちょっと一つ貰ってもいいか?」

「ちょっと待て。そっちの奴は熟していないから、こっちの奴にしとけ」


 身近にあるトマトを触りながら言ってみると、オルガは視線をやるだけで熟成具合を判断し、違うものをもぎ取って渡してきた。

 長年トマトを育てていると一目見ただけでわかるものなのか。すごいな。


「ありがとう。それじゃあ、いただくよ」


 オルガに礼を言ってから、受け取ったトマトの匂いを嗅いでみる。

 少しの青臭さを含んだトマトの香りがしっかりとする。

 撫でてみるとツルリと指が滑り、その滑らかさはいつまででも触っていたくなる。


「いい加減食え」

「わ、わかってるよ」


 トマトを愛でていると、イラっとした様子のオルガに突っ込まれたのでかぶり付く。

 ツルッとした皮が弾け、水気たっぷりと酸味が広がる。

 柔らかな果肉が舌の上で踊り、トマト本来の甘みをしっかりと吐き出す。


「おお! 普通のトマトよりも甘味と酸味が強い!」

「それはつまりどうなんだ?」

「滅茶苦茶美味いってことだ! 今まで食べてきたどのトマトよりも!」

「味には自信があった方だが、王都でも暮らしていたクレトに言われると悪い気はしないな」


 素直に褒めちぎると、オルガはわかりやすく口元を緩ませていた。

 やはり、苦労して育てている物を褒められると嬉しいのだろう。

 形と美味しさからして、やっぱり普通のトマトとは違うだろうな。トマトに含まれている水分や旨味が段違いだ。それでいて甘味と酸味のバランスもしっかりと取れている。


 これは彼が思っている以上にすごいものだ。

 しかし、肝心のオルガはハウリン村周辺から移動したことがないのでその実感が全くない。

 むしろ、このトマトを普通のものだと思って育てているくらいだ。

 正直、この味のトマトならブランド品として売り出してもいけるぞ。

 高級料理店のシェフがこぞって使いたくなる品に違いない。

 アンドレの家で育てているネギといい、ハウリン村には他の地域とは異なる特性を持った作物が育てられている。

 しかし、辺境故か育てている皆がその特別性に気付いていない。


「これはしっかりと売ってあげたくなるな……」


 こういった隠れた特産品を見つけるのも商人の醍醐味でもある。誰もが気付いていないものに目をつけて、それにしっかりとした価値をつけて売るというのは痛快だ。

 ハウリン村は王都とかなり距離があるので、王都の店に卸すというのは不可能だろう。

 しかし、転移ですぐに輸送できる俺がいれば、道中でトマトが痛んでしまうこともない。


 ……いつものようにやってみるだけで俺も村に貢献できるんじゃないだろうか?


 正直、ハウリン村の方で仕事を関わらせるのは気が進まないことであったが、こんないい物を見つけてしまうと我慢できない。

 ハウリン村の素晴らしい野菜を王都に戻った時にだけ輸送する。そう、自分の中

でルールを作れば、こちらに大きな仕事を持ち込むことにはならないだろう。


「なあ、オルガ。このトマトを王都でも売ってみないか?」

「はぁ?」




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