第3話 空間魔法でどこまでも

 水晶に手をかざすと名前、種族、年齢やランクが表示された。

 その中で気になったキーワードは魔法適性というもの。


「……空間魔法?」


 そう呟いた瞬間、身体に電流が走ったような感覚がした。

 ついさっきまで何かわからなかった空間魔法だが、今ではその使い方や効果がハッキリとわかる。


 まるで最初から刻み付けられていたかのように。


 今まで体内で眠っていたけど、それが起動して情報がインストールされたかのようだった。

 それに付随して、この世界における力である魔力や魔法に関する情報も入っていた。

 ドッと情報が入ってきて、ちょっと気持ち悪い。


「空間魔法? なんでしょう? 聞いたことのない魔法です」


 受付嬢は知らないのか、空間魔法という単語を見て不思議そうに首を傾げていた。


「ルミナさん。新しく登録した人の魔法適性に空間魔法って出たんですけど、わかります?」

「なにそれ? 一般的な火、水、土、風、闇、光、無のどれにも当てはまらないじゃない」

「ですよね。こんな魔法前代未聞です……」


 思わず同僚に声をかける受付嬢であるが、その人も知らないようだ。

 無理もない。このような魔法は、通常なら授かることのない魔法だ。

 これを授かった原因は間違いなく、俺をこの異世界に招いた存在だ。

 神なのか何なのかもわからない奴だけど。この魔法の特性と言葉を思い出す限り、そうとしか思えない。


「ギルドマスターなら何かわかりますかね?」

「でも、今は出張でいないわよ?」

「あの、登録を進めてもらえますか?」


 なんだかお偉いさんを呼ぶような流れになっているが、こちらとしてはとにかく登録を進めてもらいたいところだ。


「……どうしましょう?」

「別にいいんじゃない? 悪いことをしたわけでもないし、魔法適性が変わっているからといって登録できない規則はないから」

「そ、そうですよね」


 さっぱりとした公務員のような同僚の言葉を受けて、獣人の受付嬢は登録を進めることにしたようだ。

 そのまま受付嬢は手続きを進めてくれる。


「こちらがFランク冒険者を証明するプレートになります。依頼を受けている時は通行税が免除になります。紛失すると銀貨三枚の罰金となりますのでご注意ください」

「わかりました」


 差し出されたプレートを受け取ると青銅だった。

 恐らく貨幣と同じ材質のものを使っているのだろう。貨幣のように質が上がっていくのでわかりやすい。


「これでクレトさんの冒険者登録は完了しました。早速、なにか依頼を受けますか?」

「いえ、準備をしてから改めて受けにきます」


 まずはこの空間魔法というものを把握してからじゃないとな。

 だが、この魔法があれば恐らく仕事にあぶれることはなさそうだ。焦る必要はない。


「かしこまりました。クレトさんのこれからのご活躍に期待しております」




 ◆




 冒険者ギルドで登録した俺は、自分の魔法について把握するべく人気のない路地にきていた。

 空間魔法とは、魔力を利用して空間を操る魔法である。

 空間を操作すると、それは現実へと影響を及ぼすことにもなる。

 知識の中に入ってきた空間魔法を早速使用してみることにする。


「空間斬」


 何もない目の前の空間を切り取るようなイメージで魔法を発動すると、指定した空間が切れた。

 パッカリと割れ目のようなものが見えており、その奥には様々な色が合わさった暗い空間が見えている。次元の狭間のようなものか。


 今度は何もない空間ではなく、放置されている腐りかけの樽に向けて発動してみる。

 すると、空間上にあった樽は綺麗に斬り裂かれてしまった。

 やはり空間上にあるものにしっかりと影響があるらしい。

 地面にも試してみると、石畳であろうと問答無用で斬り裂かれた。


「空間歪曲」


 今度は空間を捻じ曲げるようなイメージで発動すると、空間がぐにゃりと捻じ曲がる。

 空間がねじ曲がったせいで奥にある景色まで滅茶苦茶だ。

