第19話 住む場所

 空間魔法のことを打ち明けて朝食を食べ終わると、俺は気になっていたことを尋ねる。


「この村に家を持つには、どうすればいいんでしょう?」


 王都であれば市民権を買い、不動産屋で家を買えば、後は不動産屋が役所に書類を提出してくれる。

 しかし、ハウリン村のような田舎では、不動産屋も役所もない。その土地独自のルールがあるのだ。


「それなら簡単だ。村長に許可を貰えばいい。そうすれば、後は空き家に入るなり、空いている土地に家を建てるだけだ」

「許可、貰えますかね?」

「クレトがいい奴だってのは俺が保証してやるし、前回手紙を配達しにきてくれたから村長も拒否したりしねえよ」


 俺の心の不安を笑い飛ばすアンドレ。

 そうか。一応、前回依頼を果たすためにハウリン村には来ているしな。その時に軽く耳に入っていて印象が良くなっているのかもしれない。

 アンドレという力強い保証人もいるし、少なくてもいきなりやってきた外様扱いにはならないだろう。

 アンドレの言葉に励まされながら歩いていくことしばらく。

 民家が少し密集している中心部にて、ひと際大きな平屋建ての家にたどり着いた。


「ここが村長の家だ。ちょっと俺が話を通してくる」

「お願いします」


 アンドレが村長の家の扉を叩くと、恰幅のいい白いひげを生やしたおじいさんが出てきた。

 アンドレが話をすると、村長らしき人がこちらに視線を向けるので軽く会釈をしておく。


「クレト、こっちにきてくれ!」


 少しすると要件を伝えたのか、アンドレが呼んでくれたので駆け寄っていく。


「私はハウリン村の村長をしているリロイといいます。君が、この村に住みたいというクレト君だね?」

「はい、クレトと申します」

「アンドレから軽く話を聞いたが、二拠点生活とかいう特殊な生活の仕方をするのだとか。よくわからないのだが、そんなことができるのかい?」


 普通に住むのであれば、話は早いのかもしれないが、俺の場合は二拠点生活ときた。

 この世界でまったく馴染みのない生活方法に村長が戸惑うのも無理もない。

 しかも、その方法を実現するには空間魔法について教えておく必要があるわけで。


「できますよ。それを体験していただきたいのですが、少しだけお時間はありますか?」

「はい?」


 首を傾げるリロイに、俺は先程のアンドレたちのように空間魔法を体験してもらった。

 そして、転移でハウリン村に戻ってくると、リロイが少し疲れたように頷いた。


「な、なるほど。この力を使って、王都とハウリン村に拠点をもって生活するんだね」

「そういうことです」

「アンドレが紹介や実際に話したひととなりからして、クレトさんがここに住むことに反対はないよ」

「ありがとうございます」

「ただ、ひとつだけ気になるんだが、どうしてうちの村に決めたんだい? 君の魔法があれば、どこにだって住むことはできるはずだ?」


 ハウリン村の村長からすれば、それは気になることだ。都会人である俺がどうして数ある中からハウリン村を選んだのか。


「自然が豊かで静かなところ。食べ物が新鮮で美味しいこと。などといった理由もありますが、大きな理由はアンドレさん一家を通じて、村の温かい雰囲気を知ったからです。俺には既に家族と呼ばれる人も故郷と呼べる場所もありません。そんな俺でも歓迎すると言ってくれたアンドレさんたちの住む村に、俺も住んでみたいと思ったんです」

