第2話 適性魔法
喪服を売り払って手に入れたお金で、俺はこの街に溶け込めることのできる一般的な服を手に入れた。
少しごわついた麻のような生地のシャツにベスト。それに長ズボンや革でできた靴。
通りに行き交う人間の男性も纏っているような一般的な服装だ。
一式そろえて銀貨五枚。手元にあるのは金貨四十九枚と銀貨五枚。
これがこの世界でどの程度の金額なのかもわからない。
貨幣の価値がわからないとやりくりができないので非常に困る。
まずはお金の価値を知らないと。しかし、問題はそれを誰から聞くかだ。
考えてみてほしい。二十七歳の大人が百円玉を差し出して、これは何円だと尋ねてくる光景を。前世でそんな大人に遭遇したら、絶対にヤバイ奴だと思う。
少なくても俺ならドン引きする。
「……お花いりませんか?」
どうやって貨幣の価値を把握するかを考えていると、ズボンの裾を引っ張られた。
思わず視線をやると、そこにはバスケットにたくさんの花を摘んだ幼女がいた。
年齢にして六歳くらい。どこか舌足らずな言葉が何とも愛らしい。
……しっかりした大人ならお金の価値を尋ねたらドン引きかもしれないが、幼女なら大丈夫かもしれない。
チャンスだと感じた俺は腰をかがめて、幼女と目線を合わせる。
「お花を買ってあげるかわりに、ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかい?」
「本当? じゃあ、先にお花を買って! そしたら、何でも答えてあげる!」
幼女は意外としっかりとしていた。情報が欲しいなら先に品物を買えと要求。
「わかった。一本いくらだい?」
「銅貨二枚」
もしかしたら、ぼったくられている可能性もあるが情報のためだ。
銀貨一枚を差し出すと、銅貨八枚が返ってきた。
ということは、銅貨十枚で銀貨一枚の価値なのか?
「質問に答えてくれるかい?」
「うん、いいよ」
「じゃあ、俺にお金の価値を教えてくれるかな?」
「そんなことでいいの?」
「うん、教えてくれると助かるな」
「わかった!」
俺の予想通り、幼女は大人と違って警戒心を露わにすることなくスラスラと答えてくれた。
幼女故にやや説明にまとまりがなかったが、それらの情報をかき集めるとこんな感じだ。
白金貨一枚=十万円
金貨一枚=一万円
銀貨一枚=千円
銅貨一枚=百円
青銅貨一枚=十円
といった値段で十進法らしい。
となると、俺の手持ち資金は日本円で四十九万四千八百円ということになる。
一食の一般的な値段は銅貨五枚以内で賄うことができることを考えると、それなりの資金だ。
どうやら喪服は、異世界で生活を始めるいい資金になってくれたようだ。
懐が温かいとはいえないが、宿に泊まりながら十分に活動していくことはできるだろう。
「もう聞きたいことはない?」
色々と説明しているといい気分になったのであろう。幼女がもっと聞いて欲しそうな態度で聞いてくる。
「次はこの国と街の名前を教えてほしいな」
「ここはアルデウス王国の王都ゼラールだよ」
やはり、聞いたことのない地名が出てきた。
地理に詳しいとはいえないが、そんな国名と都市は知らないな。
「日本っていう国は知ってるかい?」
「にほん? 知らないよー」
試しに元の世界の国名を尋ねてみたが、聞いたことがないような素振りだ。
知らない以上、帰る術も知らないだろう。
幼女の知識には限界があるとはいえ、すぐに帰れないだろうし、帰るつもりも今となってはないけど。
「最後にこの街で働ける場所を探しているんだけど、仕事を紹介してくれる施設とかはない?」
「おじさん、無職なの?」
「……あ、ああ、ここにやってきたばかりの旅人だからね」
幼女の無職という言葉より、おじさんと呼ばれたことの方がショックだった。
二十七歳というのは前世でもおじさんに差し掛かるか、掛からないかという際どい年齢とはいえ、実際に言われてみると結構ショックだった。
旅人などと名乗ったのは、無職というショックワードを軽減するための無意識に出た言葉だった。
「仕事が欲しいなら冒険者ギルドに行って、冒険者になるといいよ!」
「……冒険者って、あの依頼をこなしてお金を貰う何でも屋のこと?」
