第20話 王都に拠点を建てよう
アンドレの家の近くにある二階建ての民家に住むことを決めた俺は、改築のイメージをしっかりと固めた二日後にハウリン村の大工に改築を頼んだ。
とはいっても、元の家の状態がかなりよく十分な広さがあったために大きな改築はしない。
料理を楽しむために台所を広くしたり、靴を脱ぐための玄関を作ったり、部屋の間取りを微妙に変えたりする、ちょっとした補修をする程度。
一刻も早く住みたいので提示された金額よりも多めに支払うと、二週間以内に仕上げてくれると約束してくれた。
しかし、それでも二週間はあの家に住めないのは長いな。楽しみすぎるせいか二週間が酷く待ち遠しい。
早くあの家に住んでまったりとした生活を送ってみたい。だが、これ以上急がせることはできなし、職人技が必要とされる作業を手伝うこともできない。
ここは大人しく待っておくしかないな。
いや、考え方を変えるとしよう。二週間後に完成する新居のために今のうちから家具をそろえておくべきだ。
新居ができて家具もない殺風景ではつまらない。今のうちに家具や食器といった生活道具を揃え、二週間後にゆっくりできるように仕事も調整しておくべきだろう。
そうと決まれば、退屈のように思えた二週間も楽しみで仕方がない。むしろ、準備を考えると足りないのかもしれない。
「クレト、改築の発注は終わって暇なんだろ? 釣りにでも行かねえか?」
などと考えていると、アンドレがそのような誘いをかけてくる。
「すみません、これから新居の家具の準備があるので一旦王都に戻ります」
のんびりと釣りもやってみたくかなり心が惹かれるが、今は準備が先だな。俺は必死に理性を働かせて断る。
「そうか。クレトがいれば、渓流釣りだって楽に行けると思ったんだけどな」
残念そうにしながら竿を振るような腕の動きをするアンドレ。
「あはは、俺の魔法は行ったことがない場所だとすぐには行けませんよ」
「そうなのか? じゃあ、今度はいつでも行けるように渓流に行くぞ」
「はい、必ず行きましょう!」
行くならば全てを終わらせた上でのんびりとやりたいからな。
ステラやニーナにも王都に戻ることを伝えると、俺はハウリン村から拠点である宿屋に転移した。
一瞬でハウリン村から王都で拠点にしている豪華な宿の部屋に戻ってくる。
「まずは、イスやテーブルでも見に行くかな」
まずは大きな家具から決めていくのが鉄板だからな。部屋の中における家具のサイズは熟知しているので、サイズで悩む必要もない。
早速、宿を出て家具屋を見に行こうと部屋を出ていくと、不意に声をかけられた。
「……クレトさん」
「うん? ロドニーじゃないか? こんなところでどうしたんだ?」
振り返るとロビーのイスにはエミリオ商会の従業員であるロドニー少年がいた。
最初は人見知りだったロドニーであるが、数か月もの付き合いがあるとさすがに慣れたらしく俺とも会話する分には問題ないようになっていた。
他の従業員とはほぼ喋ってるところ見たことがないから、彼のシャイっぷりは健在のようだけど。
もしかして、俺が現れるまでずっとここで待っていたのだろうか?
