第5話 王都の外へお届け


 亜空間収納と転移を駆使することにより、俺は二つ目の依頼も五分も経過しない内に終わらすことができたのでギルドに報告にきた。


「クレトさん、どうかされました? もしかして、道がわからないとか?」


 どうやらあまりにも早く帰ってきたので、道に迷ったとでも思われているらしい。

 これだけ早く帰れば、そう思われてしまうのも仕方がないか。


「いえ、依頼を達成したのでその報告にきました?」

「ええ? まだ出発して十五分も経っていませんよ?」

「それでも終わってしまったので。ここに依頼主たちのサインがあります」

「確かに終わっています……」


 サインの書かれた依頼書を見せる、受付嬢は信じられないとばかりに言葉を漏らした。


「これで依頼達成ということでいいですよね?」

「ちょ、ちょっと待ってください! クレトさんの達成速度が常識外れ過ぎます! 


大変失礼ですが、一度確かめさせて頂けますでしょうか?」

 通常ならば二つの依頼で半日は溶けてしまう作業量だ。それを十五分程度で終わらせてきたというのだ、何かズルをしていないか思ってしまうのも無理もない。

 ここで変に拒絶してややこしくなって余計に時間がかかるだけだな。


「構いませんよ。では、依頼主のところまですぐにお連れしますので付いてきてくれませんか?」

「え? すぐって一体どういうことですか……?」


 戸惑う受付嬢をギルドから連れ出すと、ブロムさんの自宅を思い浮かべて複数転移を発動。

 俺と受付嬢の身体を光が包み込んだと思ったら、視界は既にブロムさんの自宅前に到着していた。


「はえっ!? ギルドの近くにいたのに、いつの間にか違う場所に!?」


 転移で景色が切り替わったことに受付嬢が驚いて間抜けな声を上げる。


「ここは東区画の住宅街?」


 受付嬢は周囲を見渡した後、おそるおそると言った風に呟いた。

 土地勘があるだけあって転移させられようが、おおよその場所は把握できるようだ。


「はい、一つ目の依頼の届け先です」

「確かに依頼書に書かれていた通りの。でも、一体どうやってこんなすぐに移動を……」

「これが俺の空間魔法ですよ。この力で俺は移動を繰り返して依頼をこなしました」

「……なんですかそれ。滅茶苦茶過ぎます」


 迅速に依頼を達成した種明かしをすると、受付嬢が呆然とした表情を浮かべた。


「念のために届け物が届いているか確認しますか?」

「一応、尋ねてみます」


 受付嬢がそう言うので、俺は再び扉をノックする。

 すると、程なくして先程と同じブロムさんの孫娘さんが出てきた。


「あなたはさっきの冒険者さん? どうかしたの?」

「すみません。実はこの依頼が初めてだったものでギルドの職員さんが念のために達成できているかを確認したいと」

「そ、そういうことです」


 スラッと流れ出る嘘に受付嬢が引きつっていたが、何とか意図を汲んで頷いてくれた。

 だって、不正をしていないか確かめるために調べにきましただなんて言えないでしょうに。


「あら、そうだったの? ギルドの職員も大変ね」

「恐れ入ります。それで、依頼の方がいかがだったでしょう?」

「彼は届け物に傷ひとつつけた様子もなく、きちんと届けてくれたわよ? なんなら直接確かめる?」

「いえ、その言葉で十分です。ご協力ありがとうございます」


 受付嬢と俺は軽く頭を下げると、その場を立ち去る。

 そして、さっきと同じように複数転移で冒険者ギルドの近くに戻ってきた。


「これで俺が問題なく依頼を達成していることは確認できましたよね?」

「そうですね。こんな便利な魔法があるなんて……」


 どこか渇いた笑みを浮かべる受付嬢。

 便利過ぎる魔法に言葉がこれ以上出ないようだ。


「二つ目の依頼先にも転移して達成を確かめに行きますか?」

「……いえ、もういいです。きちんとサインもありますので」

「では、そういうことなので他の依頼を受けさせてください」

「……わ、わかりました」


 少し面倒ではあったが、これから依頼を受けていくことを考えれば職員に説明しておいて損はない。むしろ、やりやすくなるだろう。

 それに複数人での転移も試せたし、悪いことばかりではなかったな。



 冒険者ギルドに戻った俺は、その後すぐに他の届け物の依頼を受けて完遂したのであった。



 ◆




 転移で届け物の依頼をこなしまくること数日。

 俺は今日も今日とてギルドを訪れて、届け物の依頼をこなそうとしていた。

 色々な場所に行くことによって瞬時に移動できる範囲が増える。さらにお金も貰えるので王都内での届け物に依頼は俺にとって安全で堅実に稼げる仕事だった。

 簡単な雑用依頼なのでランクアップするために査定値は低いだろうが、数をこなせばEランクに上がることは難しくない。塵も積もれば山となるってやつだな。


「クレトさん、ちょっとこちらに来てください!」


 依頼の張り出された掲示板を見に行こうとすると、受付嬢に呼び出されてしまった。

 なんだか最初に冒険者登録をし、転移を見せてからすっかり俺の担当っぽい位置付けになっている。

 この間、違う受付嬢のところに並んだら「担当が違う」とお役所さんのような言葉

を告げられてしまったし。


「えーっと……」

「クーシャです」


 どうやら俺を担当しているクマ耳の受付嬢はクーシャという名前だったらしい。地味に今初めて知った。


「クーシャさん、何のご用ですか?」

「クレトさん、今日も王都内の届け物依頼を受けるつもりですか?」

「そのつもりですが?」

「今日は王都内のものではなく、王都外の届け物依頼を受けてもらえないでしょうか?」

「どうしてです?」


 高いランクになると指名依頼のようなものが発生することもあるが、Fランクである俺とは無関係だ。

 それにどのような依頼を選ぼうとも冒険者の自由のはずだが。


「クレトさんが届け物の依頼をこなし過ぎると、他の駆け出し冒険者の依頼がなくなってしまうのです」

「あー、なるほど」


 届け物依頼といってお、低ランクの者にとっては貴重な臨時収入だ。

 それを俺が転移で一日に二十や三十もこなしてしまうと、他の冒険者が受ける依頼がなくなってしまうか。


「逆に言えば、王都の外に行くものであれば、いくら数をこなそうとも影響することはないので、存分にこなして頂けると助かります」

「王都の外ですか……」


 王都の外にも興味はあるのだが、人を襲うという魔物のことを考えると少し二の足を踏んでしまうな。

 空間魔法なんて反則な魔法があるから大丈夫だとわかってはいるのだが。


「その代わりと言ってはなんですが、次の依頼をこなせばクレトさんをランクアップに推薦したいと思います」

「本当ですか?」


 クーシャのわかりやすい餌に俺の心が揺れ動く。


「はい! Eランクになれば受注できる依頼も増えますし、お金もたくさん稼げますよ!」


 社畜として底辺で働いていた経歴が長いせいか、昇進、お賃金のアップという魅力的な単語をチラつかされると弱いものである。

 クーシャの甘い言葉により、俺はすっかりと王都の外に行く気分になっていた。


「わかりました! では、王都外への届け物依頼を受けることにします!」

「ありがとうございます!」


 そうやって俺は、異世界にきて初めて王都の外に出ることになった。

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