第22話 屋敷の使用人
「クレト、この間買った屋敷の準備ができたみたいだよ」
王都で屋敷を買い上げてから三日後。
ハウリン村に必要な家具や食器を買いあさっていたら、王都の屋敷の準備が完了したとエミリオに言われた。
「早すぎないか? まだ三日しか経っていないぞ?」
「元の屋敷の状態が良好だったから補修や掃除も大して手間がかからないし、家具も一通り揃っていたからじゃないかな?」
エミリオの言い分はわかるが、それでも早すぎる気がした。
「まあ、ちょっと急いでもらうように頼んだりもしたけどね」
不動産屋のお姉さん、エミリオに圧をかけられたりして相当無理をしたんじゃないだろうか。
「あんまり取引先の人をいじめるなよ?」
「大丈夫。それに見合う利益は提示してあるから」
ちょっと彼女のことが心配になるが、エミリオはあくどいことはしないのでそこは信用してあげることにした。
ちゃんとした報酬が約束されているならば、社畜という生き物は頑張れるものだ。いや、ロクな報酬もなく長時間働かされるのが社畜なので、不動産屋のお姉さんは社畜ではないか。
それでもこれだけ早く住めるようになったのは、あのお姉さんの頑張りのお陰なので感謝しとくことにしよう。
エミリオと一緒に屋敷まで移動して門をくぐる。
すると、屋敷の扉が開いて中から数人のメイドらしき人たちが出てきた。
彼女たちは俺たちがやってくるのを待っていましたとばかりに、ぴっちりと並んで出迎えてくれた。
「おいおい、もう使用人がいるのか?」
購入してから僅か三日という早さだ。
さすがに使用人までは手が回っていないと思っていたので、これには驚きだ。
「だから、準備ができたって言ったじゃないか」
しかし、エミリオはさも当然のように言う。
この早さとなると商会にいる従業員を使ったんだろうか? まあ、何にせよ使用人が既にいるのなら腹を決めて挨拶をするだけだ。
エミリオと並んで玄関に近づくと、長い銀髪に青い瞳をたたえた女性が前に出てきた。
「クレト様の屋敷の管理を任されることになりました。メイド長のエルザ=ウォーカーと申します」
「今日からこの屋敷に住むことになりました、クレトといいます。これからよろしくお願い……ん? ウォーカーって貴族じゃないか?」
普通に挨拶されたので聞き流しそうになったが、このメイドの名前には家名がついていた。
この世界では特殊な民族を除くと、家名がついているのはほぼ貴族だ。
ウォーカー家というのにも聞き覚えがあった俺は咄嗟に驚いてしまう。
「はい、私はウォーカー家の者です。とはいっても、しがない子爵家の四女なのでお気になさらずに。エミリオ商会の元で様々なことを学ぶために奉公に志願いたしました」
「貴族のご息女が、教養や箔をつけるために使用人として奉公に出るのはよくあることだよ」
エルザの言葉にエミリオがシレッと捕捉を加えてくる。
「ということは、他の使用人たちも……?」
「はい、男爵家の者のです」
エルザがそう言うと、傍に並んでいた三人のメイドたちが前に出てきた。
「ルルア=ミストルテといいます」
「アルシェ=ランドーラです! よろしくお願いいたします!」
「ララーシャ=エルフィオールといいます~」
最初に挨拶をしたのが金髪をツインテールにした比較的小柄な少女で、二番目が赤い髪を肩まで伸ばした元気のいい少女。そして、最後が薄いブラウンの髪をおさげでまとめたたれ目の少女だ。
年齢は恐らく十二歳から十五歳程度だと思われる。前世でたとえると女子中学生と女子高生だ。犯罪的に匂いしかしない。
そんな貴族家の少女がメイドとして屋敷にいるだなんて逆に落ち着かないぞ。
しかも、どれも取引先の貴族家だし、下手に失礼なことはできない。
「……エミリオ、お前この子たちを俺の屋敷に押し付けたな?」
「綺麗な女性たちがいた方が癒されるし、帰ってきたくなるだろう?」
ジトッとした視線を向けて問い詰めると、エミリオはあっさりと白状した。
