第15話 告白

 本校舎の階段を駆け下り、連絡通路を渡って文化部部室棟に向かった。

 一階の正面玄関から左へと向かえば、今日も机が教室の前に置かれて座っている生徒の姿があった。

 多分昨日とは違う人達が座っていて、近くを通るときに自分の所属する部に用があるのかと顔を上げるも、その前を素通りする。

 目的の美術部部室前には見知らぬ男性部員の姿。

 昨日は部室内にもいなかったと思う。

 そんな彼がスマホをいじっていた手を止め、部室前で立ち止まった僕に問いかける。


「入部希望?」

「仮入部希望です。昨日も来たんですけど」

「そうなんだ。昨日だと……誰が担当だったかな」

「女性の先輩で、確か今村?先輩だったかと」

「ああ、はいはい。楓か」

「中に入ってもいいですか」

「ん?どうぞ」


 扉を開け、中に入る。

 今日も昨日同様デッサンをしているのか、石膏像が中央に置かれキャンバスも立てられている。

 そしてキャンバスの前に座っている生徒の中に、宮本さんもいた。

 何か教わっているのか彼女の横には今村先輩の姿もあって、扉が開いたのに気付いてか二人はこちらに顔を向けた。

 僕に気付くと、宮本さんは笑顔を浮かべて小さく手を振って来る。

 確かな好意を感じ、この後の行動の成功に確信を抱きつつ、彼女たちに近づく。


「やっ、呼び出しは何だったのぉ」

「大した用事じゃなかったよ。それよりも宮本さんにちょっと話があるんだけどいいかな」

「いいよぉ。なぁに?」

「ここじゃちょっと。個人的な話だから」

「先輩、いいですか?」

「うん。いってらっしゃい」


 僕が呼び出されたことに言及されるも、話せることでも話すことでもないから誤魔化して、告白するために教室の外へと誘った。

 二人で教室の外に出ると、扉の外にいた男性の先輩が訝しげにこちらを見たが何も言われず、こちらも何も言わずに部室棟の外へ向かう。


「どこまで行くの?」


 部室棟から出た時に、宮本さんが聞いてきた。

 周囲を見回し、少し離れた場所に立っている桜の樹の下を指差す。


「あそこで」

「うん」


 二人連れだって木の下まで行く。

 周囲に人気は無い。

 吹奏楽部か軽音楽部か、楽器の音が遠くに聞こえる。

 宮本さんの正面に立ち、いざ告白しようとすると言葉が出てこない。

 告白なんて初めてで、緊張も高まりなんと切り出すべきかが分からない。

 その間も宮本さんは、なかなか口を開かない僕に嫌な顔もせず見つめてくる。


「好きです。付き合ってください」


 意を決して出した言葉は、何の飾り気もない率直なものになっていた。

 成功するとは思っている。

 だけど答えが出るまでの数瞬で、僕の心臓はうるさいほどに鼓動を刻む。

 宮本さんの顔を見つめていると、驚いた顔をして、それから困ったような顔を浮かべた。

 どうしてそんな顔をするんだろう。


「ごめんなさい」

「えっ?」

「えっ」


 宮本さんが予想してなかった日本語を喋ったせいで、聞き返すような反応をしてしまうと、彼女も同じような反応を返してきた。

 いや、違うでしょ。

 ほらさっきまで僕のこと好きっていう態度だったじゃん。

 なんでここで告白を断るみたいな返事をするのさ。

 意味が分からないよ。


「告白はね、ありがとう。嬉しい。だけど……もっとお互いのことを知ってからの方が良いと思うの。ほらお互いにお互いのことがまだ分かってないでしょ」


 なんで勝手に話進めてるの?

 こっちはまだ前の段階で詰まってるんだよ。

 えっ、僕は振られたのか?


「椎名君とはこれからも仲良くしたいし、友達として仲良くしよ」


 そりゃ僕だって仲良くしたいさ。

 おっぱいを揉めるくらいにさ。

 だから告白したんだよ。

 でも友達として?


「駄目かな」

「あっ、うっす」


 黙ってるわけにもいかないと、適当な返事を返す。

 その間も僕はわけがわからなくて混乱したままだ。


「良かった。じゃあ部室戻ろぉ」

「あっ、うっす」


 彼女が背を向けて歩き出す。

 その後ろ姿を見ながらこれまでの数日間にあった宮本さんとのことを思い出す。

 向けられた好意の数々。

 あれは好きだからしていたことじゃなくて、友達に向けたものだったらしい。

 それを僕は勘違いして、黒子共に啖呵を切って告白して振られたのか?

 それってかなりダサいんじゃないか?


 気付いたら僕は宮本さんに背を向けて走り出していた。

 恥ずかしい。

 その気持ちでいっぱいになって、この後も一緒にいるなんて耐えられないと思った。

 だから逃げ出した。

 一緒に部室に戻ると言ったのに。後先なんて考えずに。


 駐輪場に向かい、自転車の鍵を震える手で開錠し、サドルに跨って全速力で漕ぎ出した。

 叫びだしたかった。

 でも我慢して我慢して、とにかく家へ向けてペダルを漕いだ。

 これまでの最速で家に帰りつき、自室のベッドに飛び込む。

 うつぶせになって枕を顔にあてがい、溜まりに溜まった叫びを吐き出す。


「あああああああああああああああああああああああああああああああうああああああああああああああああああああああああああああああぁあああああああああああ」


 叫びを吐き出し、ベッドで身もだえ、思い出してはまた叫んで。

 それを都合三度は繰り返した。


「何してんの?」


 不意に聞こえたのは聞きなれた幼馴染の声。

 また勝手に人の部屋に上り込んできたらしい。

 こんな時に来るなよ、とまた枕を顔にあてがったまま拒絶する。


「出てけよ」

「今日呼び出されてたよね。何だったの」

「出てけって」

「なんか嫌なことあったんだ」

「うるさい」

「ねえねえ何があったの」

「うるさいって言ってるだろ!」


 質問攻めにされ、二の腕を掴んで揺する静香に辟易して、その腕を振り払った。


「なにすんのさ!」


 その言葉と共に、腹に鈍い衝撃が走る。

 静香が上に飛び乗ったようだ。

 それだけでは収まらず、枕にも手をかけ引き剥がそうとしてくる。

 必死に抵抗するも、ずらされて顔を見られた。

 泣いているとかではないけど、なんとなく今は人に顔をみられたくなったというのに。


「ブッサ」

「なんだと!」


 あまりの言いように枕を投げつけるも、寝転がった状態からなので威力はない。

 静香にキャッチされ、それでぼこぼこに殴られた。

 満足したのか疲れたのか、攻撃が止んで聞こえてきたのはあんまりな一言だった。


「はー、すっきりした」


 こいつはいったい、何をしに来たんだろうか。

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