第13話 商人エミリオとの出会い
「クーシャに泣きつかれたし、今日はこのくらいにしておくか……」
最後の冒険者をギルドまで送り届けた俺は、仕事を切り上げることにした。
これ以上冒険者が依頼をこなしたらギルド職員が過労になってしまいそうだし。
「君が転送屋のクレトで合っているかな?」
そう思ってギルドから出て宿に帰ろうとすると、誰かが声をかけてきた。
視線を向けると、端正な顔立ちをした金髪の男性と茶髪の少年がいた。
男性の方は女性のように髪が長く肌も色白だ。手足もすらっとしており、体格も細い。
まるで外国人俳優のようなスタイルの良さとイケメンっぷりだった。
育ちの良さや教養が滲み出ており、冒険者には見えない。
少年の方はくすんだ茶色い髪をしており、男性のような気品は見えない。
どこにでもいる少年といった風貌だ。
「……そうですがあなたは?」
「僕はエミリオ。王都で商いをやっている商人さ。こっちは従業員のロドニー」
エミリオという男性な綺麗な笑みを浮かべてそう名乗り、ロドニーという少年が無言で頷いた。
商人。俺がいずれは接触したいと思っていた業種の人物だ。
「エミリオさんが俺に何の用でしょうか?」
「僕のパートナーになってくれないか?」
「……すみません。俺にそういう趣味はないので他を当たってください」
「そういう意味のパートナーじゃない!」
なんだ違うのか。紛らわしい言い方をしないでもらいたい。
エミリオは強く否定すると、咳払いをして気を取り直した。
「言い方を変えよう。僕の商会で雇われてみないかい?」
「それはあなたの商会に所属して、転送業務を行えということですか?」
「ああ、そうだ。君の力にはここのところずっと注目していたからね。馬車で一週間半はかかるアウブの森だって一瞬で行けるんだから驚きだよ」
どうやら俺が転移で冒険者を送っているところをずっと見ていたようだ。
俺がどの冒険者をどこまで送り届けて、瞬時に帰ってきたかまで調べていたのだろう。
かなり慎重で入念な性格をしているようだ。さすがは商人と名乗るだけはある。
「その力を使って、品物を仕入れ、売り捌けば簡単に利益を上げることができる。それは君もわかっているだろ?」
「そうですね。いずれはそういう方法で稼ぐつもりでしたから」
冒険者を転移してお金を貰うより、安く品物を仕入れて、高く売りつける方が遥かに稼ぐことができる。特に高価なものを扱えば、一度の商売で金貨何百枚と稼ぐことができるだろう。
「なら、話は早い。僕の誘いを受けてくれるかな?」
「エミリオさんが所属している商会を教えてもらってもいいですか?」
「エミリオ商会だよ。そして、僕がその商会長さ」
「失礼ですけど、聞いたことのない商会ですね?」
「おや、王都の商会を把握していたのかい?」
「ええ。いずれは自分を売り込むことを考えていましたから」
異世界にやってきた俺が商会を起こすには、ハードルが高い。
特に王都で商店を出すには、それなりの信用と財力が必要とされるからだ。
知識も人脈も未だに足りない俺は、まずは自分の能力を高く買ってくれる商会に所属しようと考えていた。
そのためにギルドで届け物の依頼をこなしながら、王都に展開している商店のことをチェックしていたのである。
「ボーっとした顔の割に食えないね」
「ボーっとしたって顔ってのは余計です」
感心しているようだがちっとも誉めてもらっている気になれない。
昔から冴えないとかボーっとした顔とか言われるんだよな。
「それはさておきクレトが僕の商会を知らないのも無理はないよ。なにせついこの間、出店したばかりの商会だからね」
「……それはつまり駆け出しというわけですか?」
「ああ、そうなるね」
俺の問いかけに恥じる様子もなく言いきってみせたエミリオ。
そんなこと何ら問題とばかりの堂々とした態度だ。
「駆け出しの商会と聞いて、ガッカリって感じだね?」
こちらの微妙な表情から察したのかエミリオがそう言ってくる。
「ええ、まあ。売り込むなら大きな商会にしようと思っていたので……」
どうせ所属するのなら大きな商会にしようと思っていた。そちらの方が販路も広く、扱える商品の数も多いだろうし、希少品を手に入れるルートがあるからだ。
「正直、クレトが大商会に売り込むのはオススメしないな」
自分の誘いに乗らないから気を惹こうとしているのかと思ったが、彼は駆け出しであっても王都で出店することのできた商人だ。
たとえ、別な意図があっても聞いてみる価値はあると思えた。
「どうしてです?」
「それほど大きな商会になるとクレトは間違いなく縛り付けられる。それに何より、
クレトの出した売り上げは多くの人に吸い上げられるよ?」
確かに商売に関わる人が多いほど利益は分散してしまう。それに人が多いとしがらみも多いのは前世でも経験済みだった。
大企業だからこそ働きやすく、給料が無条件にいいということでもない。むしろ、大きな会社だからこそ、柔軟な対応ができないともいえる。
そんなところにイレギュラーな俺が入り込むと面倒ごとも多いだろう。
「その点、僕の商会なら安心だよ! 何せメンバーは僕とロドニーの二人しかいない! 無理矢理縛り付けることもなく、好きな時に引き受けてくれて構わない! その上、クレトには十分な報酬を支払うつもりさ!」
忠告を聞いて悩んでいると、エミリオがここぞとばかりに売り込んできた。
無駄にいい声がギルドの外で響き渡る。
通行人の女性が何人もエミリオを見て頬を染めていた。
「確かにそうですが販路はあるんですか?」
「それは心配いらない。すぐにでも動けるように人脈は作ってある」
「品物を買うための資金は?」
王都で出店できたのである程度の信用やコネはあるみたいだが、資金がないと始まらない。
疑問を投げかけると、エミリオが鞄から大きな皮袋を渡してくる。
「そこに金貨五十枚が入っている」
エミリオに言われて皮袋を開けてみると、まさしく大量の金貨が詰め込まれていた。
金貨五十枚となるとかなりの大金だ。場所にもよるが王都に小さな家を建てることができる。ただの駆け出しの商人が用意できる金額ではないのは確かだ。
「なるほど、これが最初の資金と……」
「いや、それはクレトが転送業務をしてくれた場合の報酬だよ」
「月に金貨五十枚!?」
「いいや、一日の商いでさ。今は規模が小さいからこのぐらいしか払えなくても申し訳ないけど、いずれ収益が増えたらもっと払うつもりさ」
まさかの月給ではなく、日給で金貨五十枚という報酬額に驚きだ。
「それで大丈夫なんですか?」
「問題ないよ。クレトが力を貸してくれれば、それ以上の収益を僕は上げることができる」
これだけの大金を払うといったにもかかわらず、エミリオは自信満々の笑みを浮かべていた。
これだけ大きな口を叩くのだから相当な自信があるのだろう。
「改めてどうだいクレト? 僕と一緒に組んでみないか?」
……ふむ、どちらにせよリスクを負うのは資金を提供するエミリオの方だ。
仮に口だけで失敗したところで俺になんらリスクはない。
エミリオの言った通り、小さなところから駆け上がって最大限の利益を自分たちで手にするのもよさそうだ。
何より、エミリオという青年に少し興味を引かれている自分がいる。
「いいですよ。よろしく頼みます、エミリオさん」
「呼び捨てでいいよ」
「じゃあ、よろしく。エミリオ」
こうして俺とエミリオはロドニー少年という、たった三人の商会が動き出すことになった。
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