道理で俺が王都で屋敷を持つことに乗り気だったわけだ。最大の目的は俺の家を使用したり、倉庫代わりに使用することではなく、この子たちを押し付けるためだったのか。
「俺の中での癒し枠は田舎なんだ。王都でそれを求めていない」
「……つまり、クレトの女はハウリン村にいると?」
「別にいないし、必要としていない。今の俺は女性との色恋沙汰よりも、落ち着いた生活を求めているんだ」
「クレトって、なんだか枯れているね」
その台詞、アンドレにも言われたような気がする。まあ、実際三十に近くなっているし、枯れているのは否めないけどな。
「クレト様の生活を快適にするために私共が誠心誠意頑張らせていただきますので、どうかよろしくお願いいたします」
「「よろしくお願いいたします!」」
「え、ええ。こちらこそ、よろしくお願いします」
こうして俺の家に若いメイドさんが加わるのであった。
◆
新しく買った屋敷に入るなり、俺とエミリオはリビングのソファーに腰かける。
屋敷にあるソファーだけあって、クッション性がしっかりしている。ちょうどいい身体の沈み具合だ。
派手さはないが実用性はバッチリだな。俺の趣味にも合うので、やはりこの屋敷にして正解だな。
「紅茶を飲まれますか?」
ソファーの感触を楽しんでいると、エルザがワゴンを押して尋ねてきた。
そこにはティーセットが乗っており、いつでも紅茶が楽しめるようになっている。
「ストレートでお願いします」
「僕は砂糖を少し」
「かしこまりました」
そう頼むと、エルザは恭しく礼をして紅茶の用意を始める。
静かなリビングの中でエルザが紅茶を用意する音だけが響き渡る。
リビングの出口にはアルシェが控えており、他の二人は別の仕事をしているのか姿は見当たらない。
「なんだか居心地が悪そうだね」
「自分の生活空間の中にメイドがいるっていうのが落ち着かないんだよ。それに形式上の立場は上だし」
西洋風の屋敷内であるが故に、風景的にはフリルのあしらわれたメイド服を着た女性がいても違和感はない。むしろ、ピッタリとハマっているくらいだ。
しかし、ここは自分の家なので落ち着かない。すぐ傍でメイドがいるなんてオタクの聖地でもあるまいし。
「そういえば、クレトは商会でも誰かに命令するのが苦手だったね」
「昔は使われる側だったからね。下っ端根性が染みついているんだ」
それに俺の空間魔法は特別なので、同じ従業員にもあまり見せていない。それ故に、商会の中でも深く交流することはなく割と個人として動いていた。
だけど、複雑な人間関係のない働き方というのは実に自由でストレスフリーで。
今さら前世のような働き方には戻りたくなかったので悔いはない。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
紅茶を差し出してくれたので礼を言うと、エルザが複雑な顔をした。
「……恐れながらクレト様。私たちはクレト様の使用人であり、ここでの立場は下です。そのような丁寧な言葉遣いは不要です」
「そうだね。そんなにかしこまっていてはどっちが下かわからないや」
エルザの言葉を聞いて、エミリオが優雅に紅茶を飲みながら笑う。
「そうはいってもまだ日も浅いしな。急には難しいよ」
「では、徐々にでいいので移行していってください」
「はい、わかりまし――わかったよ」
丁寧な言葉で返事しようとしたら、エルザのブルーの瞳がスッと細くなったので言い直した。
すると、エルザは満足そうに頷いた。
このメイドさん、綺麗でお淑やかに見えるけど意外と物怖じせずにハッキリと言うんだな。
貴族だからか言動に気品があるので妙に力強いや。
でも、男のだらしない一人生活には、このようなしっかりとしたメイドがいた方がいいのかもしれないな。
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