第4話 転移で届け物
王都の中心部にあるそこそこの宿屋で異世界初日を明かした俺は、翌朝冒険者ギルドにやってきていた。
空間魔法についての把握ができたので、何か手頃な依頼をこなしてお金を稼ぐためである。
王都を少し歩いただけなので絶対とはいえないが、恐らくこの世界はそれほど交通が発達していない。
人々は大概徒歩で移動しており、精々が馬や馬車といったものに乗って移動する程度。
前世のように自動車や自転車があるわけでもないし、電車や新幹線で通っているようにも見えない。飛行機だってないだろう。
ここはファンタジーな異世界。魔法の力や屈強な魔物がそれらの役目をはたしている場合もあるが、前世のように誰でも気軽にどこにでも行けるわけではないだろう。
そうなると、転移で瞬時に場所を移動できる俺は、大きなアドバンテージだろう。
何せ移動がままならない世界だ。あっちこっちで品物を買い取り、売り捌くだけで簡単に儲けることができる。
しかし、異世界の知識がまったくないまま、商人のような真似をするのは危険だ。
何せ俺には何が売れるかも、どこに何があるかもわからない。
今は知識を得ながらお金を稼ぎ、人脈を形成して準備を進めるのが一番だろう。
そういうわけで、俺は依頼をこなしながら勉強をするつもりだ。
冒険者ギルドの中は今日もたくさんの冒険者がいる。
併設された酒場では朝食を口にしながら真剣に話し合うグループが何組も見受けられた。
あのようにパーティーを組んで、依頼をこなしていくものなのだろう。
通常なら初心者である俺もそれを見習うべきであるが、転移で瞬時に移動することのできる俺からすればデメリットの方が大きかった。
俺の魔法は個人だけでなく複数人も転移できるみたいであるが、俺個人の都合や事情を考えると一人の方が何かと好都合なのである。
まあ、どちらにせよまともな武器や防具すら纏ってない、駆け出し丸出しの冒険者と組みたいと思うような人はいないと思うけどね。
自虐的な思いを抱きつつも、俺は一人で掲示板を眺める。
そこには多種多様な依頼が張り出されていた。
それこそゲームで定番ともいえるゴブリン、オーク、スライムといった魔物の討伐から、街や村へと移動する商隊の護衛。薬草や果物、木の実の採取依頼。
王都の施設の掃除や荷運び、迷い犬探し。
「……本当に色々な依頼があるもんだな」
まさしく何でも屋と言うに相応しい幅広い依頼が張り出されていた。
とはいえ、俺が受けられる依頼はFランクの依頼のみ。
そうなると受けられるものはかなり絞られており、受けられる討伐依頼はほとんどない。
そのほとんどが近場での採取依頼で、それ以外だと街での荷運び、掃除、手紙の配達といった雑用のようなものが圧倒的であった。
駆け出し冒険者はこうやったものをこなしていき、知識や人脈、腕を磨いてEランクを目指し、討伐依頼を受けるものなのだろう。
それに対して何ら異論はなかった。元より、こちとら平和な世界で生きてきた一般人だ。
反則的な魔法を持っていようが、いきなり魔物を討伐しに行くような勇気は持ち合わせていなかった。
地道に雑用依頼をこなしていこう。
その中で俺が目をつけたのはお届け物の依頼だ。
荷物を届けるだけの簡単な依頼。依頼額は大して高いものではないが、数をこなせばいい。
移動時間が一番ネックなのだが、空間魔法で転移できる俺からすれば何も問題はなかった。
むしろ、情報を集めながら荒稼ぎできるだろう。
届け物の依頼を五つほど手に取って、受付に歩いていく。
すると、今日もクマ耳を生やした受付のお姉さんがいた。
「こんにちは、クレトさん。今日はご依頼を受けるんですか?」
「はい、こちらの依頼をお願いします」
さすがに昨日、登録したこともあって名前を覚えてくれていたみたいだ。
ちょっとした嬉しさを覚えつつも、受注する依頼書を提出。
すると、にこやかな笑顔を浮かべていた受付嬢が微妙な顔をした。
「……あの、クレトさん。五つも受けられるんですか?」
「はい、そうです」
「確かにこういった依頼を複数こなすのは悪いことではありませんが、いきなりこれだけの数を受けるのはリスクが大きいと思いますよ? 期日までに間に合わないと罰金が発生してしまいますので。面倒かと思いますが、依頼を達成して適宜ギルドに戻ってきて受注された方が……」
「大丈夫です。足には自信がありますから」
きっぱりと告げると、受付嬢は困ったような笑みを浮かべた。
彼女がそう言うということは、実際これだけの数をこなすのはかなりきついのだろうな。
だが、俺には転移魔法がある。たとえ、距離が離れていようと問題はない。
「それでも、この配達地点となると厳しいですよ。荷物もかなりの量ですし、往復することを考えると不可能です。達成できない依頼を受けさせることは職員としてもできません」
しかし、そんな俺の事情を知らない受付嬢は首を縦に振ってくれなかった。
