異世界ではじめる二拠点生活~空間魔法で王都と田舎をいったりきたり~
錬金王
第1話 異世界転移
四日前。父が死亡した。
そして、今はもろもろの手続きや葬式を終えた帰り道。
俺の母は物心つく頃に病気で亡くなった。祖父も天寿を全うしており、家族と呼べるのは父だけであった。
親戚はいるが縁は薄く、葬儀でしか会ったことのない他人のようなもの。
二重暮人、八王子に住む二十七歳の独身。親しい友人や恋人もいない。
「……そうか。俺、ついに独りぼっちになったんだな」
父の葬儀を終えると、当たり前の事実を認識することができた。
実家に戻れば、当たり前に父がいる。
未だにそんな風なことを考えていたが、今はもう違う。
そこには誰もおらず、歓迎してくれる人も心配してくれる人も励ましてくれる人もいないのだ。
――もう頼れる人はいない。
孤独であることを認識すると吐き気がし、身体がズンと重くなっていった。
慣れない葬儀の段取りを行ったせいだろうか。心と身体が疲れている。
唯一の肉親ともいえる父の死は思っていた以上に、俺の心をむしばんでいたようだ。
有給申請は今日までであるが、上司にお願いをして何とか半休を……。
家族が亡くなったばかりなのに、次の仕事のことを考えなければいけない。
そんな自分の社畜精神と環境が嫌になるな。
自己嫌悪に陥っていると、喪服のポケットに入れているスマフォが振動した。
取り出してメールを確認すると、上司の名前が表示される。
内容は、有給は今日までで明日は絶対に来いという命令文であった。
「家族を失っても、明日には出勤か……本当に嫌になる」
上司に先手を打たれた。これでは半休をとらせてくれとは言い出しづらい。
言ったところで理不尽に怒鳴り、減給をちらつかせてきそうだ。
「……はぁ、何もかも投げだして遠いところに行きたい」
どうせここに俺の居場所はないんだ。だったら、もっと遠いところに行って、快適な生活を送りたい。
『ならば、お前にしよう』
星空を眺めながら半ば自暴自棄になっていると、頭の中に謎の声が響き渡った。
「な、なんだ? 今の声は?」
慌てて周囲を見渡してみるが誰もいない。
じゃあ、俺に声をかけてきたのは一体誰なんだ?
いくつもの疑問が頭を埋め尽くす中、気が付けば足元に魔法陣のようなものが広がっており、まばゆい光が俺を呑み込んだ。
あまりの眩さに両手で目を覆う。
そして、おそるおそる目を開けてみると、そこは八王子の薄暗い通りではない。
日本風景とは思えない、中世的な外観をしている建物や道が広がっていた。
現代日本とは思えない洋服を身に纏った人間や、頭に耳を生やした獣人、耳の尖ったエルフといった異種族が行きかっている。
「……なんだこれは?」
あまりの景色の変わりようにあんぐりと口を開けてしまう。
街並みだけでなく、行き交う人の様子をみれば、ここが地球ではないことは明らかだった。
『ここは異世界。お前が望んでいたどこでもない遠い場所だ』
「は、はあ? 異世界? そんなことを急に言われたって、どうすればいいんだ?」
『遠くに行けるだけの力は与えた。あとは好きに生きるがいい』
ヤバい、こいつ人の話を聞いていない。
もう必要なことは伝えたとばかりの雰囲気に嫌な予感がする。
「ちょっと待ってくれ! 説明が足りてない! もっと説明を……っ!」
慌てた俺はもっと詳細な説明を願うが、頭の中に響いてきた声はうんともすんとも答えてくれなかった。
俺を異世界に連れてきた神様的な存在の何かは、本当にどこかに行ってしまったか、興味を失ってしまったようだ。
周囲にいる異世界の住人が、虚空に向かって叫ぶ俺を見て、露骨に退いているがそんな些細なことを気にしている場合ではなかった。
「どこか遠くに行きたいと言ったけど、まさか異世界に飛ばされるなんて……」
口では悲嘆的言葉を呟いているが、現実世界に対して未練はなかった。
肉親である父は亡くなり、親しい友人も恋人もいない。
あの場所で社畜として働き続けることに、何の魅力も抱いていなかったからだ。
そりゃ、生きていれば素敵な人に出会えて、家庭を築ける可能性もあったが、この年齢になっても独り身な現状では大して希望も見いだせない。
それだったら、いっそのこと何もない異世界で再出発する方がいいんじゃないか。
