第6話 ハウリン村への到着
クーシャがオススメしてくれた依頼は、ハウリン村という場所にいくつかの手紙とお金を届けることであった。
手紙ならまだしも、お金がセットとなると中々に気が抜けないものだ。いや、他の荷物でもそれは同じなのだが、やっぱり責任も大きなものだからな。
それもEランクにアップするための試練なのだろう。
王都の南門に行くと、鎧をまとった騎士らしきものが確認をしている。
俺は冒険者を証明するためのプレートと依頼書を見せると、出国税もとられることなく王都を出ることができた。
まあ、転移が使えるので俺からすれば検問なんて無意味なんだけどな。
依頼中であれば、お金をとられることもないので余裕のある時はできるだけ潜ることにしよう。
城門を出て橋を渡り切ると、外にはだだっ広い平原があり、長い道が何十キロと遠くまで続いている。
「いい景色だ」
気持ちのいいくらい緑豊かな光景に心が和む。
これだけの面積のある綺麗な平地は前世では、見られることが少ないだろうしな。
景色を堪能しながら進む傍ら、ハウリン村までの地図を確認。
王都からいくつかの街や村を経由した先にあるそうだ。
馬車で向かえば一週間以上はかかる距離。しかし、転移が使える俺ならば、もっと時間を短縮することができる。
「転移」
視界の遥か彼方に見える空間をイメージすると、あっという間に数キロを移動することができた。
ハウリン村には行ったことがないので一息にとはいかないが、これを繰り返していくだけで馬車よりも速く進むことができるだろう。
「地上で転移をするより、上空から俯瞰した方がより遠くまで行けそうだな」
そんな風に転移を繰り返していく中、俺はそのような事に気付いた。
王都の鐘塔から見渡した時のように転移をすれば、もっと遠くまで転移できることに。
俺は遥か上空をイメージして転移を発動。
すると、上空に転移することができた。
そこから重力に引かれて落下していくが、地面に落ちる前に進みたい方向を見据えてそこに転移すれば問題ない。
「なんだかまるで空を飛んでいるようだ」
実際には空中から空中に転移を繰り返して、平行移動しているだけなのだが空を自在に移動できるのは楽しくて仕方がなかった。
「ギャアアッ!?」
「おお、悪い」
ここには俺以外誰もおらずってわけでもなく、空を飛んでいた鳥が驚きの悲鳴を上
げていた。
こっちも驚きつつも衝突しないように転移。
まさか、空で交通事故に遭いそうになるとは。
あまりにも突拍子もない出来事を体験し、思わず苦笑いしてしまう。
空にだって生き物がいるんだから気を付けないとな。
しばらく、そうやって空中転移を続けていると地上に三体の生き物がたむろしているのが見えた。
緑色の体表をした身長百センチ程度しかない小鬼のような生き物。
「あれはゴブリンか……」
ギルドの掲示板で討伐対象として張り出されているのを見たことがある。
クーシャは、あまりこの街道には魔物が出ないと言っていたがハグレモノなのだろうか。
ゴブリンたちは動物のような動きで街道を徘徊している。
棍棒を持っているが向こうの攻撃がこちらに届くことはないだろう。
空中にいる俺からすれば、転移で無視すれば問題ない相手。で、あるが自らの攻撃魔法を試すにはいい相手だ。
王都の路地で樽を相手に使ったことはあったが、実際に生き物に対して使ったことはないしな。
これから王都の外にも届け物をする以上、魔物と遭遇することだってあるだろう。
その時にビビッてしまわないように今の内に少しでも経験を積んでおいた方がいい。
そう思って、俺はゴブリンから少し離れた地上に転移をした。
遠くに人間がいることに気付いたのか、ゴブリンたちはこちらを見ると跳ねて喜ぶ。
「グギャッ! グギャギャ!」
そこらの動物と変わらないかと思っていたが、だみ声を上げながら細い手足で跳ねる姿に嫌悪感を抱かざるを得なかった。
上空からは顔までは見えなかったが、それほどまでにゴブリンたちの表情は悪意に満ちた醜悪なものだった。話し合える予知などないとわかるほどに。
「空間斬」
