第12話 転送屋クレト
「いやー、クレトに払った銀貨六枚を引いても、十分な稼ぎができたよ! ありがとね!」
「想像以上の効果でした」
王都に戻って二つの依頼をこなした『雷鳴の剣』はそれはもうホクホク顔だった。
二つの依頼の達成報酬と売却した素材でいい値段になったのであろう。
「お役に立てたようでよかったです」
ヘレナたちは転移で効率よく稼ぐことができ、俺は命を危険に晒すことなく、楽に稼ぐことができてwinwinだ。
「もし、よかったらうちのパーティーに入らないか?」
「……クレトなら大歓迎です」
ロックスとクレトがそのような誘いをかけてくれる。
俺のランクはEランク。通常ならBランクのパーティーと組めるはずがない。
それだけ彼らが俺の価値を認めてくれている証だろう。
「……嬉しいお誘いですが申し訳ありません。俺は冒険者稼業をずっと続けていくつもりはないので」
大変有難いお誘いであるが、俺は冒険者として生計を立てるつもりはない。
空間魔法を利用し、商人に近い役割で成り上がるつもりだ。
それに一つのパーティーに所属してしまうと活動の幅が広がってしまう。フリーランスのように必要な時だけ転移を頼まれる方が楽だし稼ぎもいい。
「そうですか。それは残念です」
「クレトの力なら、そっちの方が儲けられそうだしね」
事前に商人としてやっていきたいと言っていたからか、レイドやヘレナは素直に引き下がってくれた。
「今は開業サービス期間ですが『雷鳴の剣』の皆さんは、お客様第一号なのでもうしばらくは安いままにしておきますよ」
「おお! それは嬉しいな!」
「クレトさん、早速明日も頼んでもいいですか?」
「はい、勿論です」
『雷鳴の剣』一番に利用してくれた大事な顧客だ。少しくらいのサービスはいいだろう。
「なあ、あんた。魔法で遠いところでも送ってくれるっていうのは本当か?」
「さっき『雷鳴の剣』が二つも依頼をこなしていたわよね? それも位置的には真反対のものを」
どうやら『雷鳴の剣』が依頼を達成する様子を窺っていた冒険者のようだ。
俺のサービスに興味はあるが、本当に怪しくないか様子見をしていたのだろう。
そんな人たちがついに試してみる決心をしたようだ。
「はい、俺の魔法を使えば瞬時に依頼場所までお送りすることができますよ。今なら開業サービスで片道銀貨二枚にしておきます」
「試しに今から頼んでもいいか?」
「私のところも頼みたいんだけど?」
「いいですよ」
どうやらこの人たちは別のパーティーだったようだ。
一気に二組からのご指名が入ってしまった。
時間は午後の中ほど辺りだが、転移を使えば一瞬でたどり着くので実際にかかるのは討伐時間のみ。夜までに戻ってくることもできるな。
周囲を見れば、まだ様子見してる感じの人もいるし、今後も顧客は増えるだろう。
そうすれば、さらに稼ぐことはできるだろうな。
「僕たちの様子を見て、クレトさんのサービスの良さに気付いた人がいるようですね」
「……早めに予約しておいてよかった。もう、重い荷物を背負って遠いところまで行きたくない」
「おいおい、クレトがいないと冒険に行きたくないってのも困りものだぞ」
「でも、あの楽さを味わうと、そう思っちまうのも無理はないねぇ」
◆
冒険者を転移で依頼先まで送り届けるサービスを始めた俺は、その後も順調に客を増やしていた。
コクリア村から王都の冒険者ギルドに『雷鳴の剣』を連れ帰る。
「ありがとな、クレト!」
「この時間ならもう一件こなせそうだな!」
「クレトさん、もう一度転送を頼んでもいいですか?」
ギルドに戻った『雷鳴の剣』は三つ目の依頼を終わらせたのにも関わらず、まだ貪
欲に仕事を求めていた。
「もう四件目になりますけど大丈夫なんですか?」
「……私は疲れた」
気遣いの言葉を投げると、面倒くさがりのアルナは素直に吐露する。
「バカ野郎! このペースでいけば、もうすぐAランクに昇格できるかもしれねえんだ! クレトがいてくれる内に頼まないと損だろ!」