 まるで度数の合っていない眼鏡をかけているような感じである。

 先程切断した樽に合わせると、空間に合わせて樽本体もバキバキと捻じ曲がった。

 ブラックホールに吸い込まれたかのような現象だ。


「……反則過ぎる魔法だ」


 空間そのものを作用するために、そこにある物質がどれだけ硬質であろうとお構いなし。

 どれだけ立派な鎧を纏おうが、防御を固めようが、堅牢な砦に籠ろうが空間に干渉してしまえば意味はなさない。

 恐らく、俺と同じように空間を操る魔法を習得していないと防御不可能だろう。


「こんな魔法を与えて、異世界に放り込むなんて何を考えているんだ?」


 名や姿さえも見た事のない存在のことを思いながら呟く。

 神的な存在は一体俺に何をしろというのか。

 この反則的な魔法を使って、この世界でのし上がれとでもいうのか。

 しかし、そんな使命のようなものは与えられていない。


 強いていえば……


『遠くに行けるだけの力は与えた。あとは好きに生きるがいい』


 遠くに行けるだけの力。それって空間魔法のことなのか?

 空間魔法の中には瞬時に距離を移動できる転移がある。

 確かにその力があれば、遠くだろうと瞬時に行くことができる。

 視線を上げてみると、対角線上の離れたところに三階建ての民家の屋根が見える。

 その屋根の上の空間を思い描くと、自身の身体を光が包み込んだ。

 そして、俺は人気のない路地から三階建ての屋根の上へと移動することに成功した。


「……本当に一瞬で移動することができる」


 瞬時に目的地に移動することができるのが信じられない。

 前世でも、このような力があればと何度も夢想した。そんな力が異世界で現実なものになるとは……。

 眼下では楽しそうに通りを歩いている人間や、退屈そうに欠伸を漏らすエルフの露店売り、荷車を引いて野菜を運ぶ獣人といった人々の営みが俯瞰できた。


「もっと眺めのいいところに移動したいな」


 民家の屋根の上では満足できず精一杯周囲を見渡すと、遠くで鐘の設置された建物が見えた。

 ざっと見たところ高さが抜きんでている。高さ八十メートルくらいあるんじゃないだろうか。

 あの鐘塔ならゼラールを一望することができそうだ。

 鐘の真下の空間をしっかりとイメージして転移。

 すると、瞬時に視界が切り替わって鐘塔の中に移動することができた。


「おっと、さすがに高いけど見晴らしがいいな!」


 あまりの高さに着地した瞬間に足が震えた。

 だけど、鐘塔からは見渡せる光景はそれを吹き飛ばすほどだった。


 さっきのように通りを行き交う人の様子がよく見えるわけではないが、王都全体を見渡すことができる。

 こうやって王都を見下ろしてみると、意外と整然とした造りになっているのがよくわかった。

 不規則なようで規則性があり、外観だけでなく機能的にも美しい。設計した人は天才だ。

 さっき登録したばかりの冒険者ギルドだって見えている。

 王都を囲う城壁よりも高い故に、王都の外に広がっている光景も良く見えた。

 どこまでも続く街道に緑一色の広大な平原。彼方の方では若干霞んでいるが山々すらも見えている。

 発展した街並みの外には、雄大な自然が広がっていた。


 ここには高層ビルや自動車や電車などもない。

 煩わしいと思っていた会社や、上辺だけの関係しかない窮屈な人間関係もない。

 この魔法があれば、どこにだって行くことができる。

 そう思うと、とてもワクワクしてきた。

 まさに謎の声の主が言う通り、遠くに行って好きに生きろということなのだろう。

 声の主の意図はわからないが、それが一番しっくりしているように思えた。


「あんたの言う通り、この魔法を使って異世界で好きに生きてみることにするよ」


 何せ、この力があえばどこにだって行ける。可能性は無限大だな。

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