「……クレトさんの気持ちはわかりました。そこまでこの村のことを魅力に感じてくれているとは村長としても嬉しいですね」

「へへ、なんだか正面からそう言われちゃむず痒くしてしょうがねえな」


 俺の心からの言葉にどこか気恥ずかしそうにするリロイとアンドレ。

 言った本人である俺も照れ臭くでしょうがない。そう何度も言える台詞じゃないな。


「クレトさんがハウリン村に住むことを私も心から歓迎します。こんなところでよければ、ゆっくりと過ごしてください」

「ありがとうございます、リロイさん」


 優しい言葉をかけてくれるリロイに俺は深く頭を下げた。

 こうして俺は村長の許可がもらえ、ハウリン村に正式に住めるようになったのである。



 ◆




「それでクレトさんはどの辺りに住まれますか?」

「俺のような外からやってきて家を作る際は、どのような感じになります?」

「大体が空き家になった家にそのまま住んだりすることが多いですね。お金に余裕があれば、村にいる大工に頼んで一から建て直すことや改築することもあります」


 一から建て直していては数か月単位の時間がかかるだろうな。手っ取り早いのは空き家にそのまま住むことだ。

 しかし、俺はこの村を故郷のような場所だと思っている。こちらには癒しや生きがいを求めて生活するわけで、適当な家に入って過ごしたいわけではない。

 どうせお金には余裕があるのだから、自分の思い描く理想の家に住んでみたい。

 現実的なラインは空き家を改築することだろうな。


「ひとまず、俺と一緒に空き家を回ってみるか? じっくり見て回ってから決めればいいだろ?」

「それがいいですね」


 思えば俺はまだハウリン村を隅々まで見て回っていない。これを機会に見て回るのがいいだろう。


「では、どこに住みたいのか決まったら気軽に声をかけてくださいね」

「はい、決まり次第伺います!」


 リロイと別れた俺は、空き家へと案内してくれるアンドレについて歩く。

 王都と違って土地もふんだんに余っており、道幅も入り組んでいない。

 畑や家畜場といったところ以外なら、どこでもいけるってのは自由だな。


「まずは村の中心部分にある空き家だ。この辺りの家は少し古いが、住むための費用はかなり安く済むな」

「なるほど」


 アンドレが案内してくれた一つ目の空き家は、こじんまりとした平屋建ての民家だ。

 間取りに関してはアンドレの家よりも少し狭く古い。趣のある古民家といった感じだ。

 誰かが定期的に手入れをしているのかある程度は綺麗であるが、やはり壁や屋根を見ると少しボロが出ているようだった。


「できればもっと大きい家がいいですね。住むのにかかる費用に関しては、あんまり気にしないので」


 何せお金なら潤沢にある方だ。のんびりと暮らすための家にお金を惜しみたくはない。


「クレトならそう言うと思ったぜ。まあ、一応の最低ラインを見せておこうと思ってな。わかった。もっと大きい家だな。中心部から離れてもいいか?」

「はい、場所に関しては転移ですぐに移動できるので気にしません」


 住宅に関しては、仕事場や主に利用する施設へのアクセスを気にするものであるが、転移が使える俺からすればまったく気にする必要がなかった。

 かなり離れて移動に不便であっても関係ない。前世でも、この魔法が使えれば立地を気にすることなく住むことができたのになぁ。


「そうだったな。クレトなら山の上でも住める」

「さすがにそれは勘弁してくださいよ」

「冗談だっての。それじゃあ、ドンドンと空き家をめぐっていくぜ」

「お願いします」


 それから俺とアンドレはいくつもの空き家を巡っていく。

 森の近くにある物件や周囲に他の民家がないだだっ広い場所にある物件など。

 それらを覗いては吟味していき、空が茜色に染まり始めた頃。アンドレが尋ねてくる。


「どうだ? 気に入った家はあったか?」

「どれも悪くはないんですけどね……」


 今までならば主に向かう場所への良さアクセスの良さを中心に考えていたが、それ

が取り払われると選べる範囲が広がるわけでこれまた迷ってしまう。

 俺が優柔不断ってこともあるけど、自分がこれから住む家になのでピンときたものを選びたい。


「それなら、次の空き家で今日は最後にするか」

「付き合わせちゃってすいません」

「気にすんな! 力になるって言ったからな!」


 アンドレは陽気に笑うと、次の空き家のある場所に進んでいく。

 しかし、その道はとても見覚えのある道で。というか、ほぼアンドレの家への帰り道といっていいくらいだ。


「俺の家にちょっと近いから勧めるのも迷ったんだが、この家も実は空き家なんだ」


 どこか照れ臭そうにそう語るアンドレ。

 アンドレが連れてきた空き家はアンドレの家から徒歩で三十メートル離れた場所にある二階建ての家だ。


「ここも空き家なんですか?」

「ああ、三か月前までは住んでいたんだが引っ越しちまってな」


 アンドレの家よりも少し大きく、割と綺麗なので誰かが住んでいると思っていた。


「別に近所になるとか気を遣わなくても大丈夫でしたよ?」

「うるせえ」


 俺がニマニマとしながら言うと、アンドレはプイッと視線を逸らして答えた。


「むしろ、アンドレさん一家と近いっていうのは、今までの空き家よりもより魅力的な価値かもしれませんね」

「はぁ……お前はそういう事が素直に言える奴だったな。何だかこっちが照れちまうぜ」

「ちょっと中を見ていいですか?」

「ああ、待ってろ。今、鍵を開けてやる」


 アンドレに鍵を開けてもらい、空き家へと入る。


「……リビングが広いですね」


 室内にあるリビングはとても広い。それだけじゃなく、部屋の数も多く全体的にゆとりがあった。


「子供の多い家族が住んでいたからな。他の家と比べると大きめだぜ。一人暮らしのクレトには少しきついか?」

「いえ、掃除はそこまで苦なタイプじゃないですし、色々と荷物も運びこんでくる予定なので広い方が嬉しいんです」


 場合によっては商会の荷物をこちらに置いたり、色々と収納しっぱなしの物を整理して置いておけるような部屋がほしかった。

 だから、俺にとって大きすぎるというのは大してマイナス要素ではない。むしろ、こういう長閑な田舎で広い家を持つというのが夢だった。

 二階に上がってみると様々な部屋がある。一人で使うには広すぎるが、物の保管部屋や来客用の部屋として使えばいいだろう。

 窓を開けてみると、ふわりとした風が入ってきて眺めがいい。

 再び一階に降りてみると裏口を見つけたので出てみる。

 そこには平原が広がっており、遠くでは森が広がっているのが見える。


「裏口は自然が見えていいですね」

「近くには小川があるから耳を澄ませると水の流れる音はするぜ」

「……本当だ」


 アンドレの言う通りに耳を澄ませると、小川の流れる音が聞こえた。


「天気のいい日には、ここに椅子を持ってきてボーっとしたり、自然を眺めながら食事なんかしても良いいですね」

「おうよ。俺の密かな楽しみはここで焚火をして、焼いたチーズやソーセージを食べて、エールを呑むことだ」

「なんですかそれ。羨ましすぎるんですけど」


 自然を眺めながら焚火を作り、そこで晩酌だなんて絶対いいに決まっている。


「決めました! 俺、この家を改築して住むことにします!」

「おいおい、こんなすぐに決めていいのか?」

「今までの空き家の中で、一番この家が自分の未来の生活を想像できたんです」

「そうか。クレトが良いと思ったならそれが一番だ。それじゃあ、村長に報告しにいくか」

「はい!」


 こうして俺の新居は無事に決まり、ハウリン村で新しい拠点を手に入れることができたのであった。

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