ここ最近、『雷鳴の剣』の満ち溢れるやる気はそれだったのか。
Aランク冒険者ともなれば、王国でも一握りの存在だ。
なれれば、この先の将来はかなり安泰に近付くだろう。
「というわけで頼む。クレト!」
「ええ。俺は構いませんが……」
アルナが疲れていると言っているのに、連れていってもよいものだろうか。
疲労が溜って依頼先で怪我でもされたら困る。
「実は慰労会として有名なレストランを抑えてあるのですが……」
「……ちょうがんばる」
レイドがそのような甘い言葉を囁くと、アルナは目を輝かせてシャキッとさせた。
どうやらパーティーメンバーの管理もレイドはお手の物のようだ。
「では、依頼を受けてきてください」
「ああ、待っててくれ」
そう言うと、『雷鳴の剣』たちは依頼の達成を報告し、掲示板へと走っていった。
「……えーっと、今から『雷鳴の剣』を次の場所に送って、一時間後に『三獣の姫』をリベラルまで迎えに行けばいいな」
「転送屋。私たちのパーティーも転送をお願いしてもいいか?」
手帳を開いてスケジュールを確認していると、『妖精の射手』という女性エルフだけで構成されたBランクパーティーが声をかけてきた。
ちなみに転送屋というのは、俺のことだ。冒険者たちを転移であちこちに送っていたら、そんな通り名が付けられた。
まあ、通り名がつくのは有名になった証らしいので別にいいんだけどね。
「どちらまで行きたいんです?」
「アウブの森だ」
「その距離になりますと片道で銀貨八枚になりますけどいいですか?」
アウブの森となると、ここから馬車で一週間半はかかる距離だ。
近くても遠くても値段が一緒だとおかしいので、値段に差はつけるようにしている。
転移を繰り返してわかったのだが、実際遠くまで移動する方が疲労は溜まるようだしな。
一人で気楽に飛び回るのと、複数人を何度も遠くまで運ぶのとはやはり疲労が違うようだ。
「構わん。乗り合い場所などという、むさ苦しい箱に詰められるよりマシだ」
相変わらずプライドが高そうなエルフたちだ。
まあ、彼女たちは見目麗しいのでよく男性にちょっかいをかけられるらしいので、そのストレスから解放されると思えば安いものか。距離も遠いし。
「わかりました。先に依頼した『雷鳴の剣』を送り届けたら、声をおかけしますね」
「ああ、酒場で待っている」
そう言うと、『妖精の射手』のメンバーは酒場へと歩いていった。
冒険者を相手にしている転送業であるが、すべての冒険者が利用できるものではない。
FランクやEランクといった稼ぎの少ない者たちでは、片道の銀貨を支払うこともきついからだ。
しかし、実力とお金に余裕のあるCランクやBランク、Aランクにもなると楽勝だ。
むしろ、転移のお陰で時間という制約を乗り越えることができ、普段の何倍もの依頼をこなして稼ぐことができていた。
「ひいいい、クレトさん。ちょっと冒険者たちを転送するペースを緩めてください! 私たちが忙しすぎて死にます!」
『雷鳴の剣』を待っていると、山のような書類を手にしたクーシャが泣きついてきた。
「あれ? ギルドマスターは依頼達成率が上がって表彰されて上機嫌でしたが?」
どうやら俺のお陰でここのギルドでの依頼達成率がぶっち切りでトップらしく、ここのギルドは表彰されたらしい。
ある日、ギルドマスターを名乗るおじさんがやってきて、もっと頼むとお願いされたのだが。
その事を説明すると、クーシャが吠えた。
「あの人はたまにしかギルドに顔を出さないから、そんなことが言えるんです!」
「そ、そうでしたか。最近は稼がせてもらったので、ちょっとだけペースを落としますね」
さすがにギルド職員の恨みを買いたくはないので、自重をするべきだろう。
「本当にお願いします!」
クーシャの表情は切羽詰まった社畜のように切実そうだった。
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