第7話 田舎で一泊
「帰ったぞ!」
「お帰りなさい」
村人に連れられて家の中に入ると、おっとりとした金髪の綺麗な女性が出迎えてくれた。
多分、この村人の奥さんだろう。
「あら、そちらの方は?」
当然、旦那の傍に知らない男性がいれば気になるだろう。
「王都からやってきましたクレトと申します」
「これは丁寧にどうも。アンドレの妻のステラといいます」
「アンドレさんっていう名前だったんですね」
奥さんの言葉で初めてこの村人の名前を知った。
「んん? そういえば名乗ってなかったか?」
「あなたのことですから、また強引に泊めてやるって言って連れてきたんでしょう? すみません、アンドレが無理をさせて」
ジトッとした視線をアンドレに向けると、ステラはすぐにこちらに向き直って申し訳なさそうにする。
「いえ、泊めてもらえることはすごく有難かったので気にしないでください」
本当は転移ですぐに戻りたかったので、ありがた迷惑な部分はあったが泊まると決めた以上は言っても仕方がない。
ステラの口ぶりから外からやってきた人を連れてくることが多いようだ。面倒見がいいんだろうな。
「そうだそうだ。そういうわけでクレトの分の夕食も頼む!」
しかし、当の本人はまるで悪びれた様子はない。
良い意味でも悪い意味でも細かいことを気にしないんだろうな。
「わかりました。ひとまず入ってください」
「お邪魔します」
そんな様子にステラもしょうがないといった様子だったが、すぐに諦めて中に入れてくれた。
なんだかいい夫婦だな。うちでは母親がすぐに亡くなってしまっていたので、こういう夫婦らしい会話を見たことがなかったな。
違いの長所や短所も受け入れている関係がとても羨ましく温かい。
アンドレたちの住む家は平屋建てだ。
床は木造で壁は石材でできている。大きなリビングにはテーブルやイスが並べられており、端には暖炉が設置されている。壁には農具やちょっとした武器も飾られていた。
この世界の一般的ともいえる家に思わず感心してしまう。元の世界の家とはまったく違うな。
スリッパや裸足になる文化はないのか、家の中も完全に土足だ。
靴を履いたまま他人の家に入ることに少しの申し訳なさというか、罪悪感のようなものを覚える。
「そうそう。娘のニーナも先に紹介してきますね」
ステラはそう言うと、奥の部屋に入っていく。
そして、すぐに同じ髪色をした少女をリビングに連れてきた。
年齢は十歳ぐらいだろうか? 金髪の髪をリボンでくくり、ポニーテールにしている。
クリッとした翡翠色の瞳が綺麗な可愛いらしい子だ。
「はじめまして、冒険者のクレトといいます。今日はアンドレさんのご厚意でお泊りさせてもらうことになりました」
「わたしはニーナ! よろしくね!」
視線を合わせて挨拶をすると、ニーナはにっこりとした笑みを浮かべて歓迎してくれた。
よかった。娘さんが複雑な年ごろや難しい性格じゃなくて。
チッとか舌打ちでもされていたら、すぐに転移で王都に帰るところだった。
「クレトはどこからやってきたの?」
「王都からやってきたよ」
「王都!? 色々な店や人がたくさんいる都会だよね?」
思いのほか王都に食いついてくるニーナ。
都会に対する憧れのようなものがあるのかもしれない。
「うん、そういう感じだね」
「王都のお話聞かせて!」
目を輝かせながら俺の手を引っ張ってイスに誘導するニーナ。
だけど、夕食のお手伝いとかいいのだろうか。
「よろしければ、娘の相手をしてあげてください。こんな田舎だと旅人さんのお話がいい娯楽になるんです」
「そういうことであれば」
「アンドレは食事の用意を手伝って。クレトさんをもてなすためにもう少し料理を作りたいから」
「なに!?」
俺とニーナに混ざって会話するつもりだったアンドレが驚きの声を上げる。
アンドレはすごすごと台所に向かうかと思いきや、スタスタと俺の方にやってきた。
「言っておくがニーナに手を出したり、変なことを吹き込んだらただじゃおかねえぞ?」
……なんだ、ただの親バカか。
◆
「なんだかいい匂い」
「本当だね。この匂いはチーズかな?」
ニーナに王都のことを話していると、台所の方からいい匂いがした。
香ばしい匂いにより、俺たちはすっかりと会話を中断させていた。
「夕食ができたので今持っていきますね」
しばらく、無言で台所の方を窺っているとステラのそんな声が。
すっかりお腹を空かせている俺とニーナは今か今かとそれを待つ。
すると、ステラがミトンをつけて大きな皿を持ってきた。
「今日はいいチーズを貰ったからグラタンにしてみました」
アンドレが敷いた鍋敷きの上にドンとグラタン皿が置かれる。
皿の縁ギリギリにまで盛り上がっているチーズ。未だにぐつぐつと音を立てており、ところどころにある焦げ目がとても香ばしい匂いを放っている。
表面には散りばめられたスライスソーセージやキノコ、こんもりと盛り上がったジャガイモなんかが見えている。
四人で食べるためか大きな皿にぎっしりと詰まっている。
「うわぁ~、美味しそう!」
「絶対、美味しいやつだね!」
あまりに美味しそうなグラタンを前に子供であるニーナと同じような反応をしてしまう。
だって、それぐらい美味しそうなのだ。仕方がない。
「ほい、パンにサラダにトマトスープだ」
アンドレがパンと彩り豊かなサラダの乗った皿に、野菜がたっぷり入ったスープを茶碗に入れて渡してくれる。
「うん? この肉はなんですか?」
サラダが盛り付けられている皿には、綺麗に円形に固められた赤いものがあった。
「ああ、それはタタールだ。少し火を入れた肉に味をつけて固めたものだ。新鮮な肉じゃねえとできねえから王都ではあまり見ないだろう?」
「確かにそうですね」
なるほど、ユッケのようなものか。
確かにあんまり火を入れないとなると、新鮮なお肉じゃないとできない料理だ。
王都でも生肉やレアに近い肉料理は少なかった。衛生管理が前世のようにしっかりしていないと気軽に新鮮な食べ物は食べられないしな。
「ニーナ、食器を並べるのを手伝って」
「はーい」
ステラとニーナが食器を用意する中、俺はただ一人テーブルで待機する。
この家について熟知しているわけでもない俺が動き回っても邪魔になるだけだしな。
「ワインは呑める口か?」
敢えて邪魔をしないように大人しくしていると、アンドレがワイン瓶を持っていい笑顔で尋ねてくる。
その無邪気な顔からしてワインが好きなんだろうな。
「強い方ではないですが呑めますよ」
「じゃあ、呑め呑め」
アンドレがご機嫌な様子でグラスを持ってきて、赤ワインを注いでくれた。
「いい匂いですね」
「お? わかるか? ここのブドウ農家はワインに結構うるさい奴でな。出来がいいんだ」
宿の食堂だと匂いからして酸っぱいものだった。そう考えるとここのワインは味に期待できそうだ。
にしても、田舎でゆっくりとワイン造りか……そういうのって何だかいいな。
空間魔法という反則的な魔法を持っている俺だが、お金を手に入れた後はどうするのだろう。前世のように働き詰めになる必要がないのは確かだ。
「あなた、夕食の準備ができましたよ」
今後の生き方について考えていると、いつの間にか夕食の準備が整ったらしい。
ステラもニーナもすっかりと席についている。
難しいことを考えるのは今度にしよう。今は俺のために作ってくれた料理と皆と向かい合うべきだ。
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