第8話 密かな試練
「よし、それじゃあ食うか! クレト、今日はしっかりと食っていってくれ!」
「ありがとうございます! 乾杯!」
アンドレとワインの入ったグラスをぶつけて乾杯。
澄んだグラスの音がリビングに響き渡る。
そのまま俺とアンドレはグラスをあおる。
「おお、コクがあって呑みやすい!」
アンドレの言う通り、ここのワインは酸味や苦味がちょうどいいバランスで、とても美味しかった。食堂の呑みにくい妙に酸っぱいワインとは大違いだ。
「だろ? うちの村のワインは美味いんだ!」
素直な賞賛の言葉を聞いて、アンドレが自分のことのように喜ぶ。
ただワインが好きだってのもあるだろうけど、単純にハウリン村のことが好きなんだろうな。
アンドレの無邪気な様子を見ていると、そのことがわかる。
「グラタン、盛り付けますね」
「ありがとうございます」
乾杯をしてワインをあおっている間に、ステラが大きなお皿からグラタンをよそって渡してくれた。
せっかくなのでまずはグラタンから頂くことにする。
スプーンでグラタンをすくうと、みょーんとチーズが伸びた。長く糸の引いたそれを巻き取るようにして口に入れる。
熱々ともいっていいグラタンを口の中で転がしながら噛みしめる。
濃厚なチーズがホクホクなジャガイモに絡みついている。ほっこりとしたジャガイモとチーズの相性が悪いはずがない。ほのかにクリームの味もしているし最高だ。
「美味しいです!」
「クレトさんのお口に合ったようでよかったです」
感想を漏らすと、ステラが嬉しそうに笑みを浮かべて言う。
「あつっ!」
「大丈夫、ニーナ? もう少し冷ましてから食べましょうね」
「……うん」
どうやら子供のニーナには少し熱かったようだ。涙目になりながらチビチビと水を飲んでいる。そんな姿でさえも可愛らしい。
「たくさんありますので遠慮なく食べてくださいね」
「はい、ありがとうございます」
なんだか母性のある人なので自分までも子供になってしまったような気分になる。
俺の母さんが生きていたら、こんな笑顔を浮かべたりしたのだろうか。
なんて考えながらグラタンを食べ進めと、シャキッとした歯ごたえがした。
どうやらキノコの他にもタマネギが入っていたようだ。時折、甘いタマネギの味と歯応えがして実にいいアクセントになっている。
焦げ目はパリッとしているし、ステラのグラタンは最高だ。
グラタンを少し食べ進めると、今度は気になっていたタタールとかいう肉ユッケに手を伸ばす。
お肉の上に乗っている黄身をスプーンで潰し、そのまますくって食べてみる。
新鮮な赤み肉の味が広がる。しっかりと下処理がされているからか臭みはまったくない。
軽く混ぜられたスパイスがピリッとくるが、黄身のコクがそれをまろやかにしていた。
「このタタールっていうの美味しいですね!」
「そのままパンに塗って食べても美味しいよ!」
パンに乗せて食べているニーナを真似して、俺もタタールをパンに乗せて食べる。
「本当だ! 美味しい!」
そう言うと、ニーナは嬉しそうに笑う。
劣化することがなければサンドイッチにして持って帰りたいくらいだ。いや、待てよ。俺の空間魔法なら食料であろうとも可能か。
人の家でご飯を食べて、持ち帰らせてくださいというのも変なのでやめておくが、今度から美味しそうな物を見つけたら片っ端から収納することにしよう。
そんな決意を固めながら箸休めにサラダを口にする。
しかし、それは箸休めでは終わらない代物だった。
「このサラダ、甘くて美味しいですね」
軽く酸味の利いたソースがかかっているが、それがなくてもいけるくらいだ。
「うちの畑で獲れたばかりだからな。瑞々しくて甘いだろう?」
「アンドレさんは畑もやっているんですか?」
「主にステラとニーナが世話してくれているんだけどな。俺はどっちかというと猟師や村の警備が主な仕事だ」
「なるほど。だから、体格がいいんですね」
ハウリン村に入って何人かの村人は見かけたが、その中でアンドレさんの体格は抜きん出ていたからな。正直、俺よりも冒険者らしい見た目をしていると思う。
「自分の畑を持つかぁ。いいですね」
農業なんてやったことはないが、自分の畑を作って作物を育てることに憧れを感じる。
「おお、クレトもやってみるか? 冒険者なんて辞めて、この村に住んじまえよ! もし、畑だけじゃなく、狩りも教えてやるぜ?」