突撃してくる先頭のゴブリンにいる空間を切断する。
すると、ゴブリンの身体が斜めにずれ、上半身と下半身がずり落ちた。
紫色の血液をまき散らして、ドサリと崩れ落ちるコブリンの体。
やはり、その空間上にあれば生き物であろうと容赦なく斬り裂かれるようだった。
「グギャアッ!?」
これには後ろにいた二体のゴブリンも驚き足を止める。
訳もわからないままに仲間が真っ二つになってしまったので無理もない。
今度は仲間の遺体を見て慌てふためくゴブリン二体に狙いを定める。
「空間歪曲」
空間をねじると、ゴブリンの顔がぐにゃりと捻じれて、破砕する音が響き渡った。
二体のゴブリンはビクンと体を震わせると、そのまま地面に倒れ込んだ。
周囲に他のゴブリンがいないことを確認して近付く。
樽で実験された出来事がそのままゴブリンに反映されていた。
体を切断されたゴブリンはまだしも、顔をねじられたゴブリンは酷いな。
本来あるべき顔のパーツがあらぬところにいってしまっている。
「あまり見ていて気持ちのいいものじゃないな」
空間魔法という圧倒的な力で安全圏から仕留めただけなので実感が薄いが、はじめて魔物を討伐した。
しかし、前世では動物一匹殺したことのない俺だ。人を襲う魔物とはいえ、命を殺めることに罪悪感を抱いていた。
でも、この異世界ではそんな感情は邪魔になる。魔物と進んで戦いたいわけではないが、それなりに慣れておかないとな。
「ゴブリンの討伐証明の耳だけ切り取っておこう」
空間斬でゴブリンの耳を斬り落とすと、亜空間に放り込んでそのまま移動を再開した。
◆
「お、もしかしてあそこがハウリン村じゃないか?」
太陽が沈みそうな空が茜色になる時間帯。
いくつかの街や村を転移ですっ飛ばしてきた俺は、ハウリン村らしきものを見つけた。
上空から俯瞰して見てみると、たくさんの畑が広がっているのが見える。
ぽつりぽつりと民家が立っており、どう考えても建物よりも畑の方が多い。王都のような雑然とした人通りや騒音は皆無な、山や森に囲まれている田舎の地だ。
木製の柵に囲まれており、申し訳ない程度の見晴らし台が立っている。
クーシャに聞いていた通りのハウリン村と一致するな。
入り口には槍を掲げた見張り人が立っているので、きちんと地上から入るべきだろう。
急に知らない人が入ってきたら警戒するかもしれないし。
見張りの村人にバレないように地上に転移し、何食わぬ顔をして村に近付く。
すると、槍を持っていた男性がこちらに気付いた。
「おう、旅人か?」
明かに年上っぽい顔立ちだし、槍を掲げていたのでちょっとビビっていたが、かけてくる声は意外と柔らかいものだった。
田舎の村だけあって大らかなのだろうか。
「いえ、王都から依頼を受けてやってきた冒険者のクレトです」
「王都から? こんな田舎まで珍しいな? 一体なんの依頼でやってきたんだ?」
「手紙やお金の届け物です」
「差出人は?」
「グレッグさんにテイラーさんですね」
「ああ、あいつらの届け物か。冒険者になって中々帰ってこない癖に、そういうところは律儀だな」
送り主のことを知っているのか、男性は感慨深そうに呟いた。
「そうか。クレトが依頼を受けてやってきた冒険者だってことはよくわかった。何もない場所なのによく来てくれたな!」
「いえいえ、それが仕事ですから。あの、よければグレッグさんとテイラーさんの送り先の家まで案内してもらえませんか?」
「それは構わねえけど、今日は止めておきな。もうじき日が暮れるから明日にしとけ」
確かにもうすぐ日が暮れてしまう。夕食時にお邪魔するのは非常に申し訳ないが、俺からすれば届け物を渡せば転移で王都に帰ることができる。
できれば、このままパッと渡してしまいたいのだが。
「ですが……」
「宿ならうちに泊めてやるから遠慮すんな! さっ、俺の家に行くぞ! 王都の話でも聞かせてくれ!」
ガシッと肩を組んできて歩き出す村人の言葉に、俺は抗うことができなかった。
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