第17話 気まずい再会

 眠気を堪えつつも、宮本さんに謝るために今日は早めに家を出て、自転車で通学路を走る。

 本音を言えば会いたくない。というか会わせる顔がない。会うと思えば緊張する。

 そのせいで、登校中にすれ違うおっぱいを目にしてもあまり心が弾まない。

 いつもならばサイズまで推測するところを、大きいか小さいかしか区別しないのだから相当なものだと我ながら思う。


 学校に近づく毎に緊張感は増していき、教室前で最高潮に達する。心臓が痛い。

 スライド式の扉に嵌ったガラス窓から恐る恐る教室内を覗くが、幸いというべきか中に宮本さんの姿は無かった。

 一度教室に入り、鞄を置いて教室を出る。

 教室内で待っていたら話すのに外に誘わないといけなくなるからだ。

 その様子を見たクラスメイトに、何かあったのかと探られるのはうまくない。

 だがら登校してくるのを廊下で待つことにした。


 階段は廊下の両端と中央の計三つあり、正面玄関を使うなら中央から現れるとは思うが、違う可能性もある。

 そういった理由で教室前の廊下でスマホ片手に壁に寄りかかり、階段を上がって廊下に現れる人の顔を逐次確認することにした。


 続々とクラスメイトが登校してくるが、なかなか宮本さんは登校してこない。

 待っている間に、朝練終わりなのかジャージ姿の里見に会った。

 こいつが変な組織に僕の事を訴えたことが、昨日起こった出来事のそもそもの原因だと思わなくもないが、藤沢さんとの昼食はこいつがいないと成り立たなくなってしまう。

 それに今は宮本さんに謝ることが大事だ。

 だから言いたいことが山ほどあっても飲み込み、「おはよう」とだけ挨拶した。


「――おはよう」


 少し言い淀んだ返事。

 もしかして昨日僕が宮本さんに告白したことも組織を通じて聞いているのかもしれない。

 後でこいつとはじっくり話し合うとしよう。



 それからもクラスメイトが教室に入って行くのを何度も見送った。

 朝のホームルームの時間が近づき、廊下にいる生徒は疎らになってきている。

 スマホの時計表示を見るのも何度目か。

 さすがに焦れて来たとき、ようやく待ち人は現れた。

 その顔は朝だというのに、どこか憂いを帯びているように見える。

 自意識過剰でなければ、僕が原因だろう。

 やはり話しかけ辛くはあるが、意を決して壁から背を剥がし、彼女に歩み寄る。


 まだ遠巻きながら、目が合った。

 彼女は「あっ」と驚きで口を開き、そして目を逸らした。

 そりゃあ昨日告白してきて、終いには逃げ出した奴が近づけばそういう反応もするだろう。

 ショックなんか受けている場合ではない。


「宮本さん、おはよう」

「おはよう」


 いつもの元気さが鳴りを潜め、戸惑ったような小さな声での返事だった。

 昨日は自分のことで精一杯だったが、静香の言う通り彼女の方が僕に会い辛かったのかもしれない。そう思わせたのは勿論僕が原因で、ようやく僕は心から彼女に申し訳ないと思った。


「昨日はごめん」

「ううん。私が原因だから」


 そう言って、顔を俯け右腕で左の二の腕を掴む宮本さん。

 おいおい、そんなポーズをしたらおっぱいが強調されるでしょうが。ありがとうございます。

 俯いているおかげで、僕がおっぱいに熱視線を送ってもばれない絶好の観察チャンスが到来じゃないですか。

 うーん、こうしてじっくり眺めてみると、ちょっとボリュームが足りない気もする。やっぱりCは欲しいな。

 魅力アップのアドバイスとしては、手提げかばんじゃなくて肩から斜め掛けするショルダーバッグに変更して頂いて、所謂π/パイスラをされると素晴らしいものになると思います。


 って何を反省して謝っている最中に考えているんだ僕は。

 それに早く話を済ませないとホームルームも始まってしまう。

 真剣に誠意を見せて謝らねば。


「原因だなんて、そんなことないよ。全部僕が悪いんだから。本当にごめんなさい。それと、逃げ出しておいて本当に図々しいんだけど。――これまで通りに付き合ってもらえないでしょうか」


 腰を折り、頭を下げて頼み込む。

 付き合えなくてもいい。

 友達として仲良く日々を過ごせるだけで幸せなんだ。

 そんな想いを籠めたお願い。

 これが聞き入れられるかどうかで、僕の今後はガラリと変わる。

 果たして結果は。



「図々しくなんてないよ。私もそうしてくれたら嬉しい」


 そんな言葉と共に僕の右手が取られた。

 顔を上げると宮本さんが微笑みかけてくれていた。


「良かった。ありがとう。ごめんね、朝から」


 柔らかくて小さな手に、ドギマギしながらもお礼を述べる。


「ううん。私もどうしたらいいんだろぉって昨日から考えてたんだ。折角友達になれたのに、もう仲良くできないのかなって。でも椎名君から声をかけてくれたから、もう解決だね。だから私からも、ありがとぉ」


 握った手を左右に振り回し、宮本さんがはにかんで見せる。


 やーーめーーろーーよーー。

 だから勘違いするんでしょ。だから告白しちゃったんでしょうが。

 そう怒りたいけど、嬉しくて出来ない。

 そんな複雑な心境に陥らされた。


 なにはともあれ、これで昨日の出来事は無かったことにならないものの、関係性が壊れる結末は避けられた。

 そんな折、チャイムがホームルームの時間を告げた。


「教室に入ろっか」

「うん」


 二人で教室に入り、僕は席に座ってすぐにスマホで静香に連絡を入れた。


『謝罪した。許してもらったよ』

『良し。ならば私も許そう』


 待っていたと言わんばかりの爆速で、そんな言葉と親指を上に向けてグッドのポーズを決めたスタンプが帰ってきた。

 『いったい何様だ』と送ろうかと思ったが、宮本さんと変わらぬ関係を続けられるのは静香がいろいろと僕を諭してくれたおかげだと思い直し、『ありがとう』と送る。

 驚いた顔のスタンプが送られてきたのを確認したところで、担任が教室に入ってきたので僕はスマホを閉じた。




 こうして僕の初告白とそれに端を発した出来事は終幕。

 告白は失敗し、案外簡単におっぱいを揉めるかもと期待した僕の夢ははかなく散った。

 高校生活の一歩目から挫折を味わう羽目になったが、おっぱいを揉むのはそう簡単なものではないのだと再認識するとともに、女子の行為に過度な期待をしてはいけないという教訓も得られた。

 そう思えばよい経験を積めたといえよう。

 挫けてなんていられない。

 おっぱいを揉むための青春は、まだ始まったばかりだ!

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