しっかりとしているのは組織として素晴らしいが、ちょっと面倒くさい。
「……わかりました。では、こちらの二つだけ受けることにします」
「はい、それならば問題なくこなせると思います。それでは受注の手続きに入りますね!」
譲歩すると、受付嬢はホッとしたような笑みを浮かべて手続きを進めてくれた。
実績がない者が無理を言っても仕方がない。
まずは実績を示してから一気に受けることにしよう。遠回りのようであるが、その方が近道だからな。
◆
俺が冒険者ギルドで受けた依頼は二つ。
一つ目は、ブロムというご老人の依頼で、離れたところに住んでいる家族のところにイスを届けること。
二つ目は、王都にある商会の本店から、反対側にある支店に品物を届けること。
まずは一つ目の依頼をこなすことにした。
「依頼人の家は南区画で、届け先の家は東区画か……」
まずは依頼人の住んでいる家に向かってイスを受け取ることだな。
冒険者ギルドの周辺しか移動していない俺からすれば、そこがどこかもわからないが転移を使えば問題はない。
まずはそびえ立つ鐘塔に転移。
そこから依頼人に家があるだろう南区画を見渡して、依頼書に書かれている地図と睨めっこ。
「大体、あの辺りだな」
目的地に辺りをつけると転移を発動。
あっという間に南区画にある建物の屋根に転移する。
一度行ったことがなければ転移できないので、このような手段をとらなければいけないが、それは最初だけだ。一度行ってしまえば問題はない。
届け物の依頼をこなす度に、転移で行ける範囲も増えるので一石二鳥だ。
「あった! この家だ!」
依頼に書かれていた家の特徴と合致するものを見つけた。
王都の中央にある冒険者ギルドから、ここまで一分も経過していない。
鐘塔から見た限り、数キロはあるような距離だったのでまともに歩いて向かえば、かなりの時間が経過していただろう。
速やかに扉をノックすると、中からお爺さんが出てきた。
「すみません、届け物の依頼を受けた冒険者です」
怪訝な顔をしていたお爺さんであるが、依頼書をしっかりと提示するとにっこりと笑った。
「おお、早速受けにきてくれたのか。届けてもらいたいイスは庭に置いている。それを孫娘の家に届けてくれ」
「わかりました!」
お爺さんの指した先にあるのは大きめのイス二つ。これを届ければいいらしい。
成人男性であれば、二つを同時に持つことくらい訳ないが徒歩で持っていくには面倒だろうな。
だが、俺には関係ない。
「では、行って参ります」
「頼んだぞ」
イスを二つ持ち上げた俺は、家の敷地内から出ていく。
「亜空収納」
それから空間魔法を発動させると、亜空間が開いた。
これは空間魔法の一つである収納だ。この亜空間の中では時間という概念はなく、物質であればどのような大きさのものでも劣化することなく収納することができるのだ。
ゲームでいう、アイテムボックスやマジックバッグのようなものだ。
これがあれば、どんな物でも手軽に運ぶことができる。
そこにイスを二つ放り込むと重さなんて関係ない。
手ぶらになると、俺は転移を発動。
中心部にある鐘塔に戻ってくると、記憶にある地図を思い浮かべて東区画を見据える。
さっきと同じように大まかに東区画に転移をし、目的地らしい建物を見つけるまで転移を繰り返す。
「ここだな」
少し届け先の家を絞り出すのに手間取ったが、五分もかかっていない。
扉の前で亜空間に収納したイスを二つ取り出して準備万端だ。
ノックすると若い女性が出てきた。
髪色がブロムさんと同じだし、目元がどことなく似ている。
「すみません、届け物の依頼を受けた冒険者です。ブロムさんから頼まれて、イスを二つお届けにきました」
「ああ、お爺ちゃんがこの間言っていたイスね! 届けてくれてありがとう!」
ブロムさんのサインの入った依頼書を渡すと、女性は慣れた様子で受け取りのサインを書いてくれた。
宅急便などが発達していない王都では、このように冒険者がその役割を担うことが珍しくないのだろうな。
しかし、仕事中にこのように礼を言われるのはいつ振りであろうか。基本的にデスクワークが多かったし、上司は労うことができない人種であった。
このように人に感謝されたのは随分久し振りで気恥しく思えた。でも、やはり嬉しいものだ。
「いえいえ、では失礼いたします」
依頼主と届け先の主のサインをギルドに提出すれば、依頼は達成。
これで一つ目の依頼は完了したも同然だ。
まだ転移できる範囲は少ないせいで時間がかかったが、冒険者ギルドを出てから十分も経過していない。
これから依頼をこなして、たくさんの場所に行けばもっと効率は上がる。
そうなれば、二分以内に依頼を一つこなすことも難しくないだろうな。
「よし、次の依頼主の場所に向かうとするか!」
俺は二つ目の依頼書を確認し、再び転移を発動させるのであった。
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