第20話 ERO資料室
宮本さんを見送った後、僕も三階に向かうため教室を後にする。
昨日自身が攫われた教室の前まで来ると、一つ気付いたことがあった。
この学校の引き戸には概ねガラス窓が嵌っているのだが、この教室ではそこにカーテンが掛けられ、中の様子が窺えないようになっている。
ノックをして待つと、扉が開けられ一人の見知らぬ男子生徒が顔を覗かせた。
「いらっしゃい。待っていたよ椎名君」
こちらの顔を見て彼はそう言い、中へと僕を誘った。
今日は窓側のカーテンが閉められておらず、室内は明るい。
段ボールや生徒用の机に椅子、畳まれた長テーブルにパイプ椅子が整然と置かれ、壁際には資料棚が並んでいる。
普段は倉庫として使われている部屋なのかもしれない。
そして他に人の姿は無い。
「そこの椅子にどうぞ」
椅子を勧めるその声には聞き覚えがある気がする。
多分昨日最も僕を勧誘した人の声だと思う。
「用件は聞いています。昨日は断られましたが我々の一員になりたいとのこと。間違いありませんか」
「はい」
「歓迎します。ようこそ管凪秘密警察へ」
拍手をしながらの言葉。
僕は昨日、結構な言い様をして拒絶したと思うのだが、随分すんなり受け入れてくれるものだ。
「早速ではありますが、これから椎名君に頼みたい仕事の説明をさせて頂きますね。まずしてもらいたいのは、普段の生活の中で見聞きしたことで犯罪に繋がりそうなものがあれば報告してもらうこと。もしあれば組織員用のCROSSへ後で招待しますのでそちらに書き込んでください」
「はい」
「次に昨日椎名君がここに呼び出された時を思い出して欲しいのですが、複数人の黒子がいましたよね」
「そうですね」
「ああいった注意勧告や懲罰、断罪といった処分を下す際に執行者か拘束のための人員を募集しますので積極的に参加してください。募集もCROSSで行い、任意での参加になるんですが、参加連絡が早い者順で決めさせて頂きます」
「はあ」
任意ってことは別に無視してもいいわけだろ。
なのに早い者順で決めるのか。どれだけ暇人が多いんだよ、この組織。
「別に参加しなくてもいいって思っていますか?」
「えっ」
そう思っていただけに驚いた。だが続く話で参加できる時は参加しようという気にさせられる。
「これは昨日話していなかったことになるんですが、部活見学という特典以外にも組織員特典がありまして。それが資料室の利用です」
「資料室ですか」
「はい。エロい資料室です」
これが里見の言っていたエロ本の貸し出し特典ってわけだ。
それにしても真面目な顔してエロい資料室とか断言されると、何故か気圧されるような圧力を感じる。これが漢気というものだろうか。
「貸し出しは組織員なら自由なのですが、CROSSでの呼びかけに応えて参加して頂いた方にはポイントが付与されまして、そのポイントを利用すると資料室の品物と交換が出来るんですよ」
「なるほど」
「ちなみにエロい資料を寄贈した方にもポイントは付与されますので、状態の良い物があればどうぞ」
ということは資料は全て寄贈品ということだろうか。
そう尋ねてみると違う答えが返ってきた。
「いえいえ、買い付けもしていますよ。中古は嫌だという方もいらっしゃいますから」
とのこと。
「我々の活動はこの二点です。なにか質問があれば答えますが、何かありますか」
そう聞かれ、何かあっただろうかと考えて一つ疑問が浮かんだ。
「昨日の黒子みたいな恰好って何だったんですか」
「ああ、それは組織員以外との接触時に利用しているんですよ。罪科を申し渡す時に顔ばれが理由で報復されるのを防ぐためですね。なので基本組織員同士が顔を合わせる時には利用しません。他に質問はありますか」
納得し、他に質問も思い浮かばず話は終わった。
「ではこれからよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「もし時間の都合が良ければ、これから特典の利用方法の案内をしますがどうしますか」
その問いには勿論頷きで応える。
「明日が休みなのも考えると、資料室の利用の方が良いと思いますがどうでしょう」
揺れるおっぱいも見たいが、そう言うならそうしようかと資料室への案内を頼む。
「では行きましょうか」
教室を出る際に鍵を掛け、職員室にその鍵を返却してから向かったのは本校舎一階。
この階は多くの委員会用に部屋が割り当てられており、僕たちは風紀委員と書かれたプレートの下がった部屋の前に立っている。
案内してくれた男子生徒がゆっくりと三回ノックをすると、鍵を開ける音の後にドアが開かれた。