葬儀を終えて、色々と精神がぐちゃぐちゃになっていることもあってか、こんな無茶苦茶な状況であっても開き直ることができた。
きっと、精神が乱れているからこその思考だろう。冷静になって恐怖心を取り戻したり、動けなくなってしまう前に動こう。
とりあえず、広間にいても仕方がない。さっきから挙動不審の俺を、周りの人が怪しむように見ているのでその場を離れる。
適当に真っすぐに進むと商店街のようなところに入ったのか、やたらと人通りが賑やかになってきた。
俺と同じような姿をしている人間もいるが、金髪や赤髪、青髪、茶髪といった様々な髪色をしている者がいる。
日本のような黒や茶色ばかりではない。顔立ちも堀深かったり、俺と同じように堀が浅かったりと様々だ。
「……まるでゲームのような世界だな」
俺だって男だ。こういうファンタジー風のゲームはいくつもやってきたし、異世界に行ってしまうネット小説なんかも嗜んでいた。
現状いる異世界は、まさにそのような創作世界のようで幻想的だった。
「まずはお金を稼がないとな」
何をするにも、まずはお金だ。異世界にきて一番にお金のことを考えるなんて夢がないかもしれないが重要だ。
何かお金を稼ぐことに役立ちそうなことはないか。などと周囲を観察していると、行き交う人々が妙に俺を見ている気がする。
俺の黒髪が珍しいのか? などと思ったが、視線は俺の服装に向かっている気がす
る。
「もしかして、今の俺の服装はかなり浮いている?」
今の俺の服装は喪服だ。
現代日本であればそこまで浮くことはないが、周囲を見たところこのような服を着ている者はいない。
「まずはこの服を売って、街に馴染めるようなものを買った方がいいな」
このままではゆっくりと情報を集めることもできない。
服屋を探して歩いてみると、衣服のイラストが描かれた看板を見つけたのでそこに入ってみる。
「いらっしゃいませ、貴族様。本日はどのようなお洋服をお探しでしょうか?」
すると、恰幅のいい男性が揉み手をしながら近寄ってきた。
服装だけで貴族だと勘違いされているみたいだ。
この喪服は異世界からすると異質ではあるが、質がいいだけあって、それなりの身分の人の服に見えるようだ。
冷静に見てみると、周囲の人が着ている服が、そこまで上等だとは思えない。汚れたままの服やよれた服を着ている人の方が多いくらいだ。
異質とはいえ、喪服でもそれなりの値段になるだろう。田舎者だと説明すると、足元を見られそうなので貴族であることを否定しないでおこう。
別にこっちは名乗ってもいないし、それを肯定してもいないので騙すような真似にもならないはずだ。
「この服を売って服を買わせていただきたいです」
「……見たところかなり質のいい服ですがよろしいので?」
「問題ないです。いくらになりますか?」
「これだけ生地がよく、イタミもないと金貨四十枚でいかがでしょう?」
「うーん……」
正直、この世界の貨幣について把握していない事に気付いたので、高いのか低いのかわからない。
それで唸っていただけなのだが、店主は渋っていると勘違いしたようだ。
「でしたら、金貨四十五枚!」
「もう一声ほしいですね」
「金貨五十枚! これ以上は他の店でも同じかと!」
「では、それでお願いします」
「ありがとうございます」
本当はこれ以上高く買い取ってくれる店があるのかもしれないが、今の俺にはその店を探せるような情報もない。
今はそれよりも元手となる資金が必要だった。
ゲーム内でも金貨はそれなりの金額に位置付けするもののはずだ。そこまで低い金額ではないだろう。
「それとこの街に溶け込める一般的な服を見繕ってくれますか?」
「かしこまりました。すぐにお持ちします!」
そう頼むと、店主は慌ただしく移動していくつかの服をかき集める。
後は店主のおすすめの服を着れば、この街でも問題なく溶け込めるだろう。
そう言えば、普通に異世界でも会話が成立しているし、文字も読めるな。
俺を異世界に飛ばした神的な存在が、適応できるようにしてくれたのか。
数少ない言葉を思い出すと、何かしらの力は与えられているようだ。
落ち着いたらその事についても確かめないとな……。
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