「うん! 男なら魔物を倒して一攫千金だってパパが言ってた!」
幼女の父親は冒険者なのかもしれない。
この世界にはファンタジー世界でもおなじみの魔物や冒険者が存在して、それは誰でもなれる職業のようだ。
困ったらそこで冒険者になって依頼をこなせばいいと幼女がアドバイスしてくれる。
「わかった。ひとまず、冒険者ギルドに行ってくるよ。どこにあるか教えてくれるかい?」
「いいよ!」
◆
花売りの幼女のアドバイスに従って、俺は冒険者ギルドらしき建物にやってきていた。
大通りに面している二階建ての建物。
中から聞こえてくる野太い声にビビりながらも、中に入ってみる。
ギルド内は割と広い造りをしており、中央には受付らしきカウンターがある。
そこでは武装をしたたくましい男女が何組か手続きをしていた。
端っこの掲示板では様々な依頼書が張り出されており、真剣な様子で見ている人たちがいる。
併設された酒場では昼間にも関わらず、いかつい男が酒を酌み交わして騒いでいるのが見えた。
中には新しく入ってきた俺に値踏みするような視線を向けてくる人もいる。
正直に言ってすごく怖いけど、おどおどしていると余計に絡まれるだけなので敢えて堂々としていく。
不良たちがたむろしているコンビニ前を通るようなものだ。何気ない態度で歩いていけばいい。
そんな精神で受付に向かうと、受付嬢が笑顔で声をかけてくれた。
「いらっしゃいませ、冒険者ギルドにどのようなご用でしょうか?」
橙色の髪をアップでまとめた女性。頭頂部には丸みを帯びたクマのような耳が生えている。
獣人という種族だろう。
まじまじと見つめたくなるが失礼なので、全力で視線を逸らして用件を伝える。
「冒険者になりにきました」
「冒険者登録をご希望ですね。冒険者についてのご説明は必要でしょうか?」
「念のためにお願いいたします」
ゲームやネット小説だけの知識しかないので、しっかりと聞いておくことにする。
「かしこまりました!」
冒険者にはS、A、B、C、D、E、Fとランクがあり、依頼をこなしたり、何かしらの成果を上げることで昇格していく。
頂点であるSランクは国に数人しかいないほどの実力者のようだ。
依頼は、落とし物や街の掃除、届け物と簡単な仕事から始まり、成果を上げると素材の採取、魔物の討伐、捕獲、探索、護衛といった難易度の高いものも受けられるようになる。
ちなみにパーティーメンバーの実力と職員の認可で上のランクに挑戦できることもできるようだ。
他には色々と規則や注意を受けるが、ギルド内で乱暴はしない、物を盗んだりしないなどという初歩的なことばかりだった。
「冒険者についての説明は以上になります。他に質問がなければ、銅貨五枚の登録手数料を支払っていただき手続きに入りますがよろしいでしょうか?」
「はい、お願いします」
細々とした疑問はあるが、いきなりそれを聞いても仕方がない。
まずは登録して、お金を稼げるようにならないとな。
「では、こちらの水晶に手をかざしてください」
登録料を支払うと、受付嬢はカウンターに青い水晶を乗せてきた。
「これは?」
「冒険者の情報を登録するためのものです。これらは各地にある冒険者ギルドにも設置されていて、登録された情報をどこでも閲覧することができるんです」
「それはすごく便利ですね。どういう仕組みなんです?」
簡易的なネットワークのようなものじゃないか。一体、どういう原理なのか。
「申し訳ございません。それをお教えすることは……」
「ですよね。変なこと聞いてしまってすみません」
「いえ、ぶっちゃけ私もよく知りませんから」
サラリと漏れる受付嬢の本音にずっこけそうになる。
仮に知っていたとしても、企業秘密に当たるものを聞いても教えてくれないのは当然だろうな。
「では、手をかざしてください。それだけでお客様の情報が表示されますので」
「わかりました」
受付嬢に促されて、俺は水晶の上に手をかざす。
すると、水晶が輝きだして文字が表記された。
フタエ=クレト 人間 二十七歳
ランク F
適性魔法 空間魔法
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