第21話 商人怖い

 王都にも家を持つことになった俺は、早速エミリオと不動産屋に行って物件を巡ることになった。


「こちらの物件は中央に集まる商業区画にも近く、非常に職場にも近いと思われます」

「さすがにこれは露骨過ぎだろうが……」


 最初に連れてこられたのは、エミリオ商会の向かい側にあるアパート。

 部屋はとても広く、魔法を応用した魔法具も完備でかなり快適そうだ。

 台所にある水の魔法具はボタンを押すだけで水が出てくる優れもの。


「なんていい物件なんだ! 部屋も綺麗だし眺めもいい! 目の前に大きな商会もあるから買い物も楽だ!」


 エミリオが窓を開けながら、そんな台詞を吐いていた。

 よくそんな爽やかな笑顔を浮かべられるものだ。

 商会の荷物をここにも移してやろうという意図がみえみえだ。これだから生粋の商人という生き物は怖いんだ。

 それとシレッと紹介してくる不動産屋のお姉さんも怖い。眼鏡をかけたキリッとしたお姉さんなのに、エミリオの息がかかっているのか。


「これじゃあ、最早商会に住んでいるのと大差ないだろうが。商会に近い方が嬉しいけど、これは近すぎだ」


 仕事場に近いのは悪くないが、あまりにも近すぎだ。

 徒歩一分もかからない距離とか、家に帰ってきた気がしない。転移が使えるとはいえ、俺だって歩いて帰りたい時もあるんだ。


「ええー? 気に入らないのかい? じゃあ、次の物件に行こうか」

「かしこまりました」


 俺がきっぱりと否定すると、エミリオは残念そうな顔をするもすぐに切り替えた。


「……お前、俺よりも楽しんでいるな? エミリオが住むわけじゃないんだぞ?」

「そうだけど、確実に多く足を運ぶ場所になるしね。それにこういう物件巡りって、他人の物でも楽しいじゃないか」


 釘を刺すように言うと、エミリオは屈託のない笑顔で答えてみせる。

 まあ、先日もハウリン村で物件巡りをしてきたところあので、その気持ちは非常にわかる。


 もし、自分がここに住んだら、どんな生活を送るんだろう? ここに家具を置いて、ここにベッドを置いて、ここで食事をして……そんな生活を想像してみるだけで楽しいものだ。

 家の数だけ自分の生活があるわけだからな。

 そんな風にどこかテンションの高いエミリオと、若干エミリオの息のかかった感じがする不動産屋と物件を巡っていく。

 いくつかの物件を巡った末に、今度は閑静な住宅街の中にある屋敷にやってきた。


「こちらの物件は以前まで住んでいた貴族様が手放したものです。築年数は三年と比

較的新しく、中央区画から少し離れていますがとても静かです」


 西洋風のお屋敷で建物の造りは上から見るとコの字になっている。

 中庭はとても広くて綺麗な芝が生えていた。ここで寝転ぶだけでも気持ちが良さそうだ。


「へー、ここはいい感じだな。中に入ってみよう」


 不動産屋に鍵を開けてもらって、屋敷の扉を開けると広い玄関が広がっていた。

 上にはシャンデリアがぶら下がっており、吹き抜けになっているからかとても解放感がある。


「典型的な貴族のお屋敷だけど、成金的な趣味は感じないね」

「そうだな。落ち着いている」


 取引先の中には目が眩しくなるような装飾が施されているところもあった。

 それに比べれば、こちらの屋敷は少し上品に思えるくらいの装飾や最低限の家具があるだけで、非常に落ち着いている感じだった。


「以前、お住まいになられていた貴族様は質素な生活を好んでおりましたので」


 ふむ、だとしたらその貴族は非常にいい趣味をしているな。上流階級故に見栄を張るのも大事かもしれないが、生活をする空間ならば落ち着く方がいい。プライベートまで削りたくないしな。

 玄関をくぐって奥に進むと、ダイニングルームやリビングがある。屋敷にもなると、一人で暮らすには広すぎるが、使用人を雇うと考えると気にならないな。

 ダイニングを出て廊下を進むと、応接室といった様々な用途の部屋があったり、厨房があったりする。


「おお、風呂がある!」

「こちらの屋敷では火と水の魔法具が完備されており、いつでもお湯を張ることが可能です」

「いつでも!? それはすごいや!」

「そういえば、クレトは毎日風呂に入るくらいの異常な風呂好きだったね」


 王都には公衆浴場という大衆向けの風呂屋があり、綺麗好きな人で週に一回という頻度だ。

 しかし、日本人たるものそんな頻度では耐えられるわけもなく、毎日のように俺は通っていた。


 だけど、たまには雑然とした浴場ではなく、家でゆっくりと一人で入りたいもの。

 そんな悩みを抱えていた俺からすれば屋敷に大きな風呂があり、魔法具も完備でいつでも入れるのはかなり魅力的だった。

 これがあるだけで毎日家に帰ってくる価値がある!


「決めた! 俺ここにする! この屋敷はいくらです?」

「通常ですと金貨五百枚以上はするのですが、エミリオ様の紹介なので金貨四百枚と勉強させていただきます」


 場所は王都の一等地である閑静な住宅街にある屋敷。築年数も古くなく、魔法具も設置されているので悪くはない金額だ。というか、相場を考えるとかなり安くしてくれている。


「もう少し安くならないかな?」


 しかし、エミリオはそこからさらに値下げへとかかる。恐ろしい子だ。


「では、金貨三百八十枚で。エミリオ様の頼みでもこれ以上は難しいです」

「そっちが欲しがっている商品をいくつか格安で流してあげることもできるけど? そうすれば、お偉いさんの覚えもめでたくなると思うけどな~」

「――っ! で、では、金貨三百! い、いえ、二百五十でいかがでしょう!?」


 エミリオの悪魔のささやきともいうべき言葉に、不動産屋のお姉さんが食いついた。

 やだ、なんかこの会話怖い。


「うーん、格安で提供することを考えると、値下げしないままで買う方が利益は大きそうだね。値下げの話はなかったことに――」

「金貨百五十枚! こ、これでいかがでしょう!?」

「うん、それならこっちにも利があるかな! それでお願いするよ」

「ありがとうございます!」


 なんだろう。安く売ってもらうこちら側が優位に立っているこの感じ。

 生粋の商売人というのは恐ろしいな。


「なあ、ちゃっかりと条件出して値下げしてるけど、それをするためには俺が働くことになるよな?」


 そういった。お偉いさんが欲しがる商品は大概面倒なものが多く、俺が出向くしかない物が多い。

 値下げしたけど、俺が馬車馬のように転移されられるのは嫌だ。それだったら、値引きしないで普通にお金を出す方がいい。


「ああ、そのことなら心配いらないよ。相手のお偉方が何を欲しがっているかはリサーチ済みで、商会の保管庫に貯まってあるものだしね。クレトが動く必要はないよ」

「そ、そうか。なら、いいんだ」


 エミリオははける予定のない品物を渡すことで、金貨二百三十枚もの値引きをやってのけたのか。


 商会長となって書類仕事が増えたエミリオであるが、その交渉能力は今も健在のようだった。

 こうして俺は、王都の一等地に第二拠点となる屋敷を手に入れたのであった。


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