「落ち着いたらそういう生活もいいかもしれないですね」
まだ自分の収入も、余裕も確立できていない今では難しいかもしれないが、そういう将来もありかもしれないな。
◆
アンドレの家で夕食を食べた翌日。
俺は朝からアンドレを伴って届け物を渡しに行くことにした。
グレッグとテイラー一家がどこにあるかは不明だったが、アンドレが案内してくれるので問題ない。
朝の涼やかな風が吹く中、俺たちは畑道を進んでいく。
雑踏した気配も騒音もなくとても静かだ。人混みなんかあるはずもなく、急にやってくる馬車を警戒して端に寄る必要もない。
人の気配はあまりなく、遠くから鳥の鳴き声が聞こえていた。
「いい村ですね。ここにいると時間の流れがゆっくりと感じます」
ここではせかせかと働く必要もなく、見栄を張る必要もない。ただ、ゆったりとした時間が流れている。
「若い奴からすれば、それを退屈に思う奴も多いがな」
「退屈っていうのも一種の贅沢ですよ」
前世の頃はその場その場を生きるので必死で、そんな風に思える瞬間があまりなかった。
そう思うと、退屈だなと思えることは幸せなのだと思う。余裕がないと人は退屈だとすら思えないからな。
「考えようによってはそうかもな。その台詞ちょっと気に入ったぜ」
「ここぞってところで使ってやってください」
なんて会話をしながら畑道を進んでいると、いくつか民家が集まっているのが見えた。
そこにたどり着くと、アンドレは足を止めた。
「ここがグレッグとテイラーの実家だぜ」
「隣同士なんですね」
「まあ、だからこそ互いに感化されちまったんだと思うけどな」
ガハハと笑うアンドレ。
グレッグとテイラーは幼馴染という奴なのだろう。
そんな二人が村を飛び出して冒険者になる。そんなドラマチックに思える出来事であるが、この世界の人からすればありふれたものなのだろうな。
「とりあえず、呼ぶぜ?」
「お願いします」
急に俺が呼び出すよりも、顔なじみのアンドレが呼んだ方が警戒されないしな。
アンドレがそれぞれの家をノックして説明すると、神経質そうな顔をしたおじさんと、ぽっちゃりとしたおばさんが出てきた。
「グレッグの父だ」
「テイラーの母だよ」
「王都で届け物の依頼を受けてやってきました冒険者のクレトです。お二人に手紙とお金をお届けに参りました」
そう言って、グレッグの父親とテイラーの母親に手紙、お金の入った皮袋を渡す。
すると、二人ともどこか戸惑った表情を浮かべた。
「……金もか?」
「はい、そうですが?」
「いつもは手紙だけだったんだけどねぇ?」
どうやら今回はお金も含まれていることに驚いている様子だった。
いつも送っている届け物に違う物も含まれれば戸惑うのも無理はないか。
「俺はギルドから依頼を受けて届け物を受け取っただけなので、詳しいことはわかりませんが、お手紙に理由が書いているかもしれませんね」
残念ながら俺はグレッグやテイラーと面識があるわけではないので意図まではわからない。
ただ、品物を届けるのが仕事だからな。手紙の内容を覗くことなんて勿論しないし、お金をちょろまかすようなこともしない。
「……それもそうだな」
俺がそのように言うと、二人は封を開けて手紙に目を通し始めた。
そのまま待っていると、グレッグの父親が手紙を折りたたんでポケットにしまった。
「ふうん、Fランクなのに随分とギルドから信頼があるんだな」
「なにか俺のことが書いてあったんですか?」
「ギルドの職員にあなたなら確実にお金を届けられると言われたから、今回はテイラーたちはお金も届けることにしたらしいよ」
クーシャのアドバイスでも受けたのだろうか? 転移を使える俺なら安全で速やかに届けられるからな。
「後はお前が金をちょろまかさないかの試験でもあったようだ」
「そ、そうだったんですね。勿論、そんなことはしてないですけど金額は合っていますよね?」
「ああ、手紙で書かれていた金額と一致していたよ」
テイラーの母が笑いながら言い、グレッグの父も頷いたことでホッとする。
それにしてもギルドも意地が悪いな。ただの届け物の依頼の中にそんな審査があったなんて。
「遠いところからわざわざありがとうね」
「バカ息子たちに会ったらよろしく言っておいてくれ」
依頼書にサインを書くと、二人はそれぞれの家に戻っていった。
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