「……見つけたらエミリオが商会の執務室に来るようにって」
「エミリオが? 何か緊急の連絡か?」
「そこまでは知らない」
俺が尋ねるとロドニーは首を横に振る。
まあ、俺の場合は細かいことを聞くよりも転移で向かってしまった方が早いな。
「わかった。今から向かうけどロドニーもくるか?」
ロドニーがこくりと頷いたのを確認して、俺はエミリオ商会の執務室に複数転移する。
すると、高級宿のロビーから商会内の執務室にへと景色が切り替わった。
そして、執務テーブルにはエミリオが今日も書類仕事をしていた。
エミリオはこちらを見るなり大きく息を吐いた。
「やれやれ、やっと戻ってきてくれたか」
「やっとってちゃんと不在にするって伝えたよな?」
「クレトのことだから一日も経過すれば、すぐに顔を出すと思っていたんだ」
「あー、それについては具体的な日数を言っていなかった俺も悪いな……」
今までも個人的な私用で王都を不在にすることはあった。しかし、大概一日や二日もしないうちに商会に顔を出していた。
それが今回は三日も顔を出していなかったので、エミリオも驚いてしまったのだろう。
「それで何か急ぎの取引でもあるのか?」
「いや、そういうものはないよ。ただクレトが三日も顔を出さないから気になってね。今回の用事はいつになく長かったね? 何をしていたんだい?」
ふむ、これだけ王都にいなければ何をしていたか気になるだろう。それにこれからやろうとしていることは、仕事にも関係するのでしっかり説明するべきだ。
「ハウリン村に行っていたんだ」
「クレトが届け物の依頼で一度寄った場所だったね? 旧交は温められたかい」
「ああ、楽しかったよ。それでだな、エミリオに相談があるんだ。これからの人生についてだ」
「それは是非とも気になるめ」
手に持っていた書類をテーブルの端に置いて、興味深そうな視線を向けてくるエミリオ。
そんな彼に俺はハウリン村と王都での二拠点生活をすることを告げた。
「……これからの人生について考えた方がいいといったけど、まさか二拠点生活をしだすとはね」
俺のやりたいことを聞き終えたエミリオは、どこか気が抜けたように呟いた。
「でも、確かにそれはいいね。王都と田舎に家を持って両立した生活だなんて転移ができるクレトにしかできない生活だ。王都で仕事をこなし、遊び、田舎でのんびりとする。実にメリハリがつきそうだね」
「ああ、昔から田舎に広い家を構えてゆったりと暮らすのが夢だったしな。それにハウリン村はいいところだし、いい人もいっぱいいる」
「そうか。クレトが決めたことなら僕は尊重するさ。予想の斜め上をいく決断で驚いたけど」
「商会にどっぷり骨を埋めるつもりはないが、今後も仕事はやっていきたいと思っているよ」
「それを聞けて安心だよ。まだまだうちの商会は大きくなったばかりで、クレトがいないとどうしようもない取引もあるからね」
安心したように背もたれに背中を預けるエミリオ。
人脈と販路を広げているとはいえ、まだまだ手が広いわけではないからな。
転移で格安で仕入れることで大きな利益を出している商品もあるし、俺じゃないとそもそも仕入れることができない希少品もある。
そういうものは大概が貴族や大商人、聖職者が喜ぶものだったりするので手に入れられないというのは困るからな。
「それでクレト。話は変わるけど二拠点生活をするなら王都でも家に住むということだよね?」
「別に王都にいる間は宿でも構わないけど――」
「いーや、クレト。二拠点生活をするっていうのなら、王都にも自分の家を持つべきだよ!」
「お、おお。それもそうだな。でも、何でエミリオが熱弁するんだ?」
宿暮らしにも大分馴染んできたのでこのままでもいいが、二拠点生活なのでどうせ
ならこちらでも家を持つ方がいいな。その理屈には共感できるが、エミリオが提案してくる意図が不明だ。
「宿暮らしだとクレトがいつ帰ってくるかもわからないしね。今回みたいにロドニーが待機していると、宿の人に嫌われるんだ。でも、クレトの家ならいくら待機していようと問題ないだろ? なんなら、使用人を雇って言伝を頼んでもいいし」
「確かにそれもそうだな……」
出かける度に僕の商会にまで出向いて、言伝をするのも面倒だ。エミリオの台詞も一理ある。
「でも、使用人を雇うのはやり過ぎじゃないか?」
小市民的な感性を持っている社畜は、誰かよりも上の立場に立つのに慣れていない。
自分の家に使用人がいるとか、どんなブルジョワなんだ。
「なら、クレトは王都の家とハウリン村の家をどちらも綺麗に維持することができるのかい? 二つの家の管理をするのは大変だよ? 家事に追われてゆっくりするどころじゃない」
「それはごもっともで」
前世のように会社に長時間拘束されているわけじゃないので時間には余裕があるが、二つの家を自分で維持するというのは骨が折れる。
「だから、クレトはこっちにも家を持って、使用人を雇うのが一番さ!」
エミリオの言う事はわかるのだが、何だか腑に落ちない。ここまで勧めてくるには
ない頭のこいつの意図があるはずだ。
「……お前、俺がいない間に家を使ったり、商会の商品を一時的に保管できたら万々歳とか考えてるだろ?」
現在、商会が抱える悩みから推測すると、エミリオはぎくりと動きを止めた。
「ああ、そうさ! でも、いいだろう? 僕のコネを使って安く物件を買わせてあげるし使用人の手配もやってあげるからさ!」
俺が指摘してやると、エミリオは見事に開き直った。
ここまで開き直られるといっそ清々しく思えるな。
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