中にいた男子生徒がこちらの顔を窺うと、知り合いのようで案内してくれた生徒と挨拶を交わす。
その時に知ったが、案内してくれたのは米原という名前のようだ、
横にいた僕の事を「彼は新人さん。ここの利用方法の案内をしに来たんだ。後は頼んでもいいかな」と伝えると、僕だけが中に促された。
「ようこそ風紀委員へ」
「はあ」
「まあそんな反応になるよね。じゃあ簡単に説明するけど、この学校って結構自由っしょ」
確かに髪の染色は自由。制服も突飛なものでなければアレンジも許可され、スマホの持ち込みも授業中に使用しないならば可。ピアス等のアクセサリーも着用を許されている。
「風紀委員って有名無実なんだよね。活動らしい活動もないの。じゃあなんであるかって話なんだけど、KSPの隠れ蓑な訳。んで委員会室は資料室への入口に利用されてるんよ。じゃあこっち来て」
ロの字型に並べられた長机には数人が座っている。
そこの空いている一角へと誘われ座ると、目の前に記入項目のある紙とバーコードが付いたラミネート加工されたカードを置かれた。
「これに名前とクラスを書いて、カードのここにも名前書いて」
言われるままに書き進める。
「OK。んじゃこれが資料室利用のためのカードね。貸し出しの時に使うのと、今日は米原が一緒だったから俺が判断して入れたけど、次からはこれを入口で見せてくれ。組織員だって識別に使うから」
図書館を利用するのと同じようなシステムを作っているようだ。
先ほど書いた紙は佐々木と呼ばれた生徒に「これ入力しといて」と渡されていた。
「じゃ次ね。こっち来て」
席を立ってどこに行くかと思えば、室内に隣の部屋に繋がる扉があった。
それは引き戸ではなく、ドアノブの付いた扉。
引き開けた先には資料棚が並ぶが、一つあからさまにおかしな点があった。
床に下り階段がある。
「なんですかこれ」
「資料室への入口。わくわくするっしょ」
学校公認組織とはいえ、まさか地下室まで作っているとは驚きを通り越して呆れる。
「じゃ付いて来て」
後に付いて階段を下る。
地下とはいえ、手摺も照明もあって怪しい雰囲気はない。
下りた先にはまた扉があって、ここは引き戸だった。
開けた先には棚が並び、扉横にはカウンターがあって二人の生徒が座っている。
「ここが貸出カウンターな。借りたいのがあったらここに持ってきて手続きしてくれ。貸し出し期間は本とDVDなら二週間。ゲームなら一か月な」
「DVD?ゲーム?」
「あれ聞いてないのか。ここエロ本だけじゃなくてエロDVDもエロゲーもあるんよ」
「マジですか!?」
「マジマジ」
学校の中にそんなのあっていいのかという疑問が浮かぶが、そもそもこんな組織があること自体がおかしいので気にするだけ無駄かもしれない。
それにここが利用できるんだから、文句はないし有難い限りだ。
「利用時間は放課後から六時までな。じゃあとはご自由に」
「ありがとうございます」
案内の礼を述べ、棚を見ていく。
実写のエロ本もあればグラビア写真集もあり、エロマンガや同人誌も並んでいる。
そして奥に行くとDVDや大きな箱に入ったPCゲームもあった。
一通り全ての棚を周り終え、肝心なことを聞いていないことに気付き受付カウンターに聞きに行く。
「貸し出し上限っていくつですか!」
興奮でつい大声になってしまい、カウンターにいた二人がビクリと身を跳ねさせた。
睨まれ「お静かに」と注意されたので謝ると、壁を指差される。
そこには『本は三冊、DVD、ゲームは一つまで』との説明書きが貼られていた。
確認すると陳列棚に取って返す。
古い作品から新しい作品。ジャンルも様々。
何度も利用すればいいと理解しつつも、悩みに悩みぬき利用時間のぎりぎりまで粘って借りるものを厳選した。
借りる際、
「初利用なので注意しますが、貸出期間を守って、くれぐれも大事に扱ってください。折れや汚れは多少であれば看過しますが、間違っても本にぶっかけなどしないように」
と注意された。
「しませんよ」
憮然と返すが、カウンターの二人とも暗い表情を浮かべた。
「過去実例があるんです。そんな本を見た僕たち司書の身にもなってください」
「それは……」
頬が引き攣る。ご愁傷様というべきか。
「ぶっかけに関しては一発アウト。折れや汚れ等の損傷は頻度によってですが、資料室の利用停止処分や、処罰対象になるので留意してください。」
「分かりました」
今度は素直に頷いて資料室を後にした。
背中に背負ったリュックの中身が楽しみで、自然帰りの足